アクアとノート(写真:日産自動車ニュースルーム、トヨタグローバルニュースルーム)

「ノート e-POWER」に追加された4WD仕様

日産自動車がこの夏、コンパクトカー「ノート」に戦略グレードを投入した。ガソリンエンジンで発電してモーターで駆動する「ノート e-POWER」に追加された4WD仕様だ。7月5日に発売した。モーターアシスト方式の4WDを組み合わせた新開発のシステムを採用しており、全輪モーター駆動によって積雪や凍結路面などの走行安定性を高めている。


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現行ノートは2012年7月にデビュー。ノートe-POWERは2016年11月に追加された。新しいメカニズムを使ったe-POWERをベースにするとはいえ、4WDを設定するのは今さらな気もするうえ、大したトピックでもないと思うかもしれないが、実は大きな意味がある。狙いは今年の暦年ベースにおける「登録車販売年間ナンバーワン」の奪取に向けた足固めだ。

ノートは軽自動車を除く登録車で今年上半期(1〜6月)に最も売れた車である。

日本自動車販売協会連合会(自販連)によれば、ノートは今年上半期に前期比12%減ながら7万3380台を売り、乗用車ブランド通称名別新車販売ランキングで1位に輝いた。2位はトヨタ自動車アクア」が6万6144台、3位には同じくトヨタの「プリウス」が6万4019台で続いた。


振り返れば昨年(2017年暦年)はプリウスが16万0912台で2年連続の1位。ノートは13万8905台で2位に甘んじた。デザイン面の不評、競合激化などの理由から失速していた王者プリウスに迫っていたノートだったが、昨秋発覚した日産の完成検査不正問題の影響で1カ月近く生産・出荷が止まったことは痛かった。

そして今年上半期の1位。日産にとってこれは1970年上半期の「サニー」以来、48年ぶりの快挙だった。日産は年度(4〜3月)ベースでは1968年度に「ブルーバード」でトップを飾ったことがあるが、暦年ベースは過去に例がない。この折り返しなら悲願ともいえ、歴史に残る暦年1位の座も難しくないように見えるが、そう甘くもない。トヨタのコンパクトハイブリッド車であるアクアが、ここへ来て猛追してきているからだ。

アクアは今年4月に一部改良を施し、特別仕様車も新たに設定。これを受けて自販連の乗用車ブランド通称名別新車販売ランキングで、今年4〜7月は単独トップに立った。現行ノートよりもさらに古い2011年末のデビューながら、カローラ店、ネッツ店、トヨタ店、トヨペット店といったレクサス店を除くトヨタ国内4系列すべての併売車種として、5000店ともいわれるネットワークを駆使して売っている。目新しさは薄れ、モデル末期ながらも、国内販売店が2000拠点程度とされる日産にとっては脅威だ。

ここ30年で見ると、トヨタの登録車年間販売台数ナンバーワンに土をつけたのは、2002年と2008年のホンダ「フィット」のみ。日産にとっての悲願とはいっても、トヨタにも王者の意地があるのだろう。

そんな局面で追加されたノートe-POWERの4WD。これは年末にかけて確実に一定程度の台数が見込めるグレードである。売れるのは北海道や東北などの積雪の多い地域が中心となる。

雪が降りしきる、積もる中、あるいは凍結した路面においては、スタッドレスタイヤやタイヤチェーンを装着するのはもちろん、4輪すべてが駆動する4WDが相対的に安心だ。

アクアには4WDが設定されていない

一方、アクアには4WD車が今のところは設定されていない。ノートe-POWERも2016年11月の投入以来、ノートの躍進を支える主力グレードながら4WDは設定されていなかった。e-POWERもハイブリッド車の一種ということを鑑みると、トヨタ、日産、ホンダのコンパクトハイブリッド車で4WDが設定されているのは、ホンダ「フィット」だけだ。

アクアもノートe-POWERもフィットハイブリッドも基本はフロントにエンジンを置き、前輪が駆動するFF(フロントエンジン・フロントドライブ)車だ。FF車は同じくフロントにエンジンを置き、後輪が駆動するFR(フロントエンジン・リアドライブ)車よりも、雪道や凍結路面での安定性はあるが、4WDにはかなわない。

ここへ来てのノートe-POWERの4WD追加は、雪国において「ノートe-POWERは欲しいけど、FFだと不安だな」と思っていた日産ファンを取り込める、あるいはアクアと迷うユーザーにも訴求できる。

国内外で大ヒットした先代(3代目)プリウスを振り返ると、唯一ともいえる弱点が4WDの設定がなかったことである。

北海道のとあるトヨタディーラーを取材で訪れたときに営業マンに話を聞いたことがある。
「『北海道とはいえ何がなんでも4WD』というユーザーばかりではありません。ある程度規模の大きい街では除雪も行き届いているので、市内など日常生活圏内移動がメインならば、軽自動車を中心に2WDも意外なほど乗っている人はいます」。

ただ、都市間移動など、冬季でも郊外を長距離走行する機会が多い人には、「2WDしかない3代目プリウスを積極的に勧めることはできませんでした。むしろ北海道地区よりも、本州の降雪地域のドライバーのほうが、4WDへの強いこだわりがある」という話も聞けた。

仮にハイブリッドなどのエコカーに興味があり、ノートe-POWERとアクアの購入を比較検討する降雪地域のドライバーにとっては、4WDの設定があるノートe-POWERが魅力に映るに違いない。

4WDの設定は個人ユーザーに拡販できるだけではない。大きいのはレンタカーやカーシェアリングなど向けのフリート(法人向け)販売だ。降雪地域の冬季のレンタカーの主役は4WD。FFしかないアクアに対し、4WDもあるノートe-POWERなら降雪地域でも通年でレンタカーとして稼働させられるので有利となる。

いまは北海道あたりでは、訪日外国人もレンタカーを借りて思い思いの場所へ観光に出かけることが多いと聞く。また東南アジアなど雪の降らない地域からの訪日外国人観光客には、冬の北海道も人気が高いといわれる。冬の北海道でのレンタカーニーズもますます高まっていくことだろう。そこへノートe-POWERの4WDを売り込めることの意味はけっして些細ではない。この点でも雪国においてはアクアに差をつけられる。

いま日産ノートはテレビコマーシャルにおいて、「2018年上半期登録車販売台数ナンバーワン」と大々的にアピールしている。軽自動車の世界では販売台数にこだわることはよくある。いまでは小康状態となっているが、数年前まではスズキとダイハツ工業が激しくブランド別での事業年度締めや暦年締めでの年間や半期ごとの販売台数を派手に競い合っていた。

業界事情通が言う。「軽自動車は日常生活での移動手段としての割り切りが大きく、ぞれぞれのモデルへの強いこだわりは登録車に比べればかなり希薄なので、『軽自動車でいちばん売れているブランドです』とか、『軽自動車のなかでいちばん売れているモデルです』というセールストークが、購入を決定する際にはかなり効果的なのだそうです」。

「売れている車」という看板

同質性が強い日本人ならではかもしれないが、趣味性よりも実用性が重視される軽自動車やコンパクトカーにとっては、「売れている車」という看板は買うほうにとって安心感もあるのだろう。

現行ノートはもともと登録車トップを争うクルマではなかったが、e-POWERの想定外ともいえるヒットによって、事情は激変した。かつての絶対王者だったプリウスは4代目に移行して以前ほどの勢いはないし、アクアもモデル末期。日産にとっては、この好機においてブランド浸透効果もある「2018年登録車販売台数ナンバーワン」の肩書きを是が非でも獲得したい。ノートe-POWERの4WD追加はそれだけ意味のある施策といえる。

かといってトヨタも黙っていないだろう。日産、トヨタともに販売会社へインセンティブ(販売奨励金)を付けたり、フリート販売を強化したりなどの展開が考えられる。各販売会社自身による自社登録が裏側で繰り広げられるかもしれない。日産の悲願、トヨタの意地。2018年登録車販売台数ナンバーワンの王座を懸けた、熾烈(しれつ)な競争が年後半にかけて繰り広げられるに違いない。