6月4日(現地時間:以下同)から始まった、メジャーリーグオールスターゲーム(7月13日・デンバー)のファン投票。「指名打者部門」にノミネートされていたロサンゼルス・エンゼルスの大谷翔平は、14日に公表された第1回中間発表で、52万6608票を獲得して同部門でトップに立っていることがわかった。


現地時間6月20日のタイガース戦までに23本のホームランを放った大谷

 オールスター出場が確実視された大谷に対し、エンゼルスのジョー・マドン監督は「彼の意思に任せる」とコメントを出した。球団として、大谷の「投打同時出場」と「ホームラン競争への出場」の両方を了解する意向を示したのだ。

 すると18日、大谷本人も自身のインスタグラムでホームラン競争に出場することを表明。日本人選手として初めてなだけでなく、投手としてメジャー史上初という快挙が決定的になった。ファン投票開始前から、大谷のホームラン競争への出場を切望していた米メディアは、その決断を心から歓迎。『MLB.com』、『ESPN』、『CBSスポーツ』といった大手メディアがこぞってトップニュースで報じるなど、盛り上がりは最高潮を迎えた。

 多くの米メディアがホームラン競争への出場を望んでいたのは、大谷のスター性のみならず、"バレルゾーン"でボールを捉えられる高い能力を持っている選手である、ということも大きな理由だ。

 ファン投票が始まって間もない6月7日、『NBCスポーツ』は「ファンが望む2021年MLBホームラン競争」という記事の中で、「大谷よりうまくバレルゾーンでボールを捉える選手はいない」と紹介。スポーツ専門メディア『ザ・リンガー』、「大谷のバレルゾーン率は、ロナルド・アクーニャ(アトランタ・ブレーブス)と並んでメジャートップである」という記事を掲載した(6月1日)。

 近年、米メディアは"バレルゾーン"という言葉をよく使う。このバレルゾーンとは、「打者が打球を長打、またはホームランにできる確率がもっとも高い速度と角度」のことである。

 2015年に選手やボールの動きを数値化する「スタットキャスト」システムが導入されてから、メジャーでは投打の速度、回転数、角度、距離などさまざまなデータを集計している。それらのデータを分析した結果、打者に関しては、打球を角度26〜30度、初速98マイル(約158キロ)以上で打つことができれば、8割近くが長打またはホームランになることが判明。初速が速くなるほど長打やホームランにできる打球の角度は広がっていき、116マイル(約187キロ)を超えると8〜50度でも長打になりやすいとされている。

 打球に角度と速度をつける打法はヒューストン・アストロズがいち早く取り入れ、同球団が2017年に世界一を獲得すると米球界全体に拡がっていった。いわゆる「フライボール革命」が起こって以降、メジャーの打者たちはボールをこのゾーン内で捉えるため、スイングスピードの向上や打撃フォームの改造に取り組むようになった。

 そんな昨今の流れの中でも、特に今季の大谷はバレルゾーンで捉える力が優れている、と米メディアは伝えている。

 大手『CBSスポーツ』は5月5日に掲載した記事で、それまでに大谷が放っていたホームラン9本のデータを分析すると、「大谷の打球の平均初速は92.7マイル(約149キロ)で、メジャー平均88.4マイル(約142キロ)を上回り、最大初速は119マイル(約191キロ)という驚異的な記録を残している」と、パワーのすさまじさを紹介。それを上回る初速記録を持つのは右打者のジャンカルロ・スタントン(ニューヨーク・ヤンキース)のみで、同記事でも「スタットキャスト導入後のメジャーで、大谷は最高の左打者である」と言及している。

 また、スポーツ専門メディアの『ザ・スコア』は、「今季の大谷の平均発射角度は17.3度で、キャリア最高」とし、「バレルゾーン内で打球を捉える率(バレル率)は13.3%と、メジャートップクラス。600打席以上立てば50ホーマーも可能性がある」とまで予想。さらに『ESPN』の6月18日の記事では、「大谷の平均初速とホームランの飛距離はメジャーでも5位に位置し、本塁打のうち11本は425 フィート(約129メートル)以上。また、すべての長打のうち上位12本の平均初速は110マイル(約177キロ)を記録している」と、大谷の打球速度が長打を打つための基準となる速度(初速158キロ以上)を大きく上回っていることを明らかにした。

 なぜ、大谷はこれほど進化したのか。MLB公式テレビ局『MLBネットワーク』によれば、「打撃フォームの改造」と「軸足(左足)の強化」にその答えがあるという。

 中でも、5月17日にインディアンス戦で放った13号ホームランについての解説は興味深かった。この時に大谷が捉えたボールの高さは地上から約1.28メートルと、見逃しても完全にボールになる球。その高めに来た球をホームランにできた理由として注目されたのは、今季から実践している「ノーステップ打法」だ。同番組の解説者は、「今季からレッグキック(右足を上げること)をやめたことで顔や体が固定され、たとえボールが高かったとしても安定したスイングができている」と説明。さらにこう続けた。

「大谷のすごいところは、高めのボールをコンタクトする際、肩が上がっていてもバットが手よりも下あること。その結果、臀部からの力がボールに伝わり、すさまじいパワーなっています。普通のバッターなら高めのボールを打つ際に、バットが手よりも上に来て、叩きつけるようなスイングになるはずです」

 さらに、このスイングを可能にしているのは、「大谷が軸足(左足)を強化したからだ」とも述べている。昨季、極度の打撃不振に陥った原因のひとつとして、軸足を後ろに動かす癖が挙げられていた。しかし、昨オフに行なった下半身のトレーニングによって、今季はその癖がまったく見られなくなったと指摘している。

 同番組はさらに大谷の打撃フォームを深掘り。対象になったのは、5月14日のレッドソックス戦で放った11号だ。このホームランは、高さ約11.3メートルもあるレフトフェンス、通称"グリーンモンスター"を越えた特大弾だったが、大谷が仕留めたそのボールは昨季苦手とした外角球だった。

 この打席、大谷は膝が大きく下がって腰が引けたような体勢になったが、解説者によれば、「今季はバックスイングの際、昨季よりも右肩を内側に入れなくなった。それによってボールを見極める能力が増し、とっさに振り下ろす腕の距離や角度を変えることが可能になった」と説明している。ただし、「大谷が長身かつパワーを持っているからできる特別な能力である」ともつけ加えた。

 ホームランを量産できている理由はまだある。大谷は今季のキャンプ中、バットに「ブラストモーション」というスイングスピードや軌道、角度をデータ化できるセンサーを取り付けたトレーニングを実施した。このセンサーを使った大谷は、数値化されたスイングの中から自身の感覚にもっとも合うものを選んで理想のフォームを手に入れることができたのだろう。

 前半戦終了を前にして、すでに23本(6月23日現在)のホームランを放っている大谷。そして、7月12日には全米が待ち望んだホームラン競争へも出場する。しかも今年のオールスターゲームは、他球場に比べて10%もホームランが出やすいと言われる、標高1600メートルの高地・デンバーで行なわれるため、より多くのホームランが期待されている。今季、驚異的な進化を遂げ、全米が驚愕するスピードでホームランを量産する大谷は、オールスターとリーグ後半戦に何本のアーチをかけるのか。