オーストラリアは高山地帯の面積が大陸全体のわずか1%しかなく、他の地域では見られない固有種や絶滅危惧種が多く生息しています。しかし、そんなオーストラリアの高山地帯では外来種である馬が急速に繁殖しており、高山地帯の生態系に大きなダメージを与えています。そのため、オーストラリアでは野生の馬1万頭以上を殺処分するか別のエリアに移動させる計画が立てられていますが、この計画を巡って大きな議論が巻き起こっています。

Scientists say Australian plan to cull up to 10,000 wild horses doesn’t go far enough

https://www.nature.com/articles/d41586-021-02977-7

Australia plans to cull over 10,000 wild horses, but scientists say it's not enough | Live Science

https://www.livescience.com/australia-culling-ten-thousand-horses

Australian Alps National Parksによると、2014年から2019年までの5年間にわたって行われた航空調査で、オーストラリアには野生あるいは放し飼いの馬が2万5000頭以上生息していることがわかったそうです。これらの馬の大部分は、オーストラリアのニューサウスウェールズ州・ビクトリア州・オーストラリア首都特別地域の3州が交わる場所に広がる高山地帯に生息しているとのこと。



急速に繁殖する馬により、オーストラリアの高山地帯は自然破壊の脅威にさらされています。特に被害が大きいのは1万4000頭もの馬が生息するニューサウスウェールズ州のコジオスコ国立公園で、同国立公園の野生生物局が2021年10月1日に発表した計画案では、公園内に生息する野生馬の数を3000頭まで減らすことを目標としています。

野生の馬の排除には殺すだけではなく、別の地域に移送するという方法もあります。しかし、馬の移送は膨大な時間と費用がかかってしまうのがデメリット。Natureによれば、2002年以降でニューサウスウェールズ州で移送された馬はわずか1000頭ほどのみで、基本的にはヘリコプターから専門家が馬を射殺する方法が採られているそうです。

もともと馬はヨーロッパからの入植者によって持ち込まれて野生化した外来種ですが、野生生物局は「野生の馬も国立公園にとって文化的に重要」と認定しているため、計画では根絶させるまでは宣言されていません。



しかし、10月29日にオーストラリア科学アカデミーの科学者69人が発表した公開書簡の中で、「コジオスコ国立公園野生生物局の計画案では、残存する馬の数が多すぎて、公園を適切に保護できない」と主張しました。科学者たちは、野生生物局が馬の保護を訴えるロビイストの意向に沿ったことで、科学的事実を無視していると述べています。

チャールズ・スタート大学の生態学者であるデビッド・ワトソン氏は科学ジャーナルのNatureに対して、「野生の馬は高山地帯に生息する魚やカエルを脅かしているだけではなく、そのひづめで繊細な高山植物を踏み荒らし、食い散らかしてしまっています」と語っています。

馬の削減に及び腰なニューサウスウェールズ州と異なり、ビクトリア州とオーストラリア首都特別地域はかなり強硬な姿勢をみせています。オーストラリア首都特別地域は「野生の馬には一切の寛容を示さない」というアプローチをとっており、コジオスコ国立公園から州境を越えてきた野生馬をすべて「排除」しています。また、ビクトリア州も11月1日に発表した管理計画で、オーストラリア首都特別地域と同じアプローチを採ることを発表しました。



オーストラリア科学アカデミーのジョン・シャイン会長は「野生の馬による深刻な被害から公園を守るための最善の方法について、科学や最新のデータ、提言に耳を傾けるべきです。そうしなければ、オーストラリア固有の生態系や、野生の馬によって絶滅の危機にひんしている種を無視することになります」と訴えています。

なお、9月17日に発表された研究結果によれば、オーストラリア人の71%が「絶滅危惧種を保護するためなら馬を殺処分してもよい」と考えているそうです。