桁外れにつまらない「私の履歴書」の凄み
■1カ月の連載でその人のセンスを知ることができる
日本経済新聞文化面の連載読み物「私の履歴書」を習慣的に読んでいる人は多い。僕もその一人だ。大きな事を成した人々が自らの仕事と人生を振り返る。一人で1カ月連載が続くのがいい。その波乱万丈の人生をゆっくりじっくりと追体験できる。
経営者が登場することも少なくない。学者という仕事柄、経営者の自伝が勉強になるということもあるのだが、僕が「私の履歴書」を読む動機は、それ以上に功成り名を遂げた人々の「センス」を知ることにある。
その人のセンスはスキルを超えたところにある。あれができる、これができる、といっているうちはまだまだ。本当のプロとは言えない。余人をもって代えがたい。ここまでいってはじめてプロといえる。そうした人々は例外なくその人に固有のセンスを持っている。長きにわたる仕事生活の積み重ねの中で練り上げられてきた「スタイル」といってもよい。
スキルが「どれだけできるのか」という程度問題であるのに対して、センスやスタイルは「あるか、ないか」。ある人にはあるけれどない人にはない、としか言いようがないものだ。しかも、センスは千差万別。特定分野のスキルを持っている人は、みな同じように「できる」が、センスの中身は人によって大きく異なる。スタイルとはその人をその人たらしめているものの正体であり、これこそがプロの仕事の絶対にして最後の拠り所となる。
■アーティストのほうが経営者よりもむしろ面白い
こうした僕の興味関心からして、広義のアーティスト(芸術家、作家、俳優、学者など)の「私の履歴書」のほうが経営者よりもむしろ面白い。何らかの「芸」でその道を切り拓いてきた人々なだけに、センスにもコクがある。
例えば横尾忠則氏。ご本人の紆余曲折ももちろん読ませるのだが、それ以上に横尾氏が出会った人々の描写が抜群に面白い。スタイルのある人は他者のスタイルについても感度が高い。とりわけサルバドール・ダリとその夫人のガラとの邂逅のエピソードには痺れた。
この一心同体にして特異なカップル(ダリには存命中に「私の履歴書」に登場してほしかった)は「センスとは何か」を考えるうえでまたとない素材を提供してくれる。僕もこれまでダリについていろいろな本を読んでみたが、横尾氏による短い回想ほどダリ&ガラの本質を浮き彫りにした文章を他に知らない。連載されたのはずいぶん昔(1995年)だが、今でも細部まで覚えている。
■ビジネスなら面白いのは何といっても創業経営者
同じ分野で活躍した人のコントラストも面白い。野依良治氏と益川敏英氏。いずれもノーベル賞を受賞した偉大な科学者だが、野依先生が研究成果に向けて邁進し、強烈なリーダーシップを発揮するのに対して、益川先生は初期の大きな業績を成した後、研究に対するモティベーションが下がり、趣味のオーディオに走ったりする。こういうところが面白い。
ビジネスの分野でいえば、面白いのは何といっても創業経営者だ。最近の「私の履歴書」でいえば、高田明氏(ジャパネットたかた創業者)と横川竟氏(すかいらーく創業者)の回を面白く読んだ。いずれも強烈なスタイルの持ち主。その独自のセンスの上に商売が開花する。経営が何よりも経営者の自由な意思にかかっているということをまざまざと教えてくれた。
ここからが本題である。僕の長い「私の履歴書」歴の中でも、「事件」というべき連載に遭遇した。これを書いている時点で連載中の石原邦夫氏(東京海上日動火災元社長)の「私の履歴書」だ。
■他の経営者と比べても、つまらなさの次元が違う
創業経営者と比べると、大企業の経営者による「私の履歴書」はいったいに面白くない。とくに金融系はつまらない。それにしても、石原氏の連載には刮目させられた。底抜けにつまらないのである。他の大企業経営者と比べても、つまらなさの次元が違う。それがたまらなく面白い。
読んでいない方のために内容をかいつまんで紹介する(ある意味で読みどころ満載なので、要約するのが心苦しい。ぜひ原文に当たることをお薦めする)。日比谷高校から東京大学法学部に進学。東京海上に就職する。新人時代の使い走り時代を経て、商品開発部門に配属。専門書で勉強し、世の中の変化に合わせて保険商品をつくる楽しさを知る。仕事が終わると先輩と2時3時まで飲み歩く日々。しかし、非常事態に対応するのが損害保険会社。翌日の仕事に差し障るのはプロとしてよろしくないと、日付が変わるまでに酒席を終えるようになる。
顧客対応の難しさ。人が行きかう駅で土下座をすることもある。代理店から出禁をくらっても、粘り強く何度も足を運び、ようやく納得してもらう。丁寧に意図を説明して誤解を解き、信頼を勝ち得るために努力を惜しまないことが大切と知る。
部下と上司の板挟みに苦しんだ課長時代。ストレスで十二指腸潰瘍を患う。職場の雰囲気がギスギスしていて、3人の女性社員が辞めたいと言い出す。ムードを和らげることに努めた結果、「まだ続けます」といってもらったときの嬉しさ。
■ヤマはない。オチもない。波乱も万丈もない。
畑違いのシステム部門に異動に。勤務先は国立市のコンピューター・センター。初対面の人ばかり。打ち解けるために週末を除いて56日間連続で部下と飲み、本店からの無理難題で疲弊しているシステム部門の現場の悩みを知る。本店との風通りをよくしようと努力を重ねる。ときには丸の内OLになりたくて入社した女子社員が国立に行くのがイヤだと駄々をこねることもある。本店まで自ら迎えに行って、国立勤務を受け入れてもらう。
取締役に昇進し北海道本部長に。当時、取引先の拓銀は破綻の危機。正月、拓銀の守り神の神社にお参りし、「拓銀さん、今年もどうか頑張ってください」と祈る。支援に奔走するが、拓銀はあえなく破綻。「いろいろご支援いただきましたが、こういう結果になりました。本当に申し訳ありません」という副頭取にかける言葉もなかった――。
こういう調子で、淡々とした仕事生活の回想が延々と続く。ヤマはない。オチもない。波乱も万丈もない。強いて言えば、連載17日目(これを書いている時点で最新の回)の次期社長を打診されたときの話がヤマといえばヤマだ。
前社長に「後任は君だ」と言われ、予想もしなかった話に呆然とする。「考えさせてください」とだけ答え、帰宅してから仏壇の両親に「大変なことになりました」と語りかける。それをひそかに見ていた夫人(またこの奥さまが石原氏にお似合いの「古風でしっかりした」女性。女子大を出たばかりのときに高校時代の美術の先生の紹介でお見合い結婚。内助の功をいかんなく発揮。もちろん美人)が「お受けしたら……」。で、受けることにした――と、これだけなのである。
■桁違いのつまらなさに、経営者としての凄みを感じた
経営者の「私の履歴書」にお決まりの「のるかそるかの大勝負」とか「修羅場での決断」がまるでない。目の前の仕事に誠実かつ真摯に向き合う。こつこつと着実に小さな成果を積み重ねていく。「週末を除いて56日間連続で部下と飲む」ということは、ちゃんと日数を数えていたわけで、この辺真面目としか言いようがない。
大企業の経営者が書き手の場合、月の半ばから後半に入るころに、「次期社長は君だ」のエピソードが出てくるのがお決まりのパターンとなっている。社長のポストを打診されて「青天の霹靂だった」とか「思ってもみないことであった」というのがこれまたお約束なのだが、読んでいる僕にしてみれば「よく言うよ。絶対自分が次の社長になる、それだけ考えてやってきたんじゃないの……」と思わせる人が多い。ところが、石原氏の場合、本当に「予想もしなかった話に呆然」としたのではないかという気がする。それだけ筆致が率直なのだ。
はじめは単に「面白くないなあ……」と流し読みしていたのだが、そのうちぐいぐいと引き込まれ、連載10日目を過ぎたころからは襟を正して読むようになった。その桁違いのつまらなさに、むしろ保険会社の経営者としての凄みを感じたからだ。
■石原氏の社長在任中に株価は2.5倍に
昨今の論調では、優れた経営者とかリーダーというと、「創造的破壊」とか「革新」とか「挑戦」とか「破天荒」とか「大胆にリスクを取って……」とか、その手のギラギラした言葉がついて回る。確かにイーロン・マスク氏の書く「私の履歴書」は波乱万丈、修羅場の連続、ジェットコースターのような展開で面白いに違いない。しかし、そればかりが経営者ではない。
要するに、「種目が違う」のである。面白く読ませるような波瀾万丈の人生、マスク氏に代表される特異な個性全開の起業家タイプの人だったとしたらどうか。規制ガチガチ、ルール堅牢な損害保険の業界で、伝統ある大会社をうまく経営できるわけがない。石原氏のように、淡々と誠実、真摯かつ真面目、周囲に配慮をしつつ、調和を重んじながらひとつひとつの仕事にきちんと向き合える人だからこそ、社長を託され、大任を果たせたのである。
経営は詰まるところ実績だ。ひとつの指標に過ぎないが、石原氏が社長を務めていた期間に、東京海上ホールディングス(旧ミレアホールディングス)の株価はおよそ2.5倍に伸びている。毎朝コーヒーを飲みながら「私の履歴書」を読んでいる外野席の僕にとって面白かろうが面白くなかろうが、そんなことはどうでもいい話だ。
■つまらなさの背後に、一貫して流れる美学を感じる
連載が始まったころ、そのつまらなさに驚いて、これはメモしておかなければと、ツイッターに「桁外れにつまらない」と書いた。すると、東京海上の社員や石原氏を知る方々から、「実際はとても面白い人」「肝の据わった、豪快な人」「人情味のある無私の人」というコメントが即座に寄せられた。もちろん僕は石原氏と面識がないが(あったらこんな失礼な文章は書けない)、実際にそういう人なのだと推測する。
これまた推測だが、実際にヤマ場や修羅場を踏んできたとしても、石原氏のような人物はそういうことをこれみよがしに自伝に書かないのだろう。あくまでも淡々とした筆致であっさりと流す。そう考えて読むと、石原氏の文章は実に味わい深い。つまらなさの背後に、一貫して流れる美学を感じる。行間から強烈な矜持が伝わってくる。確固としたスタイルがある。
繰り返すが、この文章を書いている時点では、石原氏の「私の履歴書」は連載の途中。まだ社長になったばかりで、東京海上日動火災という会社も発足していない。もしかしたら、ここから急転直下、ハラハラドキドキ、波乱万丈、ヤマ場の連続という展開になる可能性もないではない。しかし、おそらくそうはならないだろう。僕はもはや石原氏に全幅の信頼を置いている。
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一橋ビジネススクール 教授
1964年東京都生まれ。92年一橋大学大学院商学研究科博士課程修了。一橋大学商学部助教授・同イノベーション研究センター助教授などを経て、2010年より現職。専攻は競争戦略とイノベーション。著書に、『ストーリーとしての競争戦略』『「好き嫌い」と経営』『「好き嫌い」と才能』(東洋経済新報社)、『好きなようにしてください』(ダイヤモンド社)、『経営センスの論理』(新潮新書)、『戦略読書日記』(プレジデント社)などがある。
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(一橋ビジネススクール 教授 楠木 建 写真=時事通信フォト)