日本の鉄道路線を走る旅客列車は現在、ほぼ全て電車かディーゼルカー。機関車が客車を引っ張るタイプの列車はごくわずかになりました。一方で貨物列車はいまでも機関車が貨車を引っ張っています。なぜ旅客列車は機関車けん引方式が衰退して電車やディーゼルカーになったのでしょうか。

旅客列車の多くは電車やディーゼルカー

 煙を吐きながら走る、昔懐かしい蒸気機関車。通常の列車では使われなくなりましたが、産業遺産としての価値があることや蒸気機関車自体が観光資源になったこともあり、全国各地でSL列車が走っています。


SL列車は動力のない客車を蒸気機関車がけん引して走る。写真は秩父鉄道のSL列車「パレオエクスプレス」(2002年4月、草町義和撮影)。

 SL列車は蒸気機関という動力装置を搭載した蒸気機関車が、動力のない旅客車(客車)を引っ張って走ります。それなら、電気機関車やディーゼル機関車が客車を引っ張る旅客列車があってもおかしくないはず。実際、過去にはそのような旅客列車が多数運行されていました。

 しかし、いまの旅客列車は旅客車自体にモーターやエンジンを搭載した車両(電車やディーゼルカー)を使って運転されています。機関車が引っ張る国内の旅客列車は、毎日運行されているものとしては大井川鐵道井川線(静岡県)を走る列車だけ。JR線ではSL列車などの臨時列車を除き、ほとんど運転されていません。

 旅客列車はなぜ、機関車が引っ張るタイプが減って電車やディーゼルカーばかりになったのでしょうか。理由はさまざまですが、おもなものとしては3点挙げられます。

 ひとつ目は「重い」こと。機関車はたくさんの車両を引っ張らなければならないため、強力なパワーを持ったモーターやエンジンを搭載しなければなりません。強力なモーターやエンジンは重くなりがちで、それを搭載する機関車もかなり重くなります。

 JR線を走る最新式の車両の場合、モーターを搭載した通勤電車は1両につき30t台が一般的。これに対して電気機関車は100tを超えるものもあります。

「重い車両」で増える負担

 重い車両を走らせると線路に負担がかかります。線路は頑丈な構造にしなければならず、建設費や修繕費もかさみます。これに対して電車やディーゼルカーは、編成中の複数の車両にたくさんのモーターやエンジンを分散して搭載することが可能。ひとつひとつの動力装置を軽くすることができ、線路への負担を抑えられます。


現在の旅客列車は編成中の複数の車両に分散して動力装置を搭載した電車やディーゼルカーを使うことがほとんどだ(2003年11月、草町義和撮影)。

 ふたつ目のキーワードは「少ない」。機関車が引っ張る列車は、動力を伝える車輪(動輪)も機関車にしかありません。一方で電車やディーゼルカーは、編成中の複数の車両に動力装置を搭載。動輪の数も多くなります。

 動輪が少ないと高速運転が難しいだけでなく、列車を始動させてから一定の速度に到達したり、一定の速度から停止させるまでの距離や時間も長くなります。逆に動輪が多いと高速運転しやすく、加速と減速にかかる距離や時間も短くできるのです。

 とくに大都市の鉄道路線を走る通勤列車の場合、短い距離で各駅に停車する必要があるため、スピードを小まめに上げたり落としたりしなければなりません。そのため、加速性能や減速性能に優れた電車やディーゼルカーの方が使いやすいのです。ほかにも、動輪が少ないと高速運転しにくく、きつい勾配を走るのも難しいといった問題があります。

 3点目は運用が「面倒」なこと。列車が終着駅に着いて折り返す場合、機関車を客車編成の先頭から後方(折り返し時の先頭)に付け替えなければなりません。機関車を付け替える手間と時間がかかります。電車やディーゼルカーは編成の両端に運転台を設けていることが多いため、運転士が運転台を移動するだけで折り返すことができます。

 こうした事情から、日本の旅客列車は電車やディーゼルカーばかりになりました。その一方、貨物列車はいまでも機関車が貨車を引っ張るタイプが中心です。貨物列車の場合、機関車けん引方式のメリットを生かすことができるためです。

機関車けん引が最適な貨物の事情

 ひとつ目のメリットは、路線の仕様に応じた動力で直通運転できることです。たとえば電化区間から非電化区間に直通する場合、先頭の機関車を電気機関車からディーゼル機関車に交換するだけで走れます。電車だと非電化区間に直通できません。ディーゼルカーなら直通できますが、電化区間を走るときも電気を供給する施設を使わないため、せっかく整備した施設が無駄になってしまいます。


かつての寝台特急「北斗星」。電化区間は電気機関車(右)、非電化区間はディーゼル機関車(左)に交換して上野〜札幌間を直通していた(2003年5月、草町義和撮影)。

 貨物は「自分の意思」で列車を乗り換えることがないため、直通運転の必要性は旅客列車より高いといえます。そのため、貨物列車は電車やディーゼルカーより機関車けん引方式の方が運転しやすいのです。

 ふたつ目は「条件付き」で車両のコストが安いこと。機関車はともかく、客車や貨車は動力装置が付いていませんから、編成に組み込まれる車両の数が増えれば増えるほど、電車やディーゼルカーより安く製造できます。貨物列車は長い編成を組んで一度に大量の貨物を運ぶことが多いため、このメリットが生きてくるのです。このほか、動力装置が機関車にしかないため、その点検や修繕にかかる手間も減らせます。

 もちろん、機関車けん引の貨物列車は電車やディーゼルカーに比べて速度が遅くなりやすいといったデメリットもあります。ただ、貨物列車を利用する人や企業(荷主)の多くは、旅客列車ほどには所要時間を気にしていないこともあり、速度がある程度遅くても問題になりません。こうしたことも、貨物列車が機関車けん引方式を採用している理由のひとつになっているといえます。

 ちなみに、JR貨物が東京貨物ターミナル駅から安治川口駅(大阪市此花区)まで運転している貨物列車のなかには、機関車方式ではなく電車方式のものもあります。東京〜大阪間は国内でもとくに交通需要が大きく、トラック輸送との競争も激しいため、高速運転できる電車を導入したといえるでしょう。

【写真】日本唯一! 大井川鐵道の客車列車


機関車けん引の旅客列車が毎日運行されているのは大井川鐵道が運営する井川線だけになった。同社は大井川本線でもSL列車をほぼ毎日運行している(2014年7月、草町義和撮影)。