ネットカフェで暮らしている若者も少なくない(写真:Graphs/PIXTA)

貧困問題を解決する方法の1つとして、「ハウジングファースト」を掲げるのが、生活困窮者の支援の最前線に立ち続ける稲葉剛氏だ。2014年に「一般社団法人つくろい東京ファンド」を設立し、アパートの空き室などを団体で借り上げ、住まいに困っている人に一時的な宿泊場所として提供する個室シェルターの事業を行っている。

貧困に陥った若者たちの実態に4日連続で迫る特集「見過ごされる若者の貧困」3日目の第2回は、日本が抱える「住まいの貧困」について、稲葉氏に聞いた(1日目、2日目の記事はこちらからご覧ください)。

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住まいの貧困はコロナ以前から広がっていた

――コロナ禍で「住まいの貧困」の実態はどうなっていますか。

新型コロナ以前は25室だった個室シェルターを56室まで増やしましたが、つねに満室状態です。コロナ禍で大きく変わったのは、10〜20代の相談が珍しくなくなったこと。コロナ前はほとんどが中高年の単身男性でしたが、いまは17〜18歳から上は70代まで、老若男女の方に個室シェルターをご利用いただいています。


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われわれと連携しているNPO法人の「TENOHASHI(てのはし)」は池袋で炊き出しをしていますが、11月上旬には集まる人が430人を超えました。

これは、リーマンショック以来のことで、その中には多くの若者も含まれます。コロナで打撃を受けた飲食店をはじめとする対人サービス業に従事していた方が多く、性風俗やキャバクラなど「夜の街」関連で働いていた方も目立ちます。

ただし、間違えてはいけないのは、コロナ以前から住まいの貧困は広がっていたことです。2014年にビッグイシュー基金で若者の住宅問題に関するインターネット調査(対象は首都圏と関西圏に住む20〜39歳、未婚、年収200万円未満の個人)を実施したところ、6.6%が定まった住居をもたず、ネットカフェ、マンガ喫茶、友人の家などで寝泊まりしていた経験をもつと回答しています。

中でも親と別居している若者の13.5%が定まった住居がない、つまり広い意味でホームレス状態を経験したことがあると答えました。

東京都が2017年に実施した調査でも、住居がなくネットカフェなどを寝泊まりするために利用している人が4000人いて、その半数が20〜30代の若年層だとわかっています。もともと若年層の間で住まいの貧困は広がっていたんです。それが最初の緊急事態宣言のときに、ネットカフェに休業要請が行われて、可視化されたと考えています。

さらに、シェアハウスの問題も浮き彫りになっています。


稲葉 剛(いなば・つよし)/一般社団法人つくろい東京ファンド代表理事。認定NPO法人ビッグイシュー基金共同代表、住まいの貧困に取り組むネットワーク世話人。生活保護問題対策全国会議幹事。 1969年広島県生まれ。1994年より路上生活者を支援。2001年、自立生活サポートセンター・もやいを設立、2014年まで理事長。同年、つくろい東京ファンドを設立し、空き家を活用した低所得者への住宅支援事業に取り組む(写真:横関一浩)

首都圏では敷金・礼金といった初期費用が高く、家賃保証の審査に通らず家を借りたくても借りられない若者がけっこういます。そこで初期費用がかからず、連帯保証人も不要なシェアハウスに暮らさざるをえない人も一定数はいるということです。

不動産仲介業者を通じて借りる通常の賃貸物件は借地借家法によりある程度は入居者の居住権が守られますが、シェアハウスの場合はインターネットで情報を提供して大家と直接契約する形になっていて、入居者に不利な脱法的な契約になっているところが多いです。

家賃を滞納すると即刻退去など居住権が侵害されやすい状況にあり、コロナ禍での失業で家賃が払えず、追い出されて路上生活になってしまう若者が増えています。

――追い出された人たちはどうしているのですか。

東京都の場合、昨年4月に都内のホームレス支援団体の連名で自治体に申し入れ、都がビジネスホテルを提供しています。そういった公的な支援で住宅を確保した人もいますが、緊急事態宣言が終わったらネットカフェに戻ったという人もいます。

ただ、コロナ禍では仕事自体が非常に少なく、あったとしても短期の仕事ですから不安定な状況は変わりません。仕事が切れると路上生活になってしまうという状況です。

住まいを失うと求職活動のハードルが高くなる

――稲葉さんは以前から「ハウジングファースト」を訴えていますね。

住まいは生活の拠点であるのと同時に、いったん失うと求職活動をするうえでハードルが高くなります。

例えば、アパートの家賃を滞納してネットカフェに移るとした場合、もといた住所に居住の実態がないとわかると、自治体は住民票を削除します。履歴書を書くときにはどうしても住所を書かないといけないですし、面接などをクリアして実際に就職するという際にも、住民票を出してくれと言われます。仕事探しのハードルが非常に高くなるんです。

今回のコロナ禍の公的な支援で典型的だったのは、昨年の特別定額給付金です。住民基本台帳のデータに基づき給付されたので、住民票のない人は受け取ることができませんでした。一部の自治体は融通を利かせて、ホームレスやネットカフェで暮らす人にも届きましたが、全体としてはほとんどもらうことができていません。公的なサービスのほとんどは住民票にひもづいているので、家がないと支援が受けづらくなります。

唯一といえる例外は生活保護で、住まいがない状態でも今いる場所で申請する「現在地保護の原則」が適用されます。ですが、自治体側が、窓口で申請を拒む水際作戦をおこなうケースがあるのです。

本来はこれ自体が違法行為で、あってはならないことです。ところが、昨年4月の第1回目の緊急事態宣言時に、東京23区で生活保護の申請件数がかなり増えたにもかかわらず、かなりの人が追い返されました。

生活困窮の相談に対して、きちんと生活保護につなげる自治体もある一方、とにかく追い返す、1人だとダメでも私たちのような支援者が同行すると応じるなど区によって対応にバラツキも見られ、若い人に対しては「親元に戻れば」と諭す職員もいました。

若年層の生活困窮者は、虐待があって親との関係が悪かったり、親自身も貧困で頼ることができなかったりすることも多いのに、そうした事情を考慮せずに追い返そうとするのです。

利用していない困窮者の3割超「家族に知られるのが嫌」

生活保護は世代を問わず忌避感が強く、制度につながれていない人がたくさんいます。生活保護を利用していない生活困窮者に理由を尋ねるアンケートをおこなったところ、3割超が「家族に知られるのが嫌」と答えました。

そこで、今年1月から扶養照会(申請者の親族に援助ができないかを確認すること)の運用見直しを求めるネット署名に取り組みました。その結果、4月からは本人が家族への連絡を拒む場合は、本人の意向を尊重するという運用に変更となりましたが、それでもまだ親族への照会にこだわる自治体もあります。

住まいを失いホームレス状態になると、社会的に孤立するのも特徴です。本人が「恥ずかしい」とスティグマ(負の烙印)を持ってしまい、自ら人間関係を断ってしまう人も多く見てきました。

家族や友人に打ち明けることができず、SOSを発することができないので追い詰められ、ますます孤立は深まるのです。

――そうなると、自力で何とかするしかない?

リーマンショック以降、日本国内にも貧困があると知られるようにはなったんですけれども、それは個人で解決するべき問題だという意識が根強くあって、若者たちはその中で育ってきている。

私たちへのSOSも、路上生活になって所持金が数十円、数百円しかないという状態になってからが来ることが多い。そのときに生活保護などの公的な支援を利用することをお勧めするんですが、おそらく本人としては、とにかく次の仕事が見つかるまでのつなぎとしての生活費や宿泊先があればよいと言われる方が多く、また次が見つかれば自分で何とかするからという人が少なくありません。

なので、なかなか制度につながらないということはあります。日銭を稼ぐために短期の仕事でつないでいく生活を続けてきたので、そこから抜け出す方法がイメージできないという人も多いのではないかと思います。

――実際、それで何とかなっているんですか。

オリンピック関連のアルバイトとか、ワクチンの接種の電話受付とか、期間限定の仕事はあります。そうした短期の仕事で収入を得ながら、ネットカフェなどに泊まっているという方は少なくありません。ただ、それも本当に一時的なものなので、またいつ路上生活になってもおかしくないという状況です。

(ウーバーイーツなど)フードデリバリー関係の仕事をしている人もいますが、競争が激しくなってきているので、なかなか収入的には厳しいという話を聞きます。

短期の不安定な仕事をつないでいくという状況から脱して、安定した仕事を、長期で働けるような仕事を見つけるためにも、まずそのスタートラインとして住まいが必要なんです。

ネットカフェで暮らすより、低家賃の住宅を借りたほうが生活コストは安くすむのに、初期費用のハードルがあるということで、貧困から抜け出せないという状況に追いやられてしまう。

――では、どうやって解決すればいいのでしょう。

公営住宅の拡充や、民間賃貸住宅の初期費用や家賃を補助する仕組みが必要でしょう。東京の場合、都営住宅は単身だと原則60歳以上でないと入居資格がないですし、抽選倍率も非常に高い。

昨年からずっと求めているのが、住宅の現物給付です。東日本大震災以降、賃貸住宅の空き家や空き室を行政が借り上げて、被災者に提供するという仕組みが進んでいます。私たちはコロナの影響で仕事と住まいを失う人が急増する事態を「コロナ災害」と言っているのですが、その仕組みを適用すべきではないか。

ただし、日本の住宅政策の管轄は国土交通省、福祉的な支援は厚生労働省というすみわけになっていて、両方が連動していません。まずは、関係省庁の連携が重要だと思います。

地方で仕事がなく上京した若者が困っている

――日本では地方を中心に空き家が増えています。都心で住む場所がないなら、そういったところに移り住めば?と考える人もいそうです。

今、首都圏で住まいに困っている人の中は、地方で仕事がなく上京してきた人が少なくありません。なかには、地方で住み込みの仕事を見つけて移住する人もいますが、コロナ禍で仕事が減っているとはいえ、東京はまだ求人があるので、離れられない人が多いでしょう。

また、地方に空き家があったとしても、そこを貸してくれるかどうかわかりません。とくに住所がない、住民票がない方に貸すかというと、正直なところ難しいと思います。

――そのほかにも、打つべき施策はありますか。

最後のセーフティーネットである生活保護を、もっと使いやすくすることです。昨年12月から厚生労働省が「生活保護の申請は国民の権利」と情報を発信し始め、SNSでも話題になりました。

国としても貧困が広がっていることに対して、生活保護の利用を呼び掛ける方向に転換し始めたので、申請件数は少しずつ増えている状況ですが、自治体によって温度差があります。

昨年春以降、つくろい東京ファンドや反貧困ネットワークなど、首都圏を中心に40団体以上が集まり「新型コロナ災害緊急アクション」というネットワークを作り、生活に困窮した方々からのSOSをメールで受け付けて、駆け付け型の支援をするという活動を継続しています。

生活にお困りの方がいらっしゃれば、ぜひこうした民間支援団体にご相談いただければと思います。

(構成:大正谷成晴)

(3日目第3回は小学生で「自殺未遂繰り返す母」介護した彼の悲壮)

(中島 順一郎 : 東洋経済 記者)