大企業よりも新興企業でイノベーションが生まれやすいのはなぜか。東京大学でスタートアップ支援に従事する馬田隆明氏は「急成長するアイデアは、最初は“悪く見えるアイデア”であり、狙う市場も小さい。このため大企業では市場に出す途中で認められなくなる可能性が高いのだ」という――。

※本稿は、馬田隆明『逆説のスタートアップ思考』(中公新書ラクレ)の一部を再編集したものです。

※写真はイメージです(写真=iStock.com/seb_ra)

■価値ある「アイデア」の多くは否定される

スタートアップとしてよいとされるアイデアは、数多くの否定を受けることになります。だからこそ、まわりから何を言われようと、自分が続けられるようなアイデアであるかどうか、そしてそこにどうしても達成したいビジョンやミッションがあるかどうかといった拠り所が、スタートアップを手がける人に必要になってきます。

今、世界で最も尊敬されている起業家の一人であるイーロン・マスクは、宇宙開発事業を手がけるスペースXを2002年に創業しています。創業当時、火星への入植計画を民間企業が行うということに賛同する人はほとんどいなかったでしょう。

電気自動車のテスラモーターズは2003年に設立されましたが、その当時、電気自動車や自動運転に関して真面目に語っている人がいたら、多くの人がバカにしていたはずです。しかし他人からバカにされることを引き受けて、その後、十数年粘り続けることができたからこそ、今の成功があります。

■ビートルズの最初の評価は「時代遅れ」だった

偉大な発明や発見であっても、最初はまったくその価値が見出されない事例は数多くあります。

ベル研究所で発明されたトランジスタについては、発表が「ラジオに関するニュース欄」に追いやられ、わずか4パラグラフの記事でしか取り上げられていません。進化論についての論文をダーウィンが発表した年の終わり、リンネ協会の会長は「衝撃を受けるような発見はなかった」というコメントを残しています。かのビートルズですら、その初期に「ギター音楽は時代遅れ」だと評価されたことがありました。

スタートアップで言えば、グーグルは初めての資金調達を行うまでに350回のピッチ(投資家へのプレゼン)を行いました。つまり、それまではずっと断られ続けていました。同様に、オンラインコミュニケーションツールのスカイプは40回、コンピュータネットワーク機器を作るシスコは76回、オンラインラジオのパンドラは200回、それぞれ最初の調達までにピッチを繰り返し、ずっと失敗していました。しかし彼らは諦めなかったからこそ、投資家からお金を預かり、そしてその後事業を大きく成長させることができました。

このように科学の世界でもビジネスの世界でも、何度失敗しても諦めなかったからこそ、その後の栄華を築いた事例は多くあります。実際、トレンドに頑固なまでに逆らってぶれない会社ほど上場企業になる可能性が高い、という研究結果もあります。

■スタートアップが「小さな市場」を狙うべき理由

一方、ビジネススクールでは通常、大きな市場を狙うことが推奨されています。大きな市場で数パーセントのシェアを得られれば、それだけで大きな売上になることがすぐに分かるからです。

しかしスタートアップが狙うべき市場は、「今はまだ小さくとも急成長する市場」と言われています。なぜスタートアップは小さな市場を狙うべきなのでしょうか。その理由は5つ考えられます。

1つ目に、最初から大きな市場にいる顧客にリーチしようとすると、それに応じたマーケティング費用が必要になるからです。そんな費用はスタートアップにはありません。またリーチしようとしても、どのチャネルが本当に顧客に届く効果的なチャネルなのかどうか、判断が付きません。

2つ目として、そもそもスタートアップが作る先進的な製品に理解を示すような初期の顧客はほんのわずかです。であれば、スタートアップはそうした人たちがいる小さな市場に最初から集中したほうがよいでしょう。

■小さな市場ほど大企業が参入しづらい

3つ目として、大きな市場になればなるほど競合が多くなり、差別化が難しくなることがあります。そしてその結果、利益率は激減します。特に価格競争が起こるような領域では、体力の少ないスタートアップが生き延びる可能性は低くなります。

4つ目に、小さな市場ほど大企業が参入しづらいという点が挙げられます。そして、その市場への参入に大企業が躊躇している間に、スタートアップならその市場を独占することができます。

そして最後に、小さな市場であれば素早く独占することが可能です。大きな市場を最初から狙うと、その独占に時間がかかります。だからこそ、まず小さな市場を独占し、そこで利益を稼ぎながら次の市場を狙っていったほうが競争に巻き込まれずに済みます。

こうした背景からも、スタートアップはまず小さな市場を狙うほうが理にかなっている、と言えるのではないでしょうか。現実として、どこを市場に選ぶかが、スタートアップそのものの成否をほぼ決定すると指摘されています。古くからスタートアップへの投資を手がけるIronstone Groupによると、スタートアップの成功要因の約80%が市場の選択による、という分析もあるそうです。

■大企業は「承認」に関わる人が多すぎる

アイデアの部分では「急成長するよいアイデアは最初悪いように見える」という反直観的なことを解説し、戦略の部分では「小さな市場を独占する」というこれもまた反直観的な条件を解説しました。

でももしこうした条件が正しいのであれば、急成長する新規事業を欲する大企業には非常に難しい判断が求められるでしょう。

なぜなら大企業で何かをするとき、大抵は承認プロセスがあり、その承認に関わる人が多くなればなるほど、悪く見えるアイデアや小さな市場を狙う戦略が承認されない可能性が高まるからです。

『ORIGINALS―誰もが「人と違うこと」ができる時代』(アダム・グラント著、シェリル・サンドバーグ解説、楠木建監訳、三笠書房)という本の中で、「オリジナルなアイデアは実際には多い」という指摘がされています。

であれば、そもそもの問題は、企業内にオリジナルなアイデアがないというわけではなく、そうしたアイデアを守る仕組みがない、ということだと言えます。社員にオリジナリティが足りないからといって、講師を招いてアイデアワークショップなどをしても、そこで生まれてきたアイデアを実施できる仕組みがなければ意味はありません。

■急成長するアイデアは「理解が難しい」もの

一見悪く見えるアイデアほど、大企業で実践することは難しくなるため、どうやってアイデアを守るか、という視点が必要になります。だからこそ何より「急成長するアイデアは、最初理解が難しいものだ」という事実を経営層やマネージャーが理解する必要があるでしょう。

『How Google Works―私たちの働き方とマネジメント』(エリック・シュミット、ジョナサン・ローゼンバーグ、アラン・イーグル著、土方奈美訳、日本経済新聞出版社)では、「次なる大きなものは最初おもちゃのように見える」「新しい技術は、個別具体的な問題を解決する手段として、かなり原始的な状態で誕生することが多い」と記されています。

もちろん、その事業が現在求めているアイデアが急成長を果たすようなものではなく、日々の改善であれば、突拍子もないアイデアは不要かもしれません。ただ、急成長するようなアイデアの初期は日々の改善のためのアイデアとは見かけの種類が異なるかもしれない、という認識を承認側が持つことは重要ではないかと思います。

■Gmailを作り出したグーグルの「20%ルール」

そしてもう一つ、大企業で急成長するアイデアを守るやり方として試されているのが、承認そのものを極力なくす、といったやり方です。

たとえばグーグルの「20%ルール」は有名です。これは業務時間のうち、20%を好きな活動に使ってよい、という制度です。この制度を使って生まれた製品の例として、Gmailなどが挙げられます。

ソフトウェア会社であるアドビでは「Kickbox」というプログラムを実施しています。このプログラムの参加希望者には、最初にワークショップと1000ドルの資金が与えられます。その資金をどう使うかはその人次第で、何の報告義務もありません。誰でも参加でき、上司の許可を取る必要もありません。彼らはそうして様々な試行錯誤を、承認なしですぐに始めることができます。

もちろん、こうした取り組みが適用できる事業は、ITなどのイニシャルコストが安い分野になるかもしれません。しかしまわりの協力を仰ぐことができれば、多くの取り組みは、意外と小さなコストで賄えてしまうのも事実です。

であれば、最初の承認プロセス自体をなくしてしまって、ある程度の段階に達したとき、継続のための資金を追加投資するかどうかを決めればいい、というのはある意味で合理的な判断と言えそうです。

■液晶テレビは「闇研究」から生まれた

過去を振り返ってみると、大企業の一部の革新的な事業は、「スカンクワーク」と呼ばれる自主的活動や、闇研究(闇研)と呼ばれる非公式研究から生まれてきたと言われています。国内の闇研の例として、VHSビデオや液晶テレビなどはよく知られています。

昔に比べ、こうした闇研究が許されなくなったとも聞きますが、そうした仕組みをある種の教育や投資と捉え、社内制度として整えておくのは一つの経営手法なのかもしれません。

さらにいえば、大企業で急成長する事業を作るためには評価システムの見直しも必要となります。

新規事業のほとんどは失敗します。「予想業績を達成したかどうか」という意味では、9割以上が失敗すると言ってよいでしょう。

ただ大企業の評価システムはそうした失敗について非常に厳しい態度をとりがちです。

決められたことを誰よりもうまくやることがこれまでの社会では求められていた能力であり、失敗は単に減点対象でしかないと考えると、これも当然の理屈でした。

■大企業が仕組みを整えれば大きなイノベーションが生まれる

馬田隆明『逆説のスタートアップ思考』(中公新書ラクレ)

しかし決められた作業、つまり定形作業は今後どんどん機械に置き換わっていきます。そして人間が行う仕事は、これまで誰も挑戦していない新しいものを生み出すことになるはずです。そうした状況では、挑戦や失敗の評価の仕方について新しい視座が必要になってくるはずです。

「一見悪いように見えて実はよいアイデア」を発案するのは比較的簡単でも、それを実現するためには、社内に様々な仕組みが必要です。そして価値とはあくまで実行から生まれるものです。実行なくして新しい価値が生まれることはありません。会社として意図はしていないにもかかわらず、実行までたどり着きにくい仕組みができあがっている限り、スタートアップ的な新規事業を大企業で行うのは難しいでしょう。

しかし逆に言えば、大企業のように豊富な資源と優れた人材を持つ組織が、こうしたスタートアップ的なアイデアを実行できる仕組みを作ることができれば、そこからより大きなイノベーションが生まれる可能性は決して低くないと思っています。

----------

馬田 隆明(うまだ・たかあき)
「東京大学FoundX」ディレクター
1984年生まれ。University of Torontoを卒業後、日本マイクロソフト株式会社に入社。「Microsoft Visual Studio」のプロダクトマネジャーやMicrosoftの最新技術を伝えるテクニカルエバンジェリストなどを務めた後、スタートアップの支援を行う。2016年6月より東京大学産学協創推進本部にて学生や研究者のスタートアップ支援活動に従事し、学業以外のサイドプロジェクトを行う「東京大学本郷テックガレージ」や、卒業生・現役生・研究者向けのスタートアップのインセプション(起点)プログラム「東京大学FoundX」でディレクターを務めている。近著に、『成功する起業家は「居場所」を選ぶ 最速で事業を育てる環境をデザインする方法』(日経BP社)。

----------

----------
馬田 隆明(うまだ・たかあき)
「東京大学FoundX」ディレクター
1984年生まれ。University of Torontoを卒業後、日本マイクロソフト株式会社に入社。「Microsoft Visual Studio」のプロダクトマネジャーやMicrosoftの最新技術を伝えるテクニカルエバンジェリストなどを務めた後、スタートアップの支援を行う。2016年6月より東京大学産学協創推進本部にて学生や研究者のスタートアップ支援活動に従事し、学業以外のサイドプロジェクトを行う「東京大学本郷テックガレージ」や、卒業生・現役生・研究者向けのスタートアップのインセプション(起点)プログラム「東京大学FoundX」でディレクターを務めている。近著に、『成功する起業家は「居場所」を選ぶ 最速で事業を育てる環境をデザインする方法』(日経BP社)。
----------

(「東京大学FoundX」ディレクター 馬田 隆明 写真=iStock.com)