内野聖陽の熱演から見えた「男らしさの変容」
俳優・内野聖陽のキャリアを知ることで、「女性が求める男らしさの変容」が見えてきた(写真:©「きのう何食べた?」製作委員会)
乙女心全開のゲイを演じる内野聖陽が話題になっている。テレビ東京のドラマ「きのう何食べた?」である。ゲイカップルの日常を丁寧に描く作品で、毎週女性たちが悶絶しているようだ。
「熱血」「破天荒」「型破り」「男臭さ」のイメージが強かった内野が、指先までフェミニンなしぐさで恋人・西島秀俊への愛情と慈しみを体現し、女心をわしづかみにしている。
ふと、これまでの内野に思いを馳せてみると、なんとなく見えてきたものがある。それは「女性が求める男らしさの変容」だ。
インテリ演じた1990年代
1990年代後半、内野は線の細いインテリ男性役が比較的多かったと記憶している。NHK朝ドラ「ふたりっ子」では、ヒロインのライバルでプロ棋士、そして夫となった森山史郎を演じた。登場時のおっさんくさい銀縁眼鏡が強烈なインテリ臭で、熱い関西男の伊原剛志とは対極の役柄だった。
その後も、「ミセスシンデレラ」(フジ)では平凡な主婦・薬師丸ひろ子と恋に落ちる世界的に著名な指揮者役(なぜか鳥と戯れる)だったり、「ラブジェネレーション」(フジ)では東大卒の検事役(意外と屈折した心をもつエリート)だったりで、なんというか、女性の理想像をさらっと体現するだけに終わるような役どころだった気がする。
元気でやんちゃなアイドルドラマ全盛期では、「本物のインテリやエリートに見える二枚目」という人材が必要であり、内野はその部分を担ったのである。
女性たちのニーズも、バブル崩壊以降は堅実な路線へ流れたと思われる。浮かれた職業よりも、インテリ、エリート、堅気の正社員。浅はかなバブル紳士よりも、手堅い男へ。男らしさは「頭のよさ」や「堅実さ」だったのかもしれない。
強く記憶しているのは、映画『黒い家』だ。サイコパスな顧客・大竹しのぶと関わってしまったがゆえに、心身ともにとてつもないダメージを受ける保険会社社員の役だ。日本のサイコパス映画の中でも最凶、もう怖すぎて最後は笑っちゃうような展開で、大竹の怪演が話題になったのだが、実は内野の功績も大きい。
映画『黒い家』で主役を演じた当時の内野聖陽さん。写真は1999年当時(写真:時事通信)
モンスター大竹(と西村雅彦)にじわじわと追い込まれ、ストレス過多でEDにもなる内野。自宅は荒らされ、彼女(田中美里)も大竹に拉致監禁され、しまいには会社で襲われて凄絶な恐怖を体験する。
内野が全身で感じた恐怖はそのまんま観客の体感となったほど、トラウマフルコースの役を演じきった。このトラウマも、後々のキーワードになってくる。
2000年代は「圧」が強めな男気路線
2000年代に入ると、舞台もさらに活躍の場を広げ、ミュージカルにも数多く出演。時代劇でも重宝された内野は、技術も迫力も外連味も身に付けていく。
上戸彩主演の「エースをねらえ!」(テレ朝)では、国民的知名度の高いキャラクター・宗方仁を演じるハメに。個人的にこれはギャグドラマだと思っていたのだが、内野のキャラクター研究の熱の入れようが話題になった。このあたりから徐々に内野の醸し出す「圧」が強まっていく。大河「風林火山」の主演も、圧という実力があったからこそ。
この頃は、世界的不況で若者が希望を抱けない時代。世知辛い現実から逃れたいのか、ドラマ界では「破天荒」「型破り」な主人公が流行。とくに強いヒロインが台頭し、天海祐希や観月ありさ、篠原涼子、米倉涼子あたりが「強い女系ドラマ」を展開。そんな中で内野は男気路線をひた走る。「臨場」「臨場 続章」(テレ朝)は、植物と動物を愛する型破りな検視官役だ。
黒い革ジャンにワークブーツ、傲慢だが検視の見立ては鋭く、自殺や事故に見える状況でも殺人事件と看破する能力が高い。家庭菜園で育てたきゅうりや大根などにかぶりつきながら現場に入り、外連味たっぷりに検視を行う。見立てが甘く、先入観でモノを言う部下(渡辺大・平山浩行)を罵倒したり、時には殴ることもあるが、人材育成能力はかなり高めだ。
変わり者だが、実力はある。組織に属していても、己の魂と正義は決して譲らない。そんな内野に男らしさや男気を感じて、頼もしいと感じた女性も少なくない。堅気より破天荒、出世や上昇志向よりも厚い人情重視。さらに言えば、一途という側面も、当時の女性たちが求める「男らしさ」だったのかもしれない。
「臨場」の内野は妻が殺害された悲しい過去をもつ。その妻の趣味だったガーデニングや家庭菜園を引き継いでいるという設定だ。スマートでエリートなモテ男ではない。案外純粋で一途な男に、女性たちは心を奪われたのだ。
そう言えば、「臨場」よりも前に、「ゴンゾウ・伝説の刑事」(テレ朝)というのもあった。内野は元警視庁捜査一課の敏腕刑事だったが、ある事件を機に所轄署の備品係に成り下がっている役だ。基本的にはやる気ゼロ、出世にも事件解決にも興味をもたず、変人扱いされている。
「伝説の刑事」と噂されているが、過去のある事件のトラウマでパニック発作を起こすことも。ある事件とは、同棲していた彼女(池脇千鶴)が自宅で殺害されたことだ。軽薄を装いつつも、実は心に深い傷を抱えていて、女性に一途でもあった。
ちょうど世の中が、不倫や浮気に手厳しくなり始めた時代でもある。浮気は「男の甲斐性」だの「芸の肥やし」だのと言われてきた歴史に、女性たちは一斉にNOをたたきつけた。男らしさとは「一途さ」であり、「人の痛みがわかること」とも要約できる。トラウマを抱えた男に惹かれる、そんな空気が確かにあった。
内野の魅力全開「スローな武士」
インテリ・エリート・堅気から、破天荒・型破り・変人へ。女性が求める男らしさの移り変わりをまさに体現してきた内野。その後、「男気ダダ漏れ、圧強め」は急速に浸透して、起用がパターン化されていく。
TBSの日曜劇場がまさにその典型で、「JIN」の坂本龍馬役、「とんび」の父親役など、熱い・厚い・暑い男だった。「ブラックペアン」は逆に冷徹な医師役で、外連味たっぷりにドラマ全体の重厚感の底上げに貢献したけれど。
このまま、圧強めでいくのか。個人的には、トラウマや悲劇を抱えてもだえ苦しむ内野も観ていたいし、できれば女に虐げられる内野も観てみたい。そんな願望を抱いていたときに、内野のポテンシャルと魅力を全開にする作品が放送された。「スローな武士にしてくれ〜京都撮影所ラプソディー〜」(NHKBSプレミアム)である。
京都撮影所が舞台。殺陣の技術には才能と定評があるが、セリフがうまく言えないという致命傷を抱え、うだつのあがらない大部屋俳優役だった。妻・水野美紀の尻に敷かれ、友人・中村獅童に檄を飛ばされ、最後は無事に主役を演じ切る。自己主張が弱く、控えめな性格で本番にも弱い。
そんな役を演じた内野は、矛盾するようだが、実に男らしかった。メンタルが絹豆腐くらいヤワでも、妻への敬意と感謝を忘れない。そこ、重要。刀さばきの美しさ、アクションのキレ、ほれぼれする筋肉美だけでも充分に男らしいし、ムッキムキの俺様メンタルは不要と証明した作品でもある。
「男らしさ」を定義しなくてもいい
さらに意表を突いたのが、冒頭で触れた「きのう何食べた?」の内野だった。
ゲイカップルの日常茶飯事を丁寧に描く作品の中でゲイを演じる内野さんが話題に(写真:©「きのう何食べた?」製作委員会)
しゃべり方から食べ方、身のこなし、頭のてっぺんからつま先まで実にたおやか。フェミニンなのに男らしい。倹約家の西島に甘えたり、元カノに嫉妬したりと大忙しのかしましさ。
その一方で、意固地な西島を包み込むおおらかさ。素直に「おいしい、うれしい、楽しい、大好き」を表現するかわいらしさ。もう何が「男らしい」のか、何が「女らしい」のか、定義がわからなくなった。定義するのもばかばかしくなった。
女性が求める男らしさとは、日常を共にして、さりげなく相手を思いやる力。とどのつまり、人間力という段階まできてしまった。
内野が演じてきた男は、実に時代を反映していると改めて思う。女性のニーズに応えてきた部分もあるし、もしかしたら男性も肩の力が抜けて、気持ちが楽になるのではないか。「男は強くなくていいのだ」と。