何とも、悲しい勝利だった。

 2018年11月24日、窮地に追い込まれた柏レイソルは、敵地でセレッソ大阪に3-0と快勝を収めている。しかし、残留を争う他のライバルチームも勝ち点を積み重ねたため、1試合を残してJ2降格が決定した。


5シーズンぶりに柏レイソルを率いることになったネルシーニョ監督

 前年に4位と躍進し、優勝候補にも挙げられながら、2018シーズンは序盤からまさかの低迷を強いられた。ACLとの二足のわらじをうまく履きこなせず、二度の監督交代も特効薬とはならなかった。多くのタイトルを獲得してきた名門はついに力尽き、三度目のJ2降格の憂き目にあった。

「自分たちが望んだシーズンではなかったし、ACLもあったなかで、サポーターの期待に応えることができなかった。それは、自分たちの責任です。

 結果に対しては悔いが残るし、監督の交代があったなかで、選手、スタッフ、会社の人を含めて、ひとつになって戦えなかった。足りないものがチームとして多々あった結果だったと思います」

 大谷秀和は真摯な態度で、無礼なこちらの質問に答えてくれた。柏の選手たちはすでに気持ちを新たに、鹿児島の地で新シーズンに向けての準備を進めていた。悪夢のような昨季を振り返るのは、避けたいことだったかもしれない。

 しかし、クラブの浮き沈みを経験してきた在籍17年目の生え抜きのボランチは、「昨季のことは今年に生かさないといけない。また強いチームに戻るために、やらなければいけないことはたくさんある」と、J2で迎える新たなシーズンに強い覚悟を示した。

 柏にとっての大きな変化は、J1からJ2に舞台が変わることだけではない。クラブに初タイトルをもたらした名将が、今季より再び指揮を執ることになったのだ。

 Jリーグ黎明期にヴェルディ川崎(現・東京ヴェルディ)の黄金時代を支えたブラジル人指揮官は、2003年から3シーズン率いた名古屋グランパス時代には目立った成績を残せなかった。

 その後、2009年途中に柏の監督に就任すると、その年こそ低迷するチームを立て直せずにJ2に降格したが、翌2010年にはJ2を圧倒的な強さで制覇。2011年に復帰したJ1では「昇格即優勝」という快挙を成し遂げている。

 さらに2012年には天皇杯、2013年にはリーグカップのタイトルをもたらした。白髪の名伯楽――ネルシーニョ監督は、まさに柏のクラブの歴史を築き上げた人物であるといっても過言ではない。

 そんな名将の復帰を、選手たちはどのように受け止めているのか。

「持っている雰囲気は当時のままですね。あれから何年も経っているし、監督も去年、ブラジルで監督を辞めてからいろんなサッカーを見たと言っていたので、当時とまったく同じというわけではないですけど、練習の緊張感だったり、常に実戦を想定してのトレーニングだったりというのは、ここ数年チームになかったこと」

 今では数少ない優勝メンバーとなった大谷は、久しぶりに味わうピリピリとした雰囲気に刺激を受けているようだった。

 昨年末より柏のGMを務める布部陽功氏も、チームの変化を感じているひとりだ。

「グレーな部分がなくなってきたかなと思います。いいものはいい。よくないものはよくない。白黒はっきりしているのがネルシーニョ監督のいいところ。メンバー構成も、調子のいい選手を使う、コンディションのいい選手を使う。その優先順位がはっきりしているので、選手もわかりやすいし、競争原理が生まれやすいのかなと思います」

 布部GMは、現役時代にV川崎でネルシーニョ監督に師事し、引退後には柏でコーチとして支えた。そして今回は、GMと監督の関係性となった。さまざまな立場からネルシーニョ監督に接してきた布部GMは、指揮官の最大の特長を「決断力」とはっきりと言い切る。

「そこに尽きると思いますね。チームの事情や選手の事情、いろんな状況があるなかで、チームが勝つために何をすべきか、その優先順位を躊躇なく決断できるんです。

 僕も京都で監督をやったことがあるんですけど、決断するのは簡単ではない。シーズンが始まれば、考える時間も限られてくる。状況に応じて毎回決断していくことは、本当に難しい仕事ですから」

 布部GMは、今オフの補強策についても、ネルシーニョ監督と密にコミュニケーションを取りながら進めてきたという。

 柏には若く、才能あるタレントが多数揃うが、J2に降格したことによって他チームからの草刈り場となる可能性もあった。実際に日本代表に名を連ねる伊東純也(ゲンク)をはじめ、中山雄太(ズヴォレ)、鈴木大輔(浦和レッズ)らがチームを離れている。

 一方で、浦和レッズから菊池大介、ヴィッセル神戸から高橋峻希、京都サンガから染谷悠太と実績のあるタレントを迎え入れた。ふたりのブラジル人の存在も、小さくない上積みだ。

「抜かれる可能性を考慮しながら、そのポジションにJ1、ACL経験のある選手をできるだけ取ろうと話し合いました。あとは、千葉県にゆかりのある選手、もちろん年齢のバランスも考慮しました。ほぼ毎日のように監督と話をしながら、現場の考えを反映した補強ができたという自負はあります」

 布部GMは、あくまで現場ファーストでチーム作りを進めていることを強調した。

 大谷が言うように、チームが一枚岩になれなかったのが降格の原因のひとつだったとすれば、今季は現場とフロントが一体となって、理想的なチーム作りができているということだ。

 もちろん、ネルシーニョ監督の過去の実績がそのまま、今季の結果につながるかは未知数の部分が多い。戦力的には抜きん出ているとはいえ、J2での戦いは一筋縄ではいかないだろう。

「監督も言っていたけど、他のチームは何とか(上位を)食ってやろうという高いモチベーションで僕たちに挑んでくると思います。去年もJ2に落ちたチームが上がれなかったように、J2のレベルも上がってきている。僕だけでなく、全員が難しいシーズンになるという覚悟を持っています」

 大谷は、再び危機感をあらわにした。そして、こう続けている。

「それでも僕たちは、1年で上がらないといけない。チーム内で競争しながらレベルを高め、試合では結束してひとつひとつ戦っていくだけ。甘くはないですけど、1年で自分たちがいたJ1の舞台に戻ることがすべて。そのために、まずはいいスタートが切れるように、いい準備をするだけです」

 開幕戦の相手は、レノファ山口FC。攻撃スタイルを売りとするダークホースである。その戦いが、今季の行方を占う試金石となるだろう。強豪の礎(いしずえ)を築いた名将のもとでリスタートを切る柏は、再び栄光の日々を取り戻すことができるだろうか。