北朝鮮・平壌の金日成広場


(藤原 修平:在韓ジャーナリスト)

 殺人に品格というものがあるのだろうか。人を殺めることは、たしかに良くない。しかしその相手が、罪のない人を無慈悲に蹴落としたり、人身売買や臓器売買で私欲を肥やしているような場合、殺人自体はたしかに罪だが、絶対悪であるとは言いにくい。しかも、殺人者が、私腹を肥やしている輩たちによって、自分が、そして家族が地獄を味わい、そして命を落としたともなれば、むしろ同情を禁じ得ない。

『殺人の品格』(イ・ジュソン著、金光秀美訳、扶桑社)という小説を読みながら、常にこのことが頭のなかを駆け巡った。正直なことろ、道徳観が混乱し続けた。

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突き落とされた北朝鮮のエリート

『』(イ・ジュソン著、金光秀美訳、扶桑社)


 主人公のナム・チュンシクは北朝鮮のエリートである。チュンシクの父親は韓国南西部の木浦(モッポ)で生まれたが、社会主義に共感していたため、朝鮮戦争を機に北へ渡り、その後、朝鮮労働党内で頭角を現し、スパイ活動を統括する要職に就く。

 チュンシクは、その父親に厳しく育てられた。そして党内では外貨獲得の責任者を任ぜられ、麻薬や偽札の製造、国際金融網へのハッキング、さらにスパイの組織網についても熟知している。妻は軽音楽団で脚光を浴びる絶世の美女だ。

 だが突然、父親の失脚と処刑によってチュンシク自身も党内での地位を失い、このスーパーカップルは「虫けらのように」踏みにじられる地獄の日々を送ることになる。

 そしてチュンシクと家族は中国との国境の河である豆満江を渡り脱北を試みる。途中で脱北者の若い女性たちを連れて、ようやく韓国に辿り着く。韓国を彼らは迎え入れてくれるのか・・・? これが、大まかな筋である。

 と、このように簡単に書いてしまったが、チュンシクは父親が失脚したことで様々な困難に見舞われ、それを克服していく。それができるのは、彼が北朝鮮で高等教育を受けたからだけではない。読み進めて行けばわかるのだが、腕っぷしの強さは、中国のマフィア集団といえども叶わない。だから、気に障るほど自分勝手な男なのに、女性にもてる。

 その意味でも、この小説は、娯楽的な性格を持っている。かなり凄惨な描写もあり、読みながら衝撃を受ける読者もいるだろうが、起伏のあるストーリーの面白さがそれを上回る。もちろん、それには訳文が非常に流暢であることも指摘しておきたい。

作者自身が脱北者

 だが、ここで本書を取り上げる理由は、この作品が脱北者の物語だからではない。極めて冷静な判断力を持つ主人公が、北朝鮮という絶対的な権力構造のなかで踏みにじられながら、人間性がいかに破壊されるのかを描き出しているからだ。しかも、人間性の破壊は、脱北後にさらに悲惨になっていく。そうした姿を、如実に描き出しているのだ。

 この本は、「小説」というジャンルからわかるように、あくまでもフィクションとされている。だが、作者であるイ・ジュソン自身が脱北者であることからも想像がつくが、物語で描かれている一つひとつの話は、それぞれの地で本当にあった事実を翻案して仕立て上げられている。

 どこまでがドキュメンタリーで、どこからがフィクションというのは判断が難しいところだが、人肉摂取、脱北者女性への売春の強要、臓器売買、人肉カプセルなど、衝撃な話はどれも、実際に報じられてきた。

 また、私がこれまで取材した経験からも言えるが、細部においても事実が書き込まれている。たとえば、中国の地方で売春宿に入ると、外側から鍵をかけられてしまうところがある。そして、中で何をしようと金さえ払えば出ていける。売春宿の彼女たちが完全に隔離された状態であるのも本当の話だ。そうした描写のえぐさに、拒否感を覚える読者もいるだろう。だが、それは単に創作として切り捨てられない危険な真実を含んでいる。

韓国で出版拒否された理由

 本書を手に取ると、帯に書かれた「禁断の書」というキャッチコピーが目に飛び込んでくる。韓国で出版拒否されたということらしい。

 だが、どうしてこれが出版拒否されたのか、少々理解に苦しんだ。半ば納得できるところも数カ所あるが、そもそもの設定がフィクションではないか。なんとも訝しい気持ちで原文を見たら、合点がいった。脱北者の扱いを協議する際に主導権を取った青瓦台(大統領官邸)の人物には、実在の2人の大統領を匂わせる名前が設定されているのだ。しかもその2人のやりとりが、実に情けなく描かれている。

 これにより、本書は最後に非常に韓国国内での政治的な意味をもってしまう。だが、もしもそれを意図したのであれば、韓国政府の描き方は揶揄するレベルにとどまっているし、フィクションという設定は中途半端だろう。

 主人公と韓国政府のやり取りはスリリングであるがユーモラスでもある。そのせいなのか、危険な内容を盛り込んだわりには、栗の蜂蜜のような、深みのある甘苦さも残っていた。

筆者:藤原 修平