メッシも!PSGが「0円」で獲得した最強の10人
バルセロナを退団したリオネル・メッシをフリー移籍で獲得したPSG。
2011年にカタール資本になって以降、破格の補強費を投下してきたチームでもある。ここでは、そんなPSGが移籍金なしで獲得したスター達を取り上げてみる。
セルヒオ・ラモス

2021年 レアル・マドリーから加入
レアル・マドリーで671試合に出場した最強DF。35歳になったこの夏に契約延長を断り、パリへの移籍を決断した。
レアルのフロレンティーノ・ペレス会長は1年契約をオファーしたが、ラモス側は複数年を希望していたとされている。
PSGで元レアルのアシュラフ・ハキミと再会した際、ラモスが「俺たちはいい決断を下したよな?」と発言したことも話題になった。
ジョルジニオ・ワイナルドゥム

2021年 リヴァプールから加入
237試合に出場したリヴァプールでは、CLバルセロナ戦で伝説的なゴールを決めるなどチームを支えた。
ただ、PSGにフリー移籍した後、SNS上のリヴァプールファンや一部のクラブ関係者を批判。
ジェイミー・キャラガーから「SNSはサーカスだし、どのクラブにもバカはいる。通知をオフにして、そんなに気になるならアプリを削除しな!彼はより多くの金を欲しがり、クラブはノーと言った」と反撃されてしまった。
ジャンルイージ・ドンナルンマ
Buongiorno 🧤#WelcomeGigio pic.twitter.com/jqyRdRjcLa
— Paris Saint-Germain (@PSG_inside) July 14, 2021
2021年 ミランから加入
弱冠16歳でデビューしたミランで251試合に出場した若き守護神。
ミーノ・ライオラを代理人に持つ彼は2017年にも退団騒動があったが、それから4年後の今夏に契約満了による移籍を決断した。兄であるアントニオも同様に契約満了でミランを去っている。
1999年生まれの彼は背番号99を愛用しており、まだ背番号1を背負ったことがない。フランスではその99番が不可能だったために、最も大きい50番を選んだ。
アンデル・エレーラ

2019年 マンチェスター・ユナイテッドから加入
実力者ながらスペイン代表で出場は2試合しかなく、世界で最も過小評価されている選手のひとり。
ユナイテッドでは189試合に出場したが、契約延長を断って、PSG移籍を決断した。
後に「(ユナイテッド)サポーターたちには非常に感謝している。率直に言って、最高に幸せたっだ。だが、あのクラブではフットボールが最も重要なこととは考えられていないと感じることもあった」という発言をしている。
ジャンルイージ・ブッフォン

2018年 ユヴェントスから加入
40歳にして初の海外移籍となったPSGでは25試合に出場したものの、1年で古巣ユーヴェに戻ることに。
それでも本人は「自分のキャリアで最も愛しいものとして覚えている年はパリでのもの。フランス以外で見せられたことがない敬意を感じた」と語っている。
ダニ・アウヴェス

2017年 ユヴェントスから加入
34歳でフリー移籍したPSGでは代役GKを含めて様々なポジションでプレー。
トーマス・トゥヘル監督からは「彼はGKでも“9番”でも“10番”でもプレーできる。しかも、質を備えたプレーをする。(起用ポジションを)試合の2時間前に伝えればいいだけさ(笑)」と絶賛された。
ただ、本人は退団後に「パリはストレスの多い街だ。あまり好きじゃない。もしパリに1週間行けば、一生で一度の旅になるだろう。それよりも疲弊するはずだ。クソみたいな人種差別主義者がいる」と発言したこともある。
アテム・ベナルファ

2016年 ニースから加入
左利きのスーパードリブラーとしてフランスで非常に期待されていた天才。
もはや終わった選手と思われていたが、ニースで大復活を果たした。だが、フリー移籍したPSGでは32試合4ゴールと不発に終わる。
パリではクラブと対立したことで、丸々1年間も干されたうえに法廷闘争になるなど最悪の結末になってしまった。
エリック・シュポ=モティング

2018年 ストークから加入
内田篤人や岡崎慎司ともプレーしたカメルーン代表FW。
191cmという長身でスピードとテクニックを併せ持ち、前線の幅広いポジションでプレーできる使い勝手のいい選手だ。
32歳になるが、これまでの移籍は全てフリー。キャリアで移籍金が発生したことが一度もない(ローン料除く)。
デイヴィッド・ベッカム

2013年 LAギャラクシーから加入
稀代のイケメン選手としてサッカー界を席巻したイングランド代表MF。
37歳だった2013年1月、5か月間の短期契約でPSGに加入した。12ものクラブからオファーがありながら、パリ行きを決断。
給与は全て地元のチャリティに寄付し、実質的に無償でプレーしたことも話題になった。
クロード・マケレレ

2008年 チェルシーから加入
プレミアリーグで「ザ・マケレレ・ロール」という言葉まで生み出した世界最高の守備職人。
35歳になった2008年夏にチェルシーからPSGにフリー移籍。2年間プレーした後にコーチになるという契約だった。
レアル・マドリー時代は中盤をひとりで支え、ジネディーヌ・ジダンが彼の退団を嘆いたのは有名な話である。
