横浜へのカジノ誘致問題、それよりも...
僕の地元、横浜市の林文子市長は今週、突如としてカジノの誘致を正式表明した。
正確には「カジノを含む統合型リゾート(IR)の誘致」だが、いずれにせよ実態は「統合型リゾート」というオブラートに包んだカジノ誘致。僕の長年の散歩コースの一つ、山下公園に隣接する山下埠頭が候補地らしい。
ギャンブル依存症問題 > カジノ新設による依存症問題
林市長はもともとカジノ誘致に前向きだった。だが、地元企業や市民団体からの反発があり、2年前の市長選では争点化を避け白紙を宣言。そして再選された。これまで各種の世論調査では反対が賛成を圧倒的に上回っていただけに、今回の唐突な誘致表明は市民に対するだまし討ちと言われても仕方ない。
この2週間ほど太平洋戦争関連のテレビ番組や雑誌記事を目にして蘇った13歳当時の記憶がまだ尾を引いているのだろうか。戦後日本の歴史的パラダイムシフトを経験した身としては、自分の地元とはいえ、一地方自治体の政治家や役人によるこの程度のだまし討ちで被害者気分に陥るほどやわではない。
それよりも、いわゆる「カジノ法案」を巡る論議の時から違和感があったのだが、ギャンブル依存症問題がカジノ法案やカジノ誘致における議論の材料のようにしか扱われていないことが残念だ。法案や誘致に関わる者にとってはそれで良いのかもしれないが、既存のギャンブル依存症問題の規模や重みに比べるとカジノ新設に伴う新たな依存症問題はおまけのようなものではないだろうか。
ギャンブル「等」依存症
もちろん政府は抜かりなくギャンブル依存症問題への取り組みを進めてはいる。いや、正確には「ギャンブル」の後に「等」を加えた、「ギャンブル等依存症」問題だ。昨年10月には「ギャンブル等依存症対策基本法」の施行とともに「ギャンブル等依存症対策推進本部」が設置され、この4月には「ギャンブル等依存症対策推進基本計画」が公表された。
そもそも、ギャンブル依存症の医学的な名称は2つある。精神医学分野で世界標準となっているアメリカ精神医学会の診断基準では「Gambling Disorder(ギャンブル障害)」、WHOの国際疾病分類では「Pathological gambling(病的賭博)」。後者も2022年からは前者の名称に移行することになっているが、いずれにしてもこれが何による精神疾患かといえば「Gambling」だ。だが、これを日本語で「賭博」や「ギャンブル」としてしまうと政府としては具合が悪い。ギャンブル依存症問題の最大の原因であるパチンコ・パチスロが法的には賭博・ギャンブルではなく「遊技」と定義されているため、「ギャンブル『等』」としておかないと肝心のパチンコ・パチスロが抜け落ちてしまう。
かくして、ギャンブル等依存症対策基本法では「ギャンブル等」の定義を「法律の定めるところにより行われる公営競技、ぱちんこ屋に係る遊技その他の射幸行為をいう。」として、「ぱちんこ屋に係る遊技」も盛り込まれた。政府としては、医学・医療の世界で長年、パチンコ・パチスロが賭博・ギャンブルとして扱われてきたことを「無かったこと」にするわけにもいかず、苦肉の策としてこのような定義や名称を考案したのだろう。ちなみにこの基本法で「依存症」の定義は、ギャンブル等に「のめり込むことにより日常生活又は社会生活に支障が生じている状態」とされている。より具体的な定義や診断基準は国内外医学界の守備範囲なので官僚たちもここは悩まずに済んだはずだ。
これに限らず、社会的に大きな問題への取り組みをこのような定義や名称など小手先の策でオブラートに包もうとすると、肝心の本質的な問題が先送りされ肥大化することが往々にしてある。その最たる例は、軍隊ではないと主張しなければならない状況が長年続く自衛隊の問題ではないだろうか。
横浜市がお上のお達しに便乗してカジノ誘致に精を出すのは結構。だがギャンブル依存症の議論や対策はカジノ誘致による影響の範囲に留めるのではなく、「ギャンブル『等』依存症」全体を見据えて真剣に取り組んでほしい。国はもちろんだが、自治体がすべきこと、自治体にできることも多いはずだ。
[執筆/編集長 塩谷信幸 北里大学名誉教授、DAA(アンチエイジング医師団)代表]
医師・専門家が監修「Aging Style」