インフルエンザが大流行している。薬が大好きな日本人は、感染した場合にタミフルなどの抗ウイルス薬に頼りがちだ。だが川崎医科大学の尾内一信教授らは「元来、健康な人が患者の場合は、タミフルよりも『卵酒を飲んで寝る』という古典的な治療法のほうがはるかに勝る」という――。(前編/全2回)

※本稿は、三瀬 勝利ら編著『ワクチンと予防接種のすべて 第3版』(金原出版)の一部を再編集したものです。

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インフルエンザで毎年3000人〜1万数千人が亡くなる

冬期になると、インフルエンザは毎年のように流行を繰り返しており、制御の難しい病気であることは万人の認めるところです。

年によってバラツキがありますが、平均すると1年間に日本人の5〜10%が発症しています。日本人の総人口を1億3000万人とすると、毎年650万から1300万人が、この面白くない病気に罹っている計算になります。

インフルエンザ発病者中の致死率は0.05〜0.1%と計算されていますので、毎年3000人から1万数千人が、インフルエンザが関係する病気(特に肺炎球菌などの細菌の混合感染による肺炎)で死亡していることになります。

インフルエンザと風邪の違いを説明できますか

わが国では風邪とインフルエンザが混同されることが多いのですが、お互いに違うものです。インフルエンザを起こす病原体はインフルエンザウイルスですが、風邪の病原体はコロナウイルス、アデノウイルス、ライノウイルス、RSウイルスなど、200種類以上のものが存在します。多くはありませんが、細菌の中にもヒトに感染すると風邪様の症状を呈するものがあります。

尾内一信、高橋元秀、田中慶司、三瀬勝利(著、編集)『ワクチンと予防接種のすべて 第3版』(金原出版)

なお、インフルエンザウイルスにはA、B、Cの3型があります。C型は臨床上さほど重要ではなく、問題なのはA型とB型です。病気の症状も、インフルエンザは風邪とは比較にならないほど強烈です。インフルエンザに罹ると38℃以上の高熱を発し、極度に倦怠感を感じます。筋肉痛や関節痛も伴います。高齢者には重症化して、死をもたらすことも多い病気です。

かつては経験を積んだ医師は別として、新米の医師がインフルエンザと風邪を区別して診断するのは難しい側面がありました。

現在は市販の迅速診断キットを使えば、10分から20分のうちでインフルエンザウイルスが検出できます。また、A型とB型ウイルスを区別して診断することが可能です。キット法によるウイルスの検出感度は、材料の採取方法や採取時期によっても異なります。鼻腔吸引液、鼻腔ぬぐい液、咽頭ぬぐい液などが検査のために採取されます。結果が明瞭でない場合もありますが、陽性の場合はインフルエンザと診断されます。

しかし、患者材料の採取時期や採取方法によっては、インフルエンザの確定診断ができない場合もあります。

インフルエンザワクチンには2種類がある

2019年2月現在、わが国で承認されているインフルエンザワクチンは2種類のものに分かれます。

このうちの1種類は、冬期に流行を繰り返している「季節性(通年型)インフルエンザ」に対するワクチンです。そして、もう1種類は2007年に初めて承認された新型インフルエンザ(高病原性インフルエンザ;H5N1型)ワクチンで、将来発生するかもしれないH5N1型高病原性インフルエンザの流行に備えるためのワクチンです。

同じインフルエンザワクチンの名前がつけられていますが、両者の使用目的などは大きく違っていますので個別に紹介します(新型インフルエンザ(高病原性インフルエンザ;H5N1型)ワクチンに関しては後編で紹介)。

■季節性インフルエンザワクチンは「65歳以上」に効果あり

これまでワクチン接種に関して、賛否両論が出されてきた季節性インフルエンザワクチンの効果については、効果は健康な若者たちに対しては明らかでないとするのが正しいかも知れません。

しかし、65歳以上の高齢者や持病を抱えている易感染者の人たちには、インフルエンザワクチンを接種することにより、ウイルス感染後に起こる細菌感染による肺炎に対して、予防効果があることは明白です。当然、インフルエンザワクチンの細菌性肺炎に対する予防効果は間接的なものなのです。

「風邪やインフルエンザは万病のもと」とも言われています。特に高齢者や易感染者には、インフルエンザに罹った後に起こる細菌感染で肺炎を起こすことが憂慮されています。

インフルエンザ患者は感染症に対する抵抗力が低下しているために、細菌感染を起こしやすいのです。数ある肺炎を起こす細菌の中でも、肺炎球菌は病原性が強く、肺炎の死亡者の約半数を占めています。

インフルエンザワクチンによる予防接種でインフルエンザ患者が少なくなれば、それに比例して肺炎などの患者数も減ることになります。65歳以上の高齢者、または60歳以上から65歳未満の易感染者たち(呼吸器、循環器、泌尿器などに病気を持っている人、負傷者、HIV感染者など)には、インフルエンザワクチンと肺炎球菌ワクチンの両方を接種すると、肺炎の予防効果が一段と高くなるという統計結果も出ています。こうしたこともあって、高齢者たちには、インフルエンザワクチンが定期接種の対象になっています。

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■頻繁に突然変異を繰り返すインフルエンザウイルス

インフルエンザワクチンの最大の欠点は、流行するインフルエンザウイルスの抗原性や型が年ごとに変化することもあって、効力が長続きしないという点にあります。インフルエンザウイルスは突然変異を起こしやすいウイルスなのです。このため、1年ごとに流行するタイプを予測してワクチンが作られています。

具体的に書くと、WHO(世界保健機構)が次のシーズンに北半球で流行しそうなウイルス株を予測し、結果を各国に知らせます。その情報をもとに、わが国におけるインフルエンザの流行状況の調査や、分離ウイルス株の抗原分析、国民の抗体保有状況などの膨大な資料が検討され、国立感染症研究所や厚生労働省の担当者たちが意見を交換し、次シーズンのワクチン用ウイルス株が決定されます。WHOの推奨株がそのまま採用されることもあれば、一部が別の株に置き換わることもあります。

以前は流行株の予想が当たらず、「競馬の予想屋以下の的中率だ」と酷評され、ワクチンへの不信感を助長していました。しかし、近年はかなり予想が当たるようになりました。予想が的中するようになったのは、ウイルス学が進歩したことに加えて、世界レベルでインフルエンザの流行疫学調査が行われ、その情報が生かされるようになったためです。

とりわけ、ウイルスの遺伝生化学的解析技術が格段に向上したことが、流行株の予測的中率を高める要因になっています。そうは言っても、神様ならぬ人間様のやることですから、予測が外れる年もかなりあります。

■なぜインフルワクチンを打ってもインフルにかかるのか

こうしたインフルエンザワクチンの短所を紹介すると、「予想が当たらないなら、流行しているインフルエンザウイルスを使って、直接ワクチンを作ればよい。問題はすこぶる簡単だ」と言われるかもしれません。確かにご意見はごもっともで、良策のように思えます。

しかし、ワクチンは製造に着手して流通に至るまでは、少なくとも数カ月はかかるのです。ワクチンは1週間ででき上がるような結構な代物ではありません。現在のインフルエンザワクチンは膨大な数の孵化鶏卵を使って製造していますので、ワクチン原料になるウイルスを大量に集めるのには時間がかかるのです。質の良い孵化鶏卵を揃えるのだけでも大変な作業です。

製造だけでなく、ワクチンの有効性や安全性を確認するための時間も必要なのです。季節性インフルエンザワクチンに限れば、次年のインフルエンザシーズン用のワクチン株は、その年のシーズンが終わる頃の2〜4月に決定されることが多いのです。要するに、次のシーズンが始まる数カ月以上前ということになります。

こうして決められた株を基に、次のインフルエンザシーズンに備えて、ワクチンが夏場にせっせと製造されているのですが、その空白の数カ月の間にヒトのウイルスが変異を起こして抗原性が変わったり、動物から予想外のインフルエンザウイルスがヒト社会に侵入して流行することがあるのです。このため、ワクチン株が流行株と一致しないことが起こるのです。

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■季節性インフルエンザワクチンの副作用とは

季節性インフルエンザワクチンの副作用については、接種部位に軽い炎症を起こすぐらいで、発熱や頭痛といった全身反応はまれです。起こっても2〜3日で消滅します。その他、ギラン・バレー症候群、急性脳症、痙攣などの深刻な副作用報告例もありますが、ワクチン接種との因果関係については明らかになっていません。

高齢者には毎年1回のインフルエンザワクチン接種(皮下接種)が勧められています。インフルエンザシーズンは師走から3月にかけてですから、10月から12月の初め頃までに接種するのが効果的です。

■タミフル、リレンザ……6種のインフルエンザ治療薬を全解説

かつて、インフルエンザや風邪に罹ると「卵酒を飲んで寝る」というのが有力な治療法でした。この言葉を翻訳すると、「インフルエンザを治すには、休養と栄養をとるに限る」ということになります。

現在は多くの方がご存じの通り、インフルエンザには抗ウイルス薬が開発されています。2019年4月現在、以下の6種類が利用できます。

アマンタジン(商品名、シンメトレル)
オセルタミビル(タミフル)
ザナミビル(リレンザ)
ペラミビル(ラピアクタ)
ラニナミビル(イナビル)
バロキサビル(ゾフルーザ)

このうち、イナビルとゾフルーザは、わが国で開発された薬で、それぞれ2010年と2018年に承認されています。上記の薬のうちで、シンメトレルがウイルスのヒト細胞への侵入を抑制するに対し、後発のゾフルーザは「キャップ依存性エンドヌクレアーゼ阻害薬」と呼ばれる経口薬です。

宿主細胞の中に侵入してきたインフルエンザウイルスの転写を抑える新しいタイプの薬で、服用1回で、効果が出るとされています。A、B両型のインフルエンザに効果があります。ただし、耐性ウイルスが出やすいという問題点があり、要注意です。

写真=iStock.com/Beka_C
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■全身症状を示しているインフルエンザ患者にはあまり効果ない薬

タミフルなど残りの4薬は、NA(ノイラミニダーゼ)蛋白質を阻害し、細胞内部で作られたウイルスが細胞の外に出るのを抑える作用があります。すなわち、タミフルなどはウイルスのヒト細胞への感染を阻止するものではなく、感染した後で、でき上がったウイルス粒子が細胞から放出されるのを阻止します。これによって、ウイルスが増殖を繰り返すのを抑えるとされています。これらの薬は作用機構からも想像できるように、すでに全身症状を示しているインフルエンザ患者にはあまり効果が期待できません。

シンメトレルは耐性ウイルスが出やすい薬で、投薬された3割以上に耐性ウイルスが出現したというデータがあります。使用例が増えるとともに、薬の切れ味が落ちています。B型ウイルスには元々効果がありません。キットを使った検査などで患者のインフルエンザウイルスがB型であることが分かった場合は、シンメトレルの投与は行うべきではありません。現状では、本薬は推奨できる薬ではなくなっています。

タミフル、リレンザ、ラピアクタ、イナビル、およびゾフルーザはA型にもB型にもある程度、効果があります。耐性ウイルスの出現も報告されていますが、出現頻度はシンメトレルほどではありません。

■「世界のタミフル使用量の7割を占めている」と言われた時代

タミフルは経口剤であるのに対し、リレンザとイナビルは吸入剤です。ラピアクタは特殊な薬剤で、静注で投与されます。原則として外来では使用できません。経口剤は利便性で勝ることもあって、わが国ではタミフルが大量に使用されてきました。「日本一国だけで、世界のタミフル使用量の7割を占めている」とまで言われた時代もありました。

薬が大好きな日本人らしい傾向ですが、全くクレイジーとしか言いようもない現象でした。ただし、2006年頃から、頻度は極めて低いものの、未成年者(特に男子)がタミフルを飲むと異常行動に走るのではないかという疑いを持たれ、日本でのタミフルの消費量は激減してきました。

タミフルが10歳以上の未成年者に異常行動を誘発するかどうかについて、厚生労働省に置かれた調査委員会で大規模な追跡調査が行われました。その結果は「タミフルが異常行動を誘発するとは言えない」という結論になっています。

タミフルの摂取が未成年者に深刻な副作用を誘発するか否かの結論はさておき、何でも薬に頼ってしまう日本人の習性には大いに反省の余地があります。

インフルエンザに効く抗ウイルス薬が少ないだけに、いざというときのために、タミフルのような貴重な薬は大切に使うべきです。健康に恵まれている青少年が、たいした病状を示していないのにタミフルを服用するのは疑問があります。

■健康な人が患者の場合は、タミフルよりも「卵酒を飲んで寝る」がよい

欧米ならば、健康な青少年がインフルエンザに罹っても、まず休養と栄養をとって悪化を防止し、自身の体力の回復を待ちます。それゆえ、わが国に比べて、外国の先進国ではタミフルの消費量は少なかったのです。

写真=iStock.com/Artem Peretiatko
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筆者たちは「タミフルなどを使用すべきでない」と主張しているのでは決してありません。患者の病状や年齢から判断して、タミフルなどの抗ウイルス薬の投与が必要な場合は、最悪を避けるためにも投与すべきです。

しかし、元来、健康な人が患者の場合は、タミフルよりも「卵酒を飲んで寝る」という古典的な治療法の方がはるかに勝ると思われます(この場合、酒などのアルコール飲料とアセトアミノフェンを含む解熱剤を同時に飲むと、肝機能障害を起こすことがあるので要注意ですが)。

(川崎医科大学小児科学講座主任教授 尾内 一信、国立感染症研究所免疫部客員研究員 高橋 元秀、日本医療安全調査機構専務理事 田中 慶司、国立医薬品食品衛生研究所名誉所員 三瀬 勝利)