「ソフトバンクの「ビジョン・ファンド2」が、いまも“視界不良”の状況にある理由」の写真・リンク付きの記事はこちら

ソフトバンクが記録的とも言える970億ドル(約10兆6,900億円)を投じた「ソフトバンク・ビジョン・ファンド1」は、2017年の立ち上げ当初、史上最大のプライヴェート・エクイティ・ファンドだった。ところが、市場の独占を目指してスタートアップ1社につき最低でも1億ドル(約110億円)を投資する戦略によって、3年足らずで800億ドル(約8兆8,150億円)以上を“溶かす”結果となった。

それでもソフトバンクグループの創業者で会長兼社長の孫正義は、2019年7月に2回目のファンドの計画を発表した。前回よりさらに規模の大きい最大1,080億ドル(約12兆円)規模の「ソフトバンク・ビジョン・ファンド2」だ。ところが、現時点で確定した出資者は、ソフトバンクグループ(380億ドル)のみとなっている。

サウジアラビア政府系の公共投資ファンド(PIF)は、ビジョン・ファンド1の最大の支援者だった。PIFはファンドの成功に賭け、450億ドルを提供した。しかし、出資交渉に近い筋によると、ビジョン・ファンド1が昨年末に89億ドルの損失を計上したことを受け、PIFはいまのところ新たな事業への出資を保留している。

「サウジ側はビジョン1の成功がなければ追加出資はないという姿勢を鮮明にしています」と、ある筋は語る。「MBS(サウジアラビアのムハンマド・ビン・サルマン皇太子)はマサ(孫正義)に対して、ビジョン1がうまくいくまではビジョン・ファンド2の約束はできないと話しました」

PIFに近い別の筋によると、ソフトバンクのビジョン・ファンド1への投資決定や、資本展開に関する説明が不足していることに「反対する議論」が内部で起きているという。「自分たちが関与するものの中身を理解していなかったのでしょう」と、この情報筋は説明する。そのうえで、孫の投資スタイルを「まず打ち上げて、あとから質問を投げかける」手法であると表現した。

「2回目のファンドに出資すべきかどうか、確認するのでしょう。あのような資本を1社で展開する際に、統制や説明、責任が伴い、必要な要素が揃うかどうかは大きな疑問です」

PIFにコメントを求めたが回答はなかった。一方、ソフトバンクグループの広報担当者は、ビジョン・ファンド2の資金調達は進んでいると説明している。

急拡大する損失と出資先の縮小

ビジョン・ファンド1の損失は、WeWorkの失敗(同社の評価額は470億ドルから100〜120億ドルに落ち込んだ)や、失望を呼んだ昨年のUberのIPOに続くものである。しかし、苦境にあるソフトバンクのグループ企業はこれらにとどまらない。ここ数カ月、数社で次々と従業員が解雇され、動揺が走っている。

具体的には、インドのホテルスタートアップOYO Rooms、コロンビアのデリヴァリースタートアップRappi、ピア・ツー・ピアのカーシェアリングサービスGetaround、そして以前はピザ生産の自動化と宅配を手がけ、現在は植物由来のパッケージ資材を開発するスタートアップのZumeなどだ。ニューヨーク大学教授のスコット・ギャロウェイによると、ビジョン・ファンドが出資した企業からは19年1月以降、1万700人以上の余剰人員が生まれている。

さらにCNBCの報道によると、19年7〜9月にはビジョン・ファンド1の上場株式投資の大部分(Uberやスラック・テクノロジーズ、ガーダントヘルスなど)の価値が下落した。最近まとめられたビジョン・ファンド初のポートフォリオでは、輸送・物流部門への出資額は昨年9月30日時点で311億ドル(約3兆4,260億円)となっており、当初額よりも減っている。

不動産投資の評価額も下落している。保有株の価値は現在75億ドル(約8,260億円)で、ビジョン・ファンドが当初出資した90億ドル(約9,915億円)から落ち込んでいる。

出資者は消極的に

サウジアラビア皇太子のビン・サルマンは18年5月、ブルームバーグの取材に対して「初回の450億ドルから初年度に大きな利益が得られない限り、わたしたちはPIFとして、さらに450億ドルを拠出することはないでしょう」と語っている。

ビジョン・ファンド1は昨年9月末時点で、88社に707億ドル(約7兆7,900億円)を投資した。これらの投資はイグジットを除いて776億ドル(約8兆5,500億円)の価値があると、ファンド側は19年11月にロイターに説明している。ビジョン・ファンド2にPIFが参加しないことは、PIFの視点から見て望むような「大きな利益」が実現していないことを意味する。

ソフトバンクは当初、マイクロソフトやアップルもビジョン・ファンド2を新たに支援する可能性があると発表したが、どちらもファンドへの出資を公約していない。両社ともに、そもそもファンドに出資するかどうかについてもコメントしていない。

ソフトバンクの広報担当者は「出資者がビジョン・ファンド2への参加の可能性を査定しており、資金調達は想定通りに進んでいる」と語っている。ビジョン・ファンド2が19年11月に初回クロージングを完了した際に集まった額は、どちらかというと失望を誘う20億ドル(約2,200億円)だった。

最終段階で消えた投資の意味

ビジョン・ファンド2は技術的には運営可能だが、出資先はほとんど発表されていない。2020年1月はじめ、ファンドはHonor、Seismic、Creator3社との案件から手を引いた。

3社との交渉をよく知る人物はこう語る。「ビジョン・ファンド2がいまだに存在するかのようにふるまっていますが、実際には少なくとも現段階ではビジョン・ファンド2は実現しないように思えます。ファンドは明らかに協定を結び、条件規定書を作成・交渉し、査定を実施していました。しかし最後の最後で手を引きました。評判が大きく傷つきますから、合理的な意味はあまりありません。まったく前例のないことです」

ソフトバンクとHonor、Seismic、Creatorのスタートアップ3社とのやりとりに詳しい筋は、ソフトバンクが出資取りやめの最終決定を何度も延期し、最終的にすべてを白紙に戻したとニュースサイト「Axios」に語っている。しかしCreator側は、交渉はまだ生きていると同メディアに語っている。テック系のあるヴェンチャーキャピタル投資家は、最終段階でスタートアップへの投資を引き上げるのは「大罪」と断じている。

通常とは異なるふるまいには、いくつかの理由が考えられる。ソフトバンクはもしかすると、案件のルートをオープンにしておきたかったのかもしれない。ビジョン・ファンド2が必要な資金を確保できると考えていた時期に、交渉(通常は完了に数カ月を要する)を開始したのかもしれない。あるいは、実際にはうまくいかなかった別の出資元を通じて、資金を確保できると信じていたのかもしれない。

ARMという成功例はあるが……

いずれにせよソフトバンクは、ビジョン・ファンド2の将来に関する重大な疑問の声を黙らせるような動きをほとんど見せていない。取材した情報筋の多くが、ビジョン・ファンド1の出資先企業の頼りない業績によって、ソフトバンクの信用が低下する可能性に言及していた。

「ソフトバンクは、共同出資しているからこそ大きな価値が加わっているかのような態度をとっています。そして誰もが、ソフトバンクが一緒に出資してきた企業は素晴らしい、と考えていたでしょう。しかし状況は変わりました」と、ある上級投資専門家は語る。「ソフトバンクからの収益が見込めない案件がいくつか存在しています」

別のヴェンチャーキャピタルは、仮にソフトバンクが投資家の信頼を取り戻せたとしても、スタートアップの信頼がさらに必要になると指摘する。「『資金調達できるのか』という疑問は忘れましょう。現時点では最高の条件であっても非常に難しいでしょうから。わたしが孫の立場だったら、あらゆる手段で資金調達するでしょうね。1,000億ドル規模にする必要はありません。500億ドルでもいいのです。何か手を打たなくてはなりません」

現在ビジョン・ファンド1、ひいてはソフトバンクにはネガティヴなニュース(投資家を興ざめさせるような材料)がつきまとっている。盛り返せるかどうかを断定するのは時期尚早だろう。ビジョン・ファンド1には現在も業績が好調な投資先がある。特に英国の半導体設計大手であるARMホールディングスは輝かしい成功例だ。

それでもビジョン・ファンド2を前に進めていくとすれば、1回目のときのような自信過剰な手法は控えめになりそうだ。孫は最近の実績について、「きまりが悪く、狼狽している」と認めている。

事情通によると、孫はビジョン・ファンド2の投資戦略を、急成長に限らず収益性や上場にも焦点を当てることを検討していると、CNBCが報じている。だが、ファンドが実際に軌道に乗るかどうかは、また別の話だろう。

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