怒った母親は、何か不平を言っている娘の後ろに立っています。

写真拡大 (全2枚)

まるでわが子を憎んでいるような不可解な言動をとる親がいる。脳科学者の中野信子氏は「子どもの成功や幸せを妬み、自分以上に評価されることに釈然とせず、憎悪する親はいます。そうした『毒親』はわが子の人生を支配しようとします」という――。

※本稿は、中野信子『毒親 毒親育ちのあなたと毒親になりたくないあなたへ』(ポプラ新書)の一部を再編集したものです。

■毒親問題で注目される歪んだ母子関係

毒親とひとくくりにされますが、母親と娘の問題は特に大きな注目を浴びるようです。

中野信子『毒親 毒親育ちのあなたと毒親になりたくないあなたへ』(ポプラ新書)

関連本もこれまでにたくさん出版されています。スーザン・フォワードの『毒になる親』では、毒親をタイプ別に分類し、それらの解説に主眼が置かれて書かれています。

日本の書籍では、『白雪姫コンプレックス―白雪姫の母の物語でもあれば、コロシヤ・マザーとコロサレヤ・チャイルドの物語でもあるもの』(1985、佐藤紀子)、『母が重くてたまらない―墓守娘の嘆き』(2008、信田さよ子)、『母という病』(2012、岡田尊司)など、40年近く前から近年に至るまで、母子関係の問題に着目した書籍が出版され、その都度、当事者意識のある人々の間で話題となってきました。

家族関係を、「病」であるとして、著者なりの視点で綴った下重暁子さんの書籍も話題になりました。これまで聖域のように扱わなければならなかった家族の問題に切り込み、おかしいと喝破する論調に胸のすく思いをした人も少なからずいるでしょう。

父子のトラブルよりも母娘のトラブルを毒親としてよく耳にするような感があるのはなぜなのでしょうか。統計的に調べればある程度は整理のつけられる問題ではありますが、ひょっとしたら息子は娘よりも親を毒であったとは言いにくいのかもしれません。あるいは、毒だとは認知していないのかもしれません。

いずれにしても、ごくプライベートな問題であるゆえにアンケートを取って評価するというやり方がしにくく、研究もこれから、というところがある領野ではあります。

■娘の結婚相手への注文は誰のためか

女性であれば、現代ではまだ、ある程度の年齢になると家族、親族から結婚をどうするのかという話が出てくるでしょう。その際、多くの場合は、母から自分の結婚相手についての注文が付けられます。

写真=iStock.com/praisaeng
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/praisaeng

もちろん善意で口を出すことがほとんどでしょうが、気になるケースもあります。直接コントロールしようとあれこれ言うタイプの母と、間接的に子がそういう男を選ばないように誘導するというタイプと、2通りがあるようです。

間接的に言うタイプの人の言辞はこのようです。

あの人はこういう男と結婚してこんな風になっちゃったわね、やっぱり女は男を選ばないとだめね、お父さんみたいな人と結婚できるといいけれどあなたは○○だから難しそうね、等。

子どもを「不幸にしたい」などとはもちろん、明示的に言うことは憚られるでしょう。けれど「お母さんを置いて、あなた一人だけ幸せになろうっていうの……?」という母親もいます。「自分が失敗したから子どもには失敗させたくない」なのか、「自分が失敗したから子どもには成功してほしくない」なのか、「自分の結婚はうまくいったけれど、自分以上に子が幸せになるのは許せない」なのか……。

母親たちが決して口にしない、気持ちの中に持っている暗さや重さを感じるとき、私も苦しい気持ちになります。

■「無条件で子の幸せを願う」気持ちと異質の軋み

いずれにしても、親本人が、自身では制御できないところに、「無条件で子の幸せを願う」という気持ちとは異質の軋みを抱えていることがあるようです。

子が自分以上に評価されることに釈然としないものを感じ、憎悪する母もいます。そういう思いを母からぶつけられたことのない人には、驚くべきことのように感じられるかもしれませんが、実際に少なくないのです。

娘が目立っているとそれ以上に目立とうとして、年齢に合わないセクシーな服を着る母、娘がブラジャーを買ってと言うだけで「いやらしい」とけんもほろろに吐き捨てる母、髪を伸ばすことさえ許さない母、娘のファッションをいちいちチェックして、自分のほうが女として上だとマウントを取りにいく母、娘の生活ぶりを細かに観察し、女としてダメ出しをしてくる母……。

子どもが無邪気に幸せに過ごしているとどうにも腹が立ってしょうがない、という親も存在するのです。これが昂じれば虐待という形に発展します。

■強すぎる愛情が攻撃性を高める

子が調子に乗っているのが許せない、だから「しつけ」として罰を与えるのだ、という親側の言い分は、テレビでもネットでも虐待事件があるごとに周期的に流れますから、どなたもしばしば耳にしたことがあると思います。これは、保身のための詭弁などではなく、彼らの本心でしょう。

虐待する親は、子を調子に乗らせてはいけない、という感情を、ごく自然な愛情として自認しているのです。毒になる親も同じことで、自分の態度は愛情であると信じて疑わないものでしょう。子にとってはその言葉や行為が、紛れもない虐待や毒であったとしても。

愛情と攻撃を司る機構は意外にも脳の中では近接しています。また、この感情は、家族間のほうが他人よりも強く、互いの類似性が高いほど、高まってしまうものです(あえてで親と表記している箇所は、この感情が母よりも父で強く感じられる可能性があるためです)。

■「白雪姫コンプレックス」妬みが毒親を生む

「白雪姫コンプレックス」というのは、「毒親」というタームよりも早くに精神科医である佐藤紀子医師が提唱している用語です。その意味するところは娘側から見た視点と母側から見た視点が混在して世間に流布してしまったため、用法にやや整理がついていない印象がありますが、本稿では、母親が娘に対して持つ憎悪を意味する概念として扱っていきます。

グリム童話『白雪姫』は、継母が娘を殺そうとする物語として広く知られています。しかし、実はグリム童話初版本では継母ではなく、実母が娘を殺そうとする物語であった、というのは、今では有名な話でしょう(二版以降では、実母とするのはよくないという配慮が働いたのか、継母に変更されています)。

この物語では、第三者(鏡)に娘と容姿を比較された母親が、娘の美しさを妬んで娘をあの手この手で殺そうとします。

ごく個人的に聞いた話ですが、私にもこんな友人がいます。

この友人の母は、母親である自分よりも、子である友人が優れていることが許せなかったようでした。もちろん友人からしか話を聞いてはいませんし、彼女のお母様にはまたお母様の言い分というものがあるでしょう。

しかし、友人はそれも理解したうえでなお、自身が受けた仕打ちを忘れられないと言います。

■「私をバカにしているの」と娘に吐き捨てた言葉

学校のテストで100点を取ってその答案を見せても一切褒められることはなく「そんなテストを自慢げに見せつけるなんて、私をバカにしているの」と吐き捨てるように言う。子どもが自分よりも優秀なことが許せない、また、無邪気に幸せを享受しているのが許せない、子どもと張り合ってしまう……。

母親に愛されたい盛りの子ども時代に、この仕打ちはかなりショックだったことでしょう。そういうタイプの母親の話を、彼女以外からもしばしば聞くことがあります。

もっと自分が心情的に優しい子であったら、などと述懐するように彼女は時折つぶやくことがあります。客観的にみればそのこと自体が「優しい子」である証左のようにも思えます。彼女は自身のそうした性格――母親の行動を理性的に受け止める性質――が、良かったことなのか、悪かったことなのか、わからないといいます。

冷静に受け止めてしまうそのこと自体が「生意気で可愛げがない」と母親に不安感を与えてしまったのではないかと思っているのです。

彼女には妹がいたそうですが、妹は正反対の性格で、母親からはかわいがられていたそうです。妹だったら母と一緒に苦しんであげられたのではないかと彼女は分析しています。

彼女はその後、東京大学に進学しました。年齢の割に冷めた子どもだったと自身で言うだけあって「母はこういう人なんだ」と自分を納得させていたようです。

一種独特な雰囲気があり、ドライだと評する人もいますが、一方で、過剰に他人に気を遣うようなところもあります。母のことはそれほど自分の性格に影響を及ぼしてはいない、と言ってはいるけれど、どこか他者に対して一歩引くようなところや、信頼できる人を求めているのかな、と思えるような寂しげなところが見え隠れするような感じもあります。

■大きな問題に発展した結婚相手探し

母親と彼女の間の大きな問題は、やはり結婚相手を探すときに顕在化しました。

彼女がどんな相手を連れて行っても否定されてしまう。最初はなぜ反対されるのかよくわからず、付き合う相手をそのたびに親に紹介していたそうですが、30歳を過ぎたあたりでこれはおかしい、と思い、「これは母がもう1回自分の人生をやり直したいのかもしれない」と思うようになったそうです。

写真=iStock.com/fizkes
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/fizkes

ご両親は彼女が物心ついたころからめったに口もきかないほど不仲で、父親は母親を殴る人だったといいます。

彼女が中学生の時にご両親は離婚していて、たしかに幸せな結婚だとは言えなかったようですが、その失敗を娘に「繰り返させたくないのか、それとも自分よりも娘に幸せになってほしくない」のか、彼女にはよく分からず、悩んだようでした。いえ、本当は分かっていて、言葉にしたくないだけなのかもしれません。

彼氏があまり途切れたことのない人ですが、40代になる今でも結婚していません。

未婚の人が増えているといわれていますが、母の意思を優先するあまり結婚できないという人は意外と多いのではないかと思います。彼女は、どこの馬の骨とも分からない男性よりも、本当は母親に愛されたいのかもしれません。

■コントロールする母

毒になってしまう親のもう一つのパターンとして、「子どもになんでもやってあげる親」がいます。いわゆる過保護です。「子どもはこれをよく知らないから」「子どもにはうまくできないだろうから」「心配だから」と、先回りしてやってしまう。

どこへ行くにも送り迎えをしたり、子どもに何かが不足していると思うと、子どもが欲しいと言う前に買ってきてすべて揃えてしまったり。一見、やさしくて情の深い親のように見えるのですが、これが曲者です。

母親の愛が濃すぎるが故に、娘に逸脱した行動をとってほしくなくて、あれこれと注文をつけたり、こうしてはいけません、ああしてはいけませんと口うるさくコントロールしてしまう。逸脱した行動をとらせないように先回りして手助けし、これが子にとってはとても息苦しくなってしまうというケースがあります。

母親に対して言い返せずにいた娘がある日突然暴力的な行動に出てしまったり、言い返せないまま身体症状に出てしまったりする人もいるのではないでしょうか。

----------
中野 信子(なかの・のぶこ)
脳科学者、医学博士、認知科学者
東京大学工学部応用化学科卒業。同大学院医学系研究科脳神経医学専攻博士課程修了。フランス国立研究所ニューロスピン(高磁場MRI研究センター)に勤務後、帰国。脳や心理学をテーマに、人間社会に生じる事象を科学の視点をとおして明快に解説し、多くの支持を得ている。現在、東日本国際大学教授。著書に『サイコパス』(文春新書)、『キレる! 脳科学から見た「メカニズム」「対処法」「活用術」』(小学館新書)、『人は、なぜ他人を許せないのか?』(アスコム)ほか多数。テレビ番組のコメンテーターとしても活躍中。
----------

(脳科学者、医学博士、認知科学者 中野 信子)