青野慶久(あおの・よしひさ)/1971年生まれ。松下電工(現パナソニック)を経て、1997年サイボウズ設立。2005年から現職。戸籍名は西端慶久で、青野は通称。2男1女の父(写真:サイボウズ

改姓をしなくても結婚することができる「選択的夫婦別姓制度」の導入に向けた議論が白熱している。内閣府調査によると、選択的夫婦別姓の導入に向けた民法改正について、「改正しても構わない」とする賛成派が反対派を上回る。社会情勢が変化する中、年内にも最高裁判所大法廷が改めて憲法判断をする見通しだ。

6月7日(月)発売の週刊東洋経済では「会社とジェンダー」を特集。ジェンダー平等という観点からは、現行の夫婦同姓は、特に夫の姓を継ぐことが多い女性たちにとって、企業の現場等での不利益を生む要因にもなっている。「なぜ改姓を望まない人にも夫婦同姓を強制するのか」━━。自身でも、戸籍名を妻の姓である「西端」、通称を旧姓である「青野」とし、かねて選択的夫婦別姓の導入を訴え続ける、サイボウズの青野慶久社長を直撃した。

別姓なら精神的・経済的負荷がない

──これまで選択的夫婦別姓制度の導入に向けて、さまざまな活動をしてきました。


私が日本人同士の結婚で夫婦が同姓か別姓かを選べない今の戸籍法に対する訴訟を起こしたのは2018年だった。当時メディアは大きく取り上げたが、耳を傾ける政治家はほとんどいなかった。だが、2019年の参議院選挙のとき、自民党以外の政党は選択的夫婦別姓に賛成していることが明らかになった。その後、自民党の中でも、どのような方々が反対しているのかもわかってきた。今は、導入に向けた議論が高まる中、私の中では「勝った」という気持ちでゴールが見えてきている状況だ。

──具体的には現在制度の問題点はどこにあると考えますか。

現行制度は“強制的”夫婦同姓といえる。私が望む選択的というのは、改姓したほうが幸せならば変えてください、というものだ。結婚して名字を変えたい人はぜひ変えてください、変えたくない人は元の姓でいい。選択的であるということに大きな意義がある。

強制的に改姓を強いられることには、精神的・経済的に2つの負荷があると私は考えている。まず、精神的な負荷は、生まれた頃から使ってきた愛着ある姓を、結婚を機に変更するという心理的負担だ。経済的な負荷は、戸籍からパスポート、銀行口座まで、姓の変更手続きに伴う無駄な作業の発生である。

私の戸籍名は青野でなく西端で、2001年の結婚時に妻の姓を選択した。結果として、通称である「青野」と、法的に有効な「西端」という本名を使い分けている。これにより姓を二重に管理する手間がかかっている。

たとえば、給与明細は西端でもらい、重要な契約書は西端の名前でサインする。海外のホテルには、西端でなければ宿泊できない。法的に有効な姓は西端だけだからだ。選択的夫婦別姓を導入することができれば、本名を変えずに結婚できる。そうすれば、すべてが丸く収まる。

選択肢を提供することができれば、姓を使い分けるという社会的なコストに加えて、無駄な作業がなくなるという経済的なコストも下がる。導入にはメリットがあると思っている。

──通称と本名を使うことでほかに日常生活に支障はありますか。

公式に認められた名前は、本名である西端だ。だから、日頃からハンコは青野と西端の2つを持ち歩く。それが日々のストレス。どちらでサインし、押印すればよいか、つねに考えている。「そんなのささいなことだ」と言う人もいる。それなら「あなたがこの労力を負担して」と言いたいところだ。

私のような経営者だけでなく一般社員も同様だ。たとえば、保育園に通う子どもが熱を出して、会社に電話があったとする。「西端君のお父さん」と言われ、周りはすぐに対応できるだろうか? 私のように通称も本名も知られている人は少数である。通称と本名を使うことでコストとリスクが生じる。

別姓に賛同する経営者19人が集まった

──選択的夫婦別姓導入の反対派には、子どもの姓をどうするのか、家族制度が崩壊しないか、という声があります。


4月22日には「ビジネスリーダー有志の会」など3団体合同で、「選択的夫婦別姓の法改正要望」を小池百合子東京都知事に渡した(右から4人目が青野社長)(撮影:田中理瑛記者)

現行制度のほうが崩壊している。今の戸籍制度では親子で同じ姓を名乗れない場合、別の戸籍になってしまう。たとえば、夫の姓にした妻が離婚した場合、妻は元の姓に戻るが、子どもが姓を変更したくなければ、今の戸籍制度では別の戸籍になる。これが現在の戸籍制度のほうが崩壊していると思う理由だ。選択的夫婦別姓を導入することによって、同じ戸籍で別の姓を名乗らせることも、可能になるのではないか。

私の祖父の時代は結婚する相手も選べず、長男には職業選択の自由もなかった。そこから社会は進歩したが、姓については昔のままだ。昔の家族のあり方が現代に追い付かなくなってきている。離婚・再婚も当たり前の時代、戸籍制度のアップデートが必要だろう。

これからは、子どもの姓の決め方も、多様になってくる。1人目の子どもは夫の姓、2人目の子どもは妻の姓、という形で選択できてもよいのではないだろうか。

4月1日に「選択的夫婦別姓の早期実現を求めるビジネスリーダー有志の会」という有志の会を発足し、ドワンゴの夏野剛社長とともに私が共同代表になった。企業経営者あわせて19人で、早期実現に向けて活動を進めていく。この取り組みにあたり、周囲の経営者にも呼びかけたところ、驚くほど賛同の声が集まっている。

現行制度の夫婦同姓で困っている人がいるのであれば、その人たちに寄り添った形での変化が必要。政治家の皆さんが立法することで、困っている私たちを助けてほしい、というシンプルな願いだ。