“ダイエット”よりも“ぽっこりお腹”が刺さるシニアの心理 『ハルメク』好調を支えるシンクタンクの存在
健康、料理、ファッション、お金など50代以上の女性が求める情報やニーズにいち早く応え、販売部数を伸ばしている定期購読誌『ハルメク』。雑誌不況やコロナ禍にもかかわらず売り上げを伸ばし、2020年下期の販売部数は37万2,885部*を記録しました。
雑誌『ハルメク』のコンテンツ作りを陰で支えているのがハルメクホールディングス内のシンクタンク組織「生きかた上手研究所」。読者を中心とした約3,500人のモニター組織「ハルトモ」に対して年間200以上のアンケートやインタビューを行い、誌面作りのほか同社が展開する通販商品やサービス開発に役立てています。
シニア女性への調査から生まれた「あれどこだっけ防止 書類整理ワゴン」はワゴンシリーズとしてシリーズ化されるほどのヒット商品となりました。
「生きかた上手研究所」設立の経緯は? シニアのニーズを捉えるために大事なことは? 今後のシニアの消費動向は? 同研究所所長の梅津順江(うめづ・ゆきえ)さん(50)にお話を伺いました。前後編。
*日本ABC協会『発行社レポート』より
社内からの冷遇も…「生きかた上手研究所」が認知されるまで
--「生きかた上手研究所」は2014年に設立されたそうですね。設立当初の状況を教えてください。
梅津順江さん(以下、梅津):私は発足してから2年後の2016年入社なのですが、組織を立ち上げた当初は、『ハルメク』の社内に、「調査をする」「ニーズを探る」といった文化がありませんでした。私が入社した当時も「時間ばかり取られるし、調査をして何の意味が、あるのか?」と疑問を持たれることもありましたね。ゼロから……いや、マイナスからのスタートでした。立ち上げてから約7年たち、今となっては社内の顧客理解のムードが進み、ようやくPDCAが回ってきたと感じています。
--梅津所長は入社されてどんな仕事から取り掛かったのでしょうか?
梅津:私が入社した当時はちょうど、『いきいき』から『ハルメク』に変わったタイミングだったんです。社名が変わって、どんどん部数が減っているという厳しい時期に入社しました。
そのため、リサーチに使える予算もありませんでした。最初の頃は、『ハルメク』の実店舗に足を運び、「誌面や商品作りのためにお話を伺っています。お急ぎでなければ、数分だけご意見をお聞かせくださいませんか?」と来店客をキャッチして顧客の声を拾っていました。そこからヒントや気づきを少しずつ得ることができて、事業部に「こういったニーズがありそうだ」とフィードバックをするというスタートでした。お金が使えないので、足で稼いで地道に顧客の声を集めました。
--最初は苦労されたのですね。社内に認知されたきっかけはあったのでしょうか?
梅津:ボトムアップで「調査をする」「ニーズを探る」という文化を社内に根付かせるまで、かなり時間がかかりました。私たちは予算を持っていなかったので、事業部の人たちに調査の重要性を説明して予算を出してもらい、調査事例を一つずつ重ねていきました。調査に関わった事業部メンバーに「いろいろヒントがある」「新しいことに気付けた」「自分たちの思い込みがあった」ということを分かっていただけました。じわじわと調査の有効性が社内に広がっていきました。
大きな変革があったのは、『ハルメク』に山岡編集長が来てからです。トップダウンで一気に調査への理解が進んだと感じています。山岡編集長は、すごく調査を大事にしてくださる方で、「調査をたくさんやりましょう」という方針に変わりました。成功事例が増えていき、一気に私たちの仕事がクローズアップされるようになったのです。
ヒット商品「あれどこだっけ防止 書類整理ワゴン」開発の経緯
--例えば、どのような思い込みがあったのでしょうか?
梅津:ヒット商品の「あれどこだっけ防止 書類整理ワゴン」を開発した際に、調査前は、「シニア女性はリビングにいることが多い」と思い込んでいたんです。でも実際は、ダイニングにいることが多かった。シニア女性は、ダイニングテーブルで書き物をしたり、手仕事をしたり、四六時中ダイニングにいるんですね。
--確かにそうかもしれないです!
梅津:当時の調査では、調査協力をしてくれるシニア女性に、ダイニングの写真を撮ってきてもらいました。すると、ダイニングテーブルの上は一応整えてあるのですが、薬や調味料、新聞、雑誌、文房具などで散らかっていて。これらを「スッキリと片付けたい」という強いニーズがありました。
そこで、「テーブルの上が片付いて、かつ、テーブルの下にすっぽりと収まるワゴンがあればいいのでは?」と事業部メンバーと考えて開発したのが、「あれどこだっけ防止 書類整理ワゴン」でした。
--うちの実家もダイニングテーブルの上に薬とか調味料とか置いてあります。。
梅津:そうですよね(笑)。また、グループインタビューの中で、自分でワゴンを作っている方がお一人いらっしゃったのですが、他の方たちの目の輝きというか、食いつきがすごかったんです。その反応で、「これはいける!」と確信しましたね。「あれどこだっけ防止 書類整理ワゴン」がヒットした後は、「おやすみワゴン」や玄関に置く棚など、ワゴンシリーズとして続いていきました。
--調査で写真を撮ってきてもらうというのは?
梅津:それは「人は言っていることとやっていることは違うものだ」という前提があるからです。
--どういうことですか?
梅津:実態を写真で見て、その説明をしてもらうことで、当の本人も「私はこういう理由でやっていたのか」と気付いたりするので、結構面白いんですよ。意見を聞くだけでなく、無意識な行動や習慣を観察して、生活背景や深層心理を読み解いていきます。シニアが困っていることや工夫していることがあれば、そのニーズにあった商品を開発していきます。このような取り組みをこれまで事業部と一緒に地道に続けてきました。今では、成功した商品も失敗した商品も、事業部と反省会をしてPDCAを回しています。
--確かに言葉にしてみて初めて気付くことってありますね。ヒット商品が生み出されたことで、社内での注目度も上がったのでしょうか?
梅津:そうですね。他のメンバーも注目してくれるようになって、声を掛けてくれるようになりました。私たちの役割は、「客観性を持って第三者の視点で物事を見る」こと。その点を踏まえて、「私たちはこういう思いで、こんなコンテンツや商品を考えている」「商品を作ったがどう思うか?」といった相談を受けるところから始まり、その時々で、「問題を解決するにはこういう調査をしたほうがいい」「商品を表現する言葉がよくないから、コンセプトチェックをしよう」といった提案をしています。
“ダイエット”よりも“ぽっこりお腹”
--雑誌の『ハルメク』とは、どういった取り組みをされているのでしょうか?
梅津:既存のテーマに関しては、「満足度はどのくらいか?」「どのような人が評価していたか?」といった満足度調査を毎月行っています。例えば、スマートフォンの使い方がテーマであれば、今の時点のレベル感を知ることが一番大事になります。最初の頃は、難易度が高い記事を出してしまっていたのですが、もっと初心者に向けた内容でなければならないということが判明したり。でも、いくら初心者向けと言っても、ちょっとした言葉遣いで「あまりにもバカにしてない?」ということになりかねないので、常に言葉のチェックをしています。
--バランス感覚が大事なのですね。
梅津:また、新しいテーマに関しても、いろいろな相談を受けています。例えば、編集部が「ダイエット企画をやりたい」ということだったので調査をしてみると、シニア女性は「やせたい」よりも、「健康的に過ごしたい」というニーズのほうが強かったんですね。「年を取ってやせると不健康な感じがするから、やせることは求めてない。でも、お腹のぽっこりはどうにかしたい」とおっしゃる方がいて、そこで生まれたのが“お腹ぽっこり特集”でした。ただ単に「やせましょう」「筋トレしましょう」では、この世代にそぐわないのです。「お腹ぽっこりをスッキリさせよう」と訴えたほうが、シニア女性には響くようです。
「おばさんだから」とは言っても「おばあさんだから」とは言わないシニアの心理
--そう言えば取材前にいただいた資料に「シニア女性は自分のことを中年だと思っている」とあったのですが、どのような心理なのか教えていただけますか?
梅津:今は、“人生100年時代”ですよね。そうすると、60代と言っても、80代〜90代の親世代がご存命だったりするので、相対的に「自分はシニアではなく娘なんだ」という意識になるんです。孫がいても、「もう中年だから」「おばさんだから」とは言うけど、「もうおばあさんだから」とは絶対に言いません。親の介護もしなきゃいけないし、孫の面倒も見なきゃいけないし、ゆっくりした老後……なんて言っていられない。引退できないから、老いていられないんです。「まだまだ動ける、まだまだ若い」と思っているので、中年という言い方をするんです。
ただ、「若々しくいたい」とはおっしゃいますが、若作りを敬遠される方も少なからずいらっしゃいますね。若作りをすると、今度は「イタい」とか「浮いてる」と言われかねない。
「生きかた上手研究所」が行った年齢に関する調査から、「マイナス5才ではありたいけれど、マイナス10才までは求めていない」ということが明らかになっています。実年齢だけではなく「何歳くらいのお気持ちで日常生活を送っていますか(知覚年齢)」や「周りから何歳くらいに見られていると思っていますか(他者知覚年齢)」を聞き、それぞれの平均年齢を算出したのです。知覚年齢も他者知覚年齢も実年齢よりマイナス5才前後だったのです。
--そういったことも、調査をしないと分からないですよね。
梅津:ファッション特集のモデルに関しても、すごく真剣に考えています。若過ぎると「若過ぎて私たちとはちょっと違う」ってなりますし、かと言って、あまりに自分たちに近過ぎると「ワクワクしない」「あまり気持ちが乗らない」ということになりかねません。その辺の微妙な揺れ具合のちょうどいいところを、常に探している感じですね。
--「生きかた上手研究所」は、『ハルメク』にとって欠かせない存在になっているのですね。
梅津:やっといい感じにPDCAが回ってきたと思います。むしろ、回りきらなくなってきたので、事業部の皆さんが自分たちで調査できるように環境を整えている最中です。例えば、毎回聞く内容が決まっている定期的な調査は、事業部内でやってもらうように転換して、回し方を工夫しているところです。
(聞き手:ウートピ編集部・堀池沙知子)