全車にマイルドハイブリッドが搭載されているスズキ・スペーシア。(画像: スズキの発表資料より)

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 自動車業界で急速に進展している電動化の動きが、いよいよ軽自動車にまで波及してきた。

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 地球温暖化を防止するために二酸化炭素の排出量を削減することは、既に世界的な共通認識となった。自動車業界では、欧州が特に急進的な動きを見せて世界の動きをリードし、中国が追随していた。

 米国は以前から環境意識の進んだカリフォルニア州のように積極的な動きを見せていた州と、地球温暖化と二酸化炭素の因果関係に懐疑的なトランプ前大統領率いる連邦政府の姿勢が捻じれ状態をよんで、国としての統一感には欠けていた。その米国もバイデン大統領の誕生によって脱炭素へ大きく舵を切っている。

 日本のメーカーは、極限まで極めた内燃機エンジン技術の優位性に対する自信や、重量・価格・充電時間にネックがあるリチウムイオンバッテリーの代替を模索する動きが並行していたため、やや遅れがちな歩みを見せていたことは否めない。

 20年12月末、菅義偉首相は所信表明演説で「50年のカーボンニュートラル(温暖化ガスの排出を実質ゼロにする)実現」へ向けた実行計画を発表した。自動車業界にとって衝撃だったのは、その中に「35年までに乗用車の新車販売は電動車を100%にする」という目標が明示されていたことだ。

 日本独特の規格である軽自動車に対しても、登録車と同様の網が架けられた。軽自動車は限られた車体スペースがバッテリーの搭載を難しくしている物理的な側面と、安価であるという最大の訴求ポイントを温存するためにコストを掛けにくいという営業的な側面が相俟って、電動化を進める上でのネックとなっていた。

 しかし、もはや思案する時期は過ぎ去っていた。日本政府がカーボンニュートラルの実現へと大きく舵を切ったことで、スズキはこれから2〜3年以内に、軽自動車の全車種に簡易型HV(マイルドHV)車を品揃えすると同時に、高性能HV(ストロングHV)車とEVの開発を促進する。

 一言で電動化と言っても中身は様々だ。環境負荷の点で優等生は、バッテリー式電気自動車(BEV)や燃料電池車(FCEV)のようなゼロエミッション車だが、エンジンとモーターの組み合わせであるハイブリッド車(HV)も電動車に該当する。

 現在、登録車と軽自動車に採用されているHVシステムは同一ではない。登録車に採用されているストロングHVは、発進時や低速時、高速走行時などでエンジンやモーターを使い分けたり併用するなどの、多様なコンビネーションがある。一方で、軽自動車に採用されているマイルドHVの場合には、駆動力はエンジンから生み出され、モーターは発進時などに限定的に補助駆動する。

 技術的に取り組みやすく、費用も軽減できることから軽自動車に導入されていたが、経済産業省が「マイルドHV車を電動車の定義に含む」という見解を示したことで、スズキが全車種にマイルドHV車を導入する決定につながった。

 ストロングHVに比べてマイルドHVはモーターの出力や電池の容量を抑えることが出来るので、コストの増加を最小限にするとともに、搭載するバッテリーサイズも抑えられるため空間の少ない軽自動車向きであると言える。費用的には同等のガソリン車と比較して、10万円程度の上乗せで済むという利点がある。

 問題なのはストロングHVの技術が大幅に進展して、特にコンパクトカーの分野では軽自動車の燃費を凌駕するものが出てきていることだ。軽自動車の訴求ポイントが、車両価格が安くて低燃費だとする認識は、「都市伝説」になってしまった。

 トヨタの人気車「ヤリス」のHVはカタログ燃費がリッター最大36km、最新型の日産「ノート」HVやホンダ「フィット」HVも同様の基準で30kmに迫ろうとしているのに対して、軽自動車は20kmを超える程度なのだから「本末転倒」のようなものだ。

 この状態が広く社会に認知されるようになると、燃費が良いから軽自動車への適用が認められていた軽減税率の適用を疑問視する声が出てきても、不思議ではない。

 現時点で40万円程の負担増になるストロングHV車への転換を図ると、軽自動車は価格競争力も失ってしまうから、電動化の壁をクリアする現実解がマイルドHV車の品揃えであることは論を俟たない。問題は、安価なストロングHVシステムと軽量・安価でかさ張らないバッテリーが開発できるかということだ。

 「あっ」という間に設定されたゴールへ向けて、スタートラインに立つ意思を見せたスズキだが、ゴールは果てしなく遠く、時間は限りなく少ない。日本の乗用車の3分の1程を占める軽自動車の命運はあと10数年のうちに決定されることになった。