ロンドンに本拠がある家族向け富裕層クラブ「マギーアンドローズ」。子どもがゆっくり遊べるスペースもあるので、大人もくつろげる(筆者撮影)

ファイナンシャルプランナーの花輪陽子です。2018年版の「アジアパシフィック・ウェルス・レポート(Asia-Pacific Wealth Report)」によると、アジア太平洋地域は2017年に世界の個人富裕層の40%以上を生み出していて、その資産は2025年までに42兆ドルを超えると予想されています。

こうした背景から、シンガポールでは個人富裕層向けの金融サービスやVIPサービスに力が注がれています。先日、私はシンガポール国内で行われたヨットショーに見学で出席したのですが、一般客とは別にVIPのブースに案内され、別待遇でした。スポーツの試合会場などでもVIPサービスがあるのは今や世界の常識です。

日本でもこれからVIPサービスは増えていくでしょう。しかし、VIPをどのようにもてなすか、その具体的なサービスの内容を知らなければ、グローバルスタンダードのサービスは提供できません。今回は私が経験したシンガポールの個人富裕層向けのVIPサービスをご紹介します。

VIPルームを3万円のスニーカーで歩き回る子どもたち

シンガポールには「アメリカンクラブ」や「タングリンクラブ」「ラッフルズタウンクラブ」「タワークラブ」といった富裕層向けのメンバーシップ(会員制クラブ)が数多くあります。

最近では、ロンドンに本拠がある「マギーアンドローズ」もオープンしました。富裕層の家族も会員になるファミリーメンバーシップのクラブです。さっそく見学に行ってきたのですが、最低3万円はするブランド物のスニーカーを履いている子どもたちも結構いました。クラブは富裕層のおもてなしに慣れているホテルチェーンやアパレルを営む企業が運営しているのでセンスがよく、細部まで完璧なサービスでした。

例えば、タイミングよく入場制限をして混み合わないようにしたり、ホテルのウェルカムドリンクのようなおいしいドリンクを出してくれたり、子どもを教室で預かってくれたりします。

その間に大人はレストランのようなおいしい食事を楽しんだりできるなど、至れり尽くせりです。室内の遊び場にも加湿器が備え付けられ、ウェットティッシュもオーガニック製! 本当に、細部までこだわり抜かれています。朝から夕方まで滞在でき、ホテルのようなおもてなしなので、子連れでもまったくストレスを感じさせないのです。

出入り口には運営企業の子ども向けのおもちゃや洋服が飾ってある(デンマークから取り寄せたという木馬のようなおもちゃは約2万円)ので、そこを通るたびに商品を見せられるという、サブリミナル効果もあるようでした。日本に帰るとホテルのレストランでも子連れだと気を使うのですが、こうした場所があると自然とお金を落としてしまいそうです。

ステータスもネットワークもお金で買える

こうした富裕層メンバーシップは一般に登録料と月会費あるいは年会費からなり、食事などの飲食をすると、カード払いや口座引き落としなどで別途支払います。会員になるメリットとしては、レストラン(一般の飲食店よりも値段に対する価値が高い場合も多い)やスポーツ施設などの設備やプログラムが受けられる、などです。

メンバーシップを持っている友達についていけば、一般の非会員も施設を利用することができます。またほかの国でも展開をしているメンバーシップは、旅行でその国を訪れた際に利用できる場合があります。私もシンガポールでメンバーになって、香港で系列施設を利用したことがあります。

施設のイベントなどで会員同士が交流できるメリットもあります。富裕層や著名人も訪れるクラブもあり、私は顔見知りになって親しくなることができ、一緒に仕事をする機会にも恵まれました。つまり、お金である程度のステータスやネットワークを買うこともできるのです。

メンバーシップは中古市場で売りに出される場合もあります。それほど人気のないメンバーシップの売却価格はどんどん落ちていくものの、伝統的で格式の高いメンバーシップは高額です。また、資格を得るためにウェイティングになることもあります。

このようなメンバーシップは、日本人にはあまりなじみがないかもしれません。日本では東京アメリカンクラブ、横浜カントリークラブ、神戸倶楽部など限られているからです。

運営側からすれば、単体でのレストラン経営と違って固定収入が入るというメリットもあります。また、類は友を呼ぶということわざもあるように、顧客からの紹介を得られやすい仕組みになっているので、新たな個人富裕層を顧客獲得する方法としても効率的なのです。

世界の富裕層から辛口評価を受ける日本の金融機関

日本で、こうした最上級のサービスが足りない業種が金融だと思います。シンガポールでは、金融機関も顧客の預金額に応じて、提供するサービスの「質」を変えています。金融機関自体が「リテールバンク」「プレミアムバンク」「プライベートバンク」などと分かれていて、またサービスも「エコノミークラス」「ビジネスクラス」「ファーストクラス」のように分かれ、それぞれ質が異なります。

プレミアムバンクではラウンジが利用でき、待ち時間にコーヒーやお菓子のサービスを受けることもできます。金融機関に用もないのに利用している人も少なくありません。シンガポールでは、ローカルバンクでもキャッシュカードを世界中で利用できるようにしたり、複数の通貨を入れることができるマルチマネー口座にしたりすることもできます。為替両替手数料も日本の銀行と比較すると圧倒的に優位性があります。

プライベートバンクでは、経験豊富な担当者がつき、資産運用のサービスを受けることができます。日本やシンガポールのリテールバンクによくありがちな回転売買を促すような取引ではなく、バンカーは顧客の資産を増やしたり、家族の繁栄を目指したりするお手伝いをします。


手数料は「カストディー・フィー」という保護預りの料金と「トランザクション・フィー」という売買手数料から成ります。運用をせずに預金だけしておくと、預金金利や保護預かりフィーによってはマイナス金利になることもありうるのです。ただし、外国債券などで運用をしていれば、通常はプラスになります。

日本の銀行は、どこもほぼ同じサービスを提供していますが、収益構造から変えていかないと差別化できないのかもしれません。日本では銀行のリストラをめぐる記事が目立ちますが、逆にシンガポールの多くの金融機関はプライベートバンカーの数を増やしています。

比較の仕方はいろいろあるかもしれませんが、ジム・ロジャース氏のようなシンガポールに暮らす富裕層の多くも「日本の金融機関は外国人に対し口座開設の基準などが厳しい」と辛口評価をしています。

為替手数料の高さ、海外送金のややこしさなども、グローバル基準のサービスだとは言いがたいです。一度、シンガポールのプレミアムバンクなどのサービスを体感すると、元に戻ることはできないと思わされます。つまり、日本は潜在能力がありながらもサービスが追いついていないので、富裕層を取りこぼしていると言えるのです。

富裕層サービスを学ぶには、会員制クラブやプライベートバンクから学ぶしかないと、私は会費などの身銭を切り自分で体感して、世界中の人々が利用するグローバルスタンダードなおもてなしを学ぶようにしています。これから富裕層向けのサービスを行うことを考えているのなら、一度海外に出て、そのサービスを学ぶのも手だと思います。