■今後10年の間に自家用車の比率が激減する

シェアリング・エコノミーと自動運転システムの普及によって、近い将来、自家用車をめぐる環境が激変すると予想されている。これまでクルマを所有することは、ある種のステイタス・シンボルだったが、こうした概念は消滅する可能性が高い。むしろ富裕層ほど真っ先にクルマを手放す社会がやってくるかもしれない。

写真=iStock.com/metamorworks
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/metamorworks

コンサルティング会社であるPwCコンサルティングが作成した報告書によると、ライドシェアやカーシェアといったシェアード・カーの比率は、2030年には米国では14%、欧州では17%、中国では24%まで上昇する見通しだ(いずれも走行距離ベース)。しかも、こうしたシェアード・カーの半分以上が自動運転システムになるという。

自動車の共有が進めば、当然、自家用車を手放す人が増加し、自家用車の保有割合が減少すると予想される。同社では、手動運転による自家用車の比率は米国では現在より83%、欧州では76%、中国では71%まで低下するとしている。つまり今後10年の間に、自家用車が15〜25%消滅することになる。これは経済に対して極めて大きな影響を与える。

■日本では1500万台の自動車が消失

現在、日本国内には約6200万台の自家用車が登録されている。最大で25%、自家用車の比率が低下するということは、1500万台の自動車がなくなることを意味している。自動車メーカーはシェアされるクルマが増える分、販売台数が減ることに加え、ディーラー(自動車販売店)網も大幅な縮小を余儀なくされるだろう。各地域のディーラーは、主に自家用車を売っているので、その影響は大きい。

実際、トヨタなどは、地域の販売店をカーシェアの拠点にしたり、介護サービスを併設するといった大胆な事業変革プランを検討している。

自動運転やカーシェアが現実的になると、クルマは、所有するモノから利用するモノへと本質的な変化を遂げる。そうなると、自動車という商材の位置付けそのものが大きく変わることになる。

これまでの時代、クルマというのは所有することが利用の必須条件となっていた。一部にはハイヤーなどのサービスもあるが、基本的に使いたい時にいつでもクルマを自由に使うためには、自ら所有する必要があった。そうであればこそ、クルマはある種のステイタスシンボルとなっていた。自動車という商品は細かくグレードが分かれており、中産階級と富裕層で乗る車が違っていたのはこうした理由からである。

■従来の嗜好品的要素が一気になくなる

だが、自動運転やシェアリング・サービスが普及すると、話は変わってくる。自ら所有するものではないので、一般的なサービスと同様、質の高いサービスを受けたければ高い料金を払い、そこまでの必要がなければ、一般的な料金を払うというドライな選択になる。自ら所有していることを周囲にアピールする必要がないため、クルマという商品から嗜好品的要素が一気になくなってしまう可能性すらある。

同じくコンサルティング会社であるアクセンチュアが行った調査は興味深い。

米国、欧州、中国の3地域における7000人の消費者に対して、自動車の所有について尋ねたところ、本格的に自動運転システムが普及した場合、48%が自動車を手放すと回答している。注目すべきなのは高級車オーナーの回答である。

現在、高級車に乗っている人に限ると、自家用車を手放す人の比率は、米国は39%、欧州は55%、中国に至っては78%に達しており、米国を除くと平均値よりも圧倒的に高い。つまり富裕層ほど積極的にクルマを手放すことについて検討しているのだ。

これは、先ほど説明したように、クルマという商品から嗜好品的な要素がなくなり、ステイタス・シンボルとしての役割が消滅する可能性を示唆している。

富裕層ほど時代の変化に敏感であり、社会がどう動くのか冷静に分析している。イノベーションの進展によって、嗜好品的価値をなくしてしまう自動車に対しては、すでに興味を失いつつあるということなのだろう。

■郊外への転居と、都市部への人口集中が加速

IT化の進展で商品の根源的な価値が変化するという現象は自動車にとどまらない。クルマでの移動に本質的な変化が起こるのだとすると、場所の価値も激変する可能性がある。具体的には不動産である。

先ほどの調査では、回答者の約半数が自動運転が普及した場合、「転居もいとわない」と回答しているのだが、これについてはさまざまな解釈が可能だ。自分で運転する必要がなければ、移動中の時間は読書や睡眠、仕事などに使えるので、一定割合の人が郊外の広い家に転居したいと考えるだろう。実際、この調査では回答者の34%が、郊外への転居を検討するとしている。

一方で、都市部への人口集中が加速する可能性もある。都市部の住居における最大のウィークポイントが駐車場であることは論を待たない。短時間の移動であっても、プライベートな空間を確保したい人にとっては、地下鉄などの公共交通機関は使いたくない。

今のところ、タクシーやライドシェアがその解決策ということになるが、自動運転のクルマをサービスとして使えるのであれば、大半の問題は解決することになる。クルマについて気にする必要がないので、より利便性の高い都市部の住居を選択する人もいるはずだ。

■富を得る人と失う人がくっきり分かれる

不動産という観点では、自動運転車がメインということになると、住宅やオフィスの設計にも影響が出てくる。これまでは駐車場の確保が物件の価値に大きな影響を与えていたが、新しい時代には、シェアード・カーの利用や自動運転車の取り回しが容易なエントランスなど、重視すべき点が変わる。すでに立体駐車場の一部は、利用者の減少から維持が難しくなっており、ビジネスに現実的な影響が出はじめている。

歴史を振り返ると、こうした大きなイノベーションが発生するたびに、物事に対する価値基準は変化し、それによって富を得る人と失う人がくっきり分かれるという出来事が繰り返されてきた。

1800年代、蒸気機関の発明によって船の動力は風から蒸気へとシフトしたが、当初は蒸気機関が完璧ではなく、帆船の方が優位な時代がしばらく続いた。だが、蒸気船の技術が一定のしきい値を超えた瞬間からあっという間に蒸気船へのシフトがはじまり、帆船はたちまち淘汰されてしまった。しかも、同じ船を製造するメーカーであるにもかかわらず、帆船をメインとしていた企業は蒸気船への切り替えができず、ほぼすべてが消滅してしまった。

富裕層が富を増やし続けられる必然

筆者は数年前から、自動運転やカーシェアの普及によって自動車の本質的な価値が変わる可能性が高く、パラダイムシフトを前提に準備を進める必要があると主張してきた。だが、そうした見解を記事に書くと「コイツ、頭がおかしいのか」「デマを吹聴するな」「あまりにも無知すぎて笑える」といった誹謗中傷まがいの批判をたくさん受けるというのが常だった。

加谷 珪一『日本はもはや「後進国」』(秀和システム)

だが、現実は見ての通りである。大きな声には出さなくても富裕層はこうした準備を着々と整えているものであり、ある程度、自動運転の道筋が見えてきた今の段階では、すでに自動車を手放すことや転居などについて具体的な検討を開始している。当然だが、株式や不動産投資についても、こうした視点をしっかりと反映させているはずだ。富裕層が富を増やし続けられることの背景にはこうした事情がある。

----------
加谷 珪一(かや・けいいち)
経済評論家
1969年宮城県生まれ。東北大学工学部卒業後、日経BP社に記者として入社。野村証券グループの投資ファンド運用会社に転じ、企業評価や投資業務を担当。その後独立。中央省庁や政府系金融機関などに対するコンサルティング業務に従事。現在は経済、金融、ビジネス、ITなど多方面の分野で執筆活動を行うほか、億単位の資産を運用する個人投資家でもある。
----------

(経済評論家 加谷 珪一)