ANAホールディングスは、過去最大となる1590億円の四半期営業赤字を計上した(撮影:尾形文繁)

「今年度末に国内線(の需要)は1年前の約7割、国際線は約5割の水準に戻るという前提が崩れつつある」

ANAホールディングスで財務を担当する福澤一郎常務執行役員は7月29日の決算会見で、足もとの事業環境をこう表現した。

ANAの2020年4月〜6月期は、売上高が1216億円(前年同期比75.7%減)、営業利益は2004年3月期以降で過去最大となる1590億円(前年同期は161億円の黒字)の赤字に転落した。

蒸発した旅客需要

新型コロナウイルスの感染拡大に伴う海外渡航制限の強化や、国内における移動自粛を受け、2020年4月〜6月の旅客数は国内線で前年同期比88%も減少。国際線は同96%も落ち込み、売上高の7割弱を占める旅客事業の需要が蒸発した。

大規模な運休と減便により、燃油費や空港使用料などの変動費は1300億円減少した一方、人件費や機材関連費などの固定費は325億円の削減にとどまった。エアラインビジネスは営業費用に占める固定費の割合が6割程度とされ、損益分岐点が高い。売上高が急減し、営業費用を大きく下げられなかった結果、第1四半期に大赤字を計上するに至った。

国内旅行「ANAスカイホリデー」や海外旅行の「ANAハローツアー」といったパッケージツアーを企画・販売する旅行事業も、国内旅行のキャンセル続出と海外旅行の全ツアー中止で、27億円の部門赤字に。空港売店の運営や機内の飲料・食品を取り扱う商社事業も13億円の赤字を計上した。

今2021年3月期の通期業績予想については、4月の段階では新型コロナの収束時期が見通せないため「未定」としていた。今回も「コロナウイルスによる影響を合理的に算定することが困難」(福澤常務)として、再び開示を見送った。

福澤常務は「下期はある程度確度の高い予想数字を置ける」と話し、10月ごろに予定される上期決算発表時に通期業績予想を開示する意向を示した。

地方会社から名の知れた大手まで、海外で航空会社の経営破綻が続出する非常事態を受け、ANAは資金繰りを強化している。2020年4月〜6月に銀行から5350億円を借り入れると同時に、いざという時に資金供給を受けられるコミットメントライン(融資枠)も5000億円まで拡大した。福澤常務は「当面の間、持ちこたえられるように資金調達をした」と説明する。

2020年3月期の月平均固定費(人件費や機材費、整備費など)は、グループ全体における営業費用の6割とすれば950億円程度。月約150億円の減価償却費を差し引くと、毎月約800億円の資金が固定費として流出していく。

日本航空との統合の可能性は?

2020年6月末時点で、現預金と有価証券、コミットメントラインを足し合わせたANAの資金総額は1兆円を超える。ここから1年以内に返済や償還が必要な約2200億円の有利子負債を差し引くと、仮に当面の間収入がゼロになったとしても、今年度いっぱいは固定費を賄えることになる。


ANAの運航便はコロナの影響で欠航が相次いだ(撮影:梅谷秀司)

ただ、足元で新型コロナの感染者数が再拡大。7月14日に計画比88%まで復帰させる方針だった8月の国内線運航便数を、7月27日には同77%にとどめると見通しを後退させた。

需要の回復が遅れれば、6月末時点で9743億円ある純資産の侵食は避けられない。「コスト対策と収支改善を金融機関に説明しつつ、借り換えを行っていければ」(福澤常務)という資金繰りの想定も、もくろみ通りにはいかなくなる。

財務基盤の充実のため、増資というシナリオはありうるのか。仮に競合の日本航空が増資の引受先になれば日本の航空業界史上、最大の再編劇となるが、6月の株主総会でANAの片野坂真哉社長は「一部のメディアで再編に関する記事も出ているが、こういった事実はまったくない」と、その可能性を突っぱねている。

7月の決算会見で福澤常務も、「培ってきた財務体質が生きているため、これからの(第三者からの)出資については慎重に見極めていきたい」としたうえで、「もし下期以降に(資本増強を)行うとすれば、(形態は)劣後ローンなどになるかもしれない」と話すにとどまった。

航空需要の先行きは不透明なままで、ANAがコロナ禍の当初から繰り返してきた「雇用を守り抜く」という方針の実現性も問われている。業界団体のIATA(国際航空運送協会)は7月28日、世界の航空需要が新型コロナの感染拡大前の水準に回復する時期を、従前の見通しから1年遅らせた2024年に後退させている。

業績悪化を受け、ANAは夏季一時金の削減や採用の凍結など、合理化施策をすでに講じている。ただ、従前の想定以上に需要の低迷が長引けば、路線縮小とそれに伴う希望退職者の募集のような、より踏み込んだ手段は避けられない。

福澤常務は「早期退職は今年に限らず行っており、事業構造改革の中でそういったものが求められるのであれば、必要に応じてやっていく」としており、一定規模での希望退職の実施に含みを残した。

国際路線削減の可能性も

2020年3月の羽田空港発着枠拡大による国際線の成長を見越し、ANAはここ数年、人員を増やしてきた。2015年3月期と2020年3月期を比べると、国際・国内線における合計供給量(総座席数×輸送距離)は、1097億座席キロから1274億座席キロへ16%増だったのに対し、従業員数は3万4919人から4万5849人へ31%も増やした。コロナの影響が長引き、こうした戦略が裏目に出た格好だ。


積極拡大路線を続けてきたANAは従業員の雇用を守れるのか(撮影:今祥雄)

同社は今後、機材の早期退役や中期的な非航空事業の育成など事業構造改革を打ち出す。その本丸と見られるのが、片野坂社長が示唆する国際線を中心とした路線削減だ。福澤常務の「おそらく2020年の(10月から始まる)ウィンターダイヤを決めていく中で具体的に話せる」という言葉からは、その検討がなされていることが推し量られる。

2010年に経営破綻したライバルの日本航空は、今もなお元従業員による不当解雇の訴えが株主総会の会場前で繰り広げられている。ただ、日本航空は5215億円の債務免除や路線拡大の抑制など、財務健全化を最優先させた結果、2020年3月末時点の有利子負債は1917億円にとどまる。

ANAはその日本航空を横目に、積極的に路線を拡大して国内最大手の座を奪取したが、その結果、2020年3月末時点での有利子負債は8428億円と日本航空の4倍超まで膨れ上がっている。

ANAは巨額の債務を抱えながら「雇用死守」を本当に貫けるのか。決断のときは迫っている。