ドラマ制作の黒子的存在である「制作部」。その壮絶な労働実態とは?(写真:ABC/PIXTA)

ドラマの専門職として「制作部」という人たちがいるのをご存じだろうか。

「部」という字がついているが組織ではなく、職業の名前だ。ほぼすべての人はフリーランス。ひと言でいうと「撮影ができるためにすべきことは、全部する」のがお仕事だ。

ドラマの撮影現場が成り立っているのは、制作部と呼ばれる人たちが人知れず頑張っているから、と言っても過言ではない。


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今回から始まる連載「テレビのミカタ」では、さまざまなテレビのプロたちはどんなお仕事をしているのか、そしてどんな問題に今、直面しているのか、を取材して「現場の声」をお届けしていきたい。

第1回目にご紹介するのが「ドラマの制作部」。アラフィフのベテラン制作部・Aさんと、30代半ばの制作部・Bさんに、制作部の想像を絶するほどブラックなお仕事の実態と、新型コロナ問題に揺れるドラマの撮影現場の実情を語ってもらった。

撮影隊の中で唯一の総合職

「ドラマには『演出部』とか、技術関係や美術関係の専門職とか、いろんな専門職がいます。ある意味、ドラマの撮影隊は専門職の集団みたいなものです。撮影隊の中で唯一の総合職が『制作部』だと考えてもらえればわかりやすいと思います。ほかの専門職がやることになっている仕事以外は、すべて制作部の仕事ですね」とAさん。

Bさんが続ける。

「例えば、『ねえ、トイレどこ?』『ねえ、車どこに停める?』『ねえ、家燃やしちゃったんだけどどうしたらいい?』という全然違う質問が同時に来るのに、1人で一気に対応しなきゃいけないのが、制作部の仕事です。

僕は現場が好きだから続いていますが、離職率は驚異的に高いです。10人いても、1年後には1人残っているかどうか、くらいじゃないですかね。僕は今30代半ばですけれど、15年やっててまだ1人も下がいません。20代はほとんど続かないと思います」

本当に人手が足りなすぎて、「やりたい」と言えば誰でもすぐに入れる世界だという。

「育てる余裕がないので、タダ働きしてもらって仕事を覚えてもらっているのが現状です。正直誰でもいいんです、とりあえず。居酒屋で飲みの席でスカウトしている人もたくさんいます。技術や美術も辞めちゃう人は多いですが、制作部ほどではありません」と、Bさんは苦笑しながら話す。

そして驚くべきことに、ドラマの制作部の人々のギャラは、なんと60年間変わらず、一度も上がっていないという。実に昭和30年代から現在まで、業界で不文律のように定められたギャラ水準がそのまま踏襲されているというのだ。これにはさすがに、30年近くテレビ業界で働いている私も耳を疑った。

「ドラマ業界では『七五三』というのですが、1本のギャラの相場は、チーフにあたる『制作担当』が70万円。セカンドにあたる『制作主任』が50万円。サードにあたる『制作進行』が30万円。これが60年前からいっさい変わっていません。

昭和30年代には、1年やれば外車が買えて、2年で家が建つ、と言われたらしいです。年齢や経験に関係なく、原則的にはすべてこの相場です。

かつては制作会社の社員の仕事だったものをアウトソーシングしたのが制作部の始まりだと言われていて、そのころの相場がそのまま残っているんですね。『制作部』と呼ばれるのもその名残です。ちなみに20年くらい前までは、TBSの現場には制作部という仕事はなくて、助監督さん(AD)がすべてやっていました」(Aさん)

サスペンスなどの2時間ドラマで1本撮影するのに、およそ2週間かかるのだという。だとしたら、ギャラ1本30万円でもさほど悪くはないのではないか、と思ったので聞いてみた。

「そう思うでしょ? でもね、月1本仕事をして、年間で12本仕事をしたら、死んじゃうんじゃないかと思うくらい忙しいんですよ。撮影期間に入ったら実質的には毎日24時間まったく休めません。午前3時、4時に『すみません』というひと言もなしに、当たり前のように電話がかかってくるんですから」(Aさん)

深夜24時に撮影が終わって、翌朝早朝6時から撮影再開ということも当たり前の、ドラマの撮影現場。撤収や準備なども考えれば、スタッフ誰もが睡眠不足になるほど働いている。だが、ほかのスタッフが仮に4時間休めるとしても、その半分しか休めないのが制作部なのだという。

みんなが休んでいる間に、準備しておかなければならないことも多い。なにせ彼らは「トラブルバスター」としてトラブルを解決し、撮影を前に進めなければならないのだ。

よほどのバカでないと続かない

「今までに印象に残るような大変なトラブルって、どんなことですか」と聞いてみた。するとAさんに笑われた。

「毎回、大変なトラブルしかありませんよ(笑)。そんなのいちいち覚えていたら、身体が持ちませんから。私はこれまで、クランクアップとともに意識を失って、気がついたら病院、ということが3回あります。一般の方々との調整というのは、本当に毎回想像もつかないようなトラブルが次々発生します。疲労性のうつ病になる人も多いんです」

Bさんもこう話す。

「スタッフも本当に『こんなことするの?』という、驚くようなことを毎回やらかします。重要文化財のお寺に釘を打っちゃったとか、貴重な苔を踏んでグチャグチャにしちゃったとか。『どうしよう?』って言われても……。ハッキリ言って、よほどのバカか、そうとう神経が図太くて身体が丈夫じゃないと、この仕事を続けられません」

制作部がいつも困らせられるのが、天気だという。雨が降って1日撮影ができないと、100万円単位のお金がパアになって飛んでいってしまうドラマの世界。なんとか代替案を考えて撮影を続行しなければならない。まさに「カメラを止めるな」の世界だ。

撮影現場を探してきて許可を取るのも制作部の仕事だが、こういった「お天気問題」が発生すると、急遽、許可なしで「ゲリラ撮影」できる場所を探さねばならない。

「雨が降っていても、晴れのように見える場所」を探して、アーケードのある商店街を慌てて探したり、場合によってはビニールシートで屋根を作って、「晴れ」の状況にしてなんとか撮影を続けられるようにするのも、制作部の仕事になる。

「そうやって、ビニールシートの屋根を押さえていると、『おーい、こっちの奥の人が見切れる(カメラに映ってしまう)から人止めをしてくれ!』と言われたり、身体がいくつあっても足りません。何か現場で困ると、『どうなってるんだ、制作部なんとかしろ!』と言えば済むと思ってる人ばっかりですから」

しかも、このところ、予算削減による合理化で制作部の仕事は増加する一方だという。

かつてはドラマ制作には「特機部」という仕事があったのだが、今は廃止されている場合が多い。ドリー撮影(台車に載せたカメラで移動しながら撮影すること)用のカメラのレール敷設や、イントレと呼ばれる、鉄パイプなどを組み立てて作る足場の設置も、かつては特機部の仕事だった。それが今では制作部の仕事だ。大道具の仕事や、ゴミの管理まで、次第に制作部の仕事になりつつある。

「今までよく死ななかったな」

あまりに多忙な制作部。そのため、命に関わるような事故も発生しているという。

実はドラマの制作現場では、車両を運転するのも原則として制作部の仕事だ。刻々と変わる現場の状況の下で臨機応変に車両を動かすには、そのほうが便利だからという理由らしい。ドライバーを雇うと、いちいち指示を出すのすら面倒だということだ。もちろん、予算がかかるからという理由もある。

Bさんが恥ずかしそうに口を開く。

「実は僕は若いころ、撮影現場の移動中に車を2台大破させています。とにかく眠くて眠くて……。みんな、しょっちゅう事故は起こしていますから、警察に連絡して事故処理をするのはとても素早いですよ(笑)。『オレ、よく今まで死ななかったな』と、みんな思っていると思います」

Aさんによると、今から十数年前に、歩行者をひいて死なせてしまったり、運転しているスタッフが亡くなる事故が4件立て続けに起きたことがあるという。事故は表沙汰にならなかったが、それ以来ドラマの現場では、若くて免許を取り立ての制作進行には運転をさせずにドライバーを雇うことになったそうだ。

しかし、疲労困憊の制作部の人たちが、危険な状態でハンドルを握っている状況は相変わらず続いている。

ドラマの制作部の人たちが、どれほど過酷な状況に置かれているか、おわかりいただけただろうか。そんな彼らを今、新型コロナウイルスの影響による撮影現場の変化が一層追い込んでいるという。

緊急事態宣言の解除後、ドラマの撮影が再開されつつあるが、実は現場は撮影再開を素直に喜んでいられる状況ではないというのだ。さらに、場合によっては今後、地上波テレビからドラマがどんどんなくなってしまう可能性すらあると、彼らは予測している。

いったいどういうことなのか。インタビューの後編では、そのあたりを中心に、詳しく紹介していきたいと思う。

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