3月22日の終列車後に静岡駅で着発する様子が公開されたN700S(撮影:久保田 敦)

鉄道ジャーナル社の協力を得て、『鉄道ジャーナル』2018年6月号「N700S確認試験車公開」を再構成した記事を掲載します。

JR東海は3月10日、東海道新幹線浜松工場で次世代の東海道新幹線車両に位置付けるN700Sの確認試験車を、初めて16両編成の状態で報道陣に公開した。工場構内の短い距離だが、走行する姿が披露されるのも初めてだった。これより以前、昨年10月1日に日本車輌豊川製作所で製造過程の先頭構体を公開し、さらに本年2月17日にもやはり日車で、浜松へと搬出する直前の東京方先頭16号車の姿が、報道陣を集めて公開されている。このようにたびたびアピールされるN700Sとはどのような新幹線車両か、公開当日の説明をもとに紹介する。


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N700Sは、現在の主力車両、N700Aの次の世代の車両として開発されているもので、「S」はN700系シリーズの中で最高の車両として、Supreme(スプリーム:最高の)に由来する。すなわち、新技術の採用、標準車両、環境性能の向上、安全・安定輸送性能の向上、快適性・利便性の向上の 5つをコンセプトに掲げ、技術面でも接客設備面でも従来のN700系から大幅に進化させた「フルモデルチェンジ」車両としている。

デュアルスプリームウィング形の先頭形状

東海道新幹線の証として白に青帯は変わらず受け継ぐものの、その青帯は一段多く重ねる形で運転台窓付近まで鋭く延ばされており、これが「S」を抽象的に表現している。また、編成を通じて片側6か所にシンボルマークが描かれており、流れるような「S」の文字は言うまでもなく先頭形状のイメージであり、それを中心に配置することで鉄道としての安心感や安定感を表現している。

先頭形状は、一連のN700系のエアロダブルウィング形と称するものから、新たに「デュアルスプリームウィング形」に変更された。空力特性改善のシミュレーションに取り組んできた成果で、コンピュータ計算能力の向上の賜物でもある。この三次元形状のシミュレーション結果に、さらにデザイナーによるチューニングを加えて最終の形状は決定された。内外装にわたりデザインの調整にあたったのは、300系いらい東海道新幹線車両に携わる福田哲男氏で、昨年の構体公開の際に先頭形状のポイントを語っている。その際の解説では、空力的な最適化に向けて先端部分の断面積を変更するにあたり、「両脇へと穏やかに下がるN700系の形状から峰を作ってボリューム感を増し、その峰にビードを通し、流れるラインを強調した」とのこと。

両サイドを盛り上げてエッジを立てた造形は、空気の整流作用によりトンネル微気圧波の影響を低減し、走行抵抗や車外騒音も抑えるとともに、最後部においてはノーズ先端の気流の渦巻きを解消し、左右の動揺を防止する。また左右を盛り上げたことで標識灯の開口部面積が20%拡大され、照射範囲が広がった。また、東海道新幹線車両では初のLEDを採用して明るくなったこととあわせ、運転士の視認性も改善されている。全体形状の変化から運転席部分の面積も若干ながら広がっている。


手前がN700S。奥のN700Aと比べて曲線形状が微妙に変化(撮影:杉山 慧)

コンセプトに掲げた新技術の第一には、地震時のブレーキ距離の短縮を挙げる。これまで285km/hからの停止距離は3000m(平坦線の場合)であったが、N700A3次車で5%短縮した。N700SではATC・ブレーキシステムを改良し、さらに5%短縮する。また、自社の小牧研究施設の走行試験装置を活用した成果の一つとして、台車振動検知装置の機能向上を図り、良好な乗り心地の維持に向けて状態監視を強化した。

駆動システムでは、主変換装置の半導体素子をIGBT(ケイ素=Siを用いる)から、低損失かつ高温下での動作が可能な次世代素子であるSiC(炭化ケイ素)を用いたMOSFETとし、JR東海が独自技術とする走行風冷却式と組み合わせて20%の軽量化を図る。

徹底的な小型化

公開当日は、浜松工場の棟内にN700A初期車の主変換装置とN700Sの主変換装置が並べて展示された。N700系は、後に全車、N700A(3次車にあたる)に準じてブレーキ性能の強化などの改造を受けてN700Aとなったが、このグループの主変換装置は冷却方式が強制通風式であり、装置の中央部にブロワを備えるため装置全体が大型で、レール方向で2200mmの大きさがある(枕木方向は車体幅いっぱい)。対してSiCを用いたMOSFETと、走行風冷却の採用によりブロワを排したN700Sの主変換装置は1000mmと、2分の1以下にまで小型化された。

なお、N700系は走行風冷却型の装置も併用し、増備の過程で編成内における走行風冷却型の比率を高めたり3次車ではすべてを走行風冷却型とするなどの変化がある。それでも素子はIGBTであるため主変換装置の小型化に限界があり、3次車でもその大きさは従来装置の4分の3程度にしか減じていない。したがって大きさで2分の1以下、重量20%減を達成したN700Sの主変換装置は大きな成果と言える。

主変換装置とセットになる新技術に、主電動機の6極化がある。誘導電動機は、鉄心とコイルを収めた固定子がつくる回転磁界の内側にあるかご形回転子に電磁誘導により電流が生じ、回転トルクが発生する仕組みになっている。回転子に三相交流各相のコイルをその円周に沿って2組配置したものが4極電動機であるが、これを6極にすると、コイルの数が増える分、電流を増やすことができ、一方で磁束は減らせる(出力=電流×磁束のため)ので、磁束を通す鉄心の厚みを薄くでき、小型化される。その結果、主電動機1台につき70kgが抑えられ、台車1台につき2台搭載であるから140kgの軽量化が図られることになった。


左のN700Aの主電動機が4極であるのに対し、右側のN700Sの主電動機は6極を採用(撮影:尾形文繁)

反面、主電動機が4極から6極に増えると、速度制御のためのスイッチングは1.5倍の回数と早さが要求される。そのため半導体素子の負荷が高まり発熱量も上昇して熱暴走の可能性も生じ、その冷却が大きな課題になる。こうしたネックを回避できる素子がSiCのMOSFETということでもあり、主電動機の6極化にはこれを用いた主変換装置が不可欠という関係にある。

パンタグラフは摺板が新技術のポイントである。従来は摺板1枚あたりは3つの部材による一体構成だったが、これを10分割としたうえでリンク機構でつなぎ、たわむ仕組みとした。このたわみ式摺板により架線への追随性能が大幅に向上し、離線が少なくなるので摺板、架線ともにアークによるダメージが回避されて長寿命化が図られる。なお新型パンタグラフは支持部(脚)を3本から2本にすることで約50kgの軽量化を図っている。

バッテリーで非常時の自力走行が可能に

いま一つの展示物はリチウムイオンバッテリー。展示品はバッテリーの単体であったが、これを集合させて一つの装置を構成、その装置を複数の車両に配置する。もともとは補助電源システムの一要素であるが、リチウムイオンバッテリーによる能力拡大により架線電源が途絶える地震発生時等、非常時の自力走行や一部トイレへの電源供給に利用する。自力走行はトンネルや橋梁等、避難が困難な場所からの脱出を想定しており、必ずしも次駅まで走行するものではない。非常用ゆえ空調装置は稼働させない。

このほか、台車フレームは構造を工夫して補強部材と溶接箇所を削減、下板の厚みを最適化することで信頼性の向上を図りながら約75kgの軽量化を図った。また、歯車装置の歯車には従来のハスバ歯車に代えてヤマバ歯車を採用、軸受への負荷を低減してメンテナンスの負担を軽減するとともに、安定した噛み合わせにより騒音を低減した。さらに従来型のセミアクティブダンパに小型モーターとポンプを取り付けたコンパクトなフルアクティブ制振制御装置を全車に採用して、乗り心地の向上を図っている。


これらの駆動システムの高効率化や、車両全体の軽量化により、省エネルギー化も一段と進む。N700Aの編成重量は約710tだったがN700Sは700t以下を目指した。N700Aは285km/h走行を行うにもかかわらず270km/h走行の700系より16%の電力削減を実現したが、N700SはN700Aよりもさらに7%の削減を目標としている。

さらに状態監視機能の強化として、車上の伝送速度、および車上〜地上間での伝送速度を、N700Aとの比較で約10倍とし、フィールドデータの大容量化を図った。従来の監視システムは機器が故障範囲に入った段階で異常と捉え、伝送されるものであったが、N700Sは予兆範囲で捉えることが可能になり、これを地上で詳細に分析して調査・修繕に反映させることで故障を未然に防止、さらなる安全・安定輸送を実現する。また、車内の防犯カメラで捉えた画像をリアルタイムで地上へ送信でき、車内のセキュリティレベルも向上することになった。

本格走行試験がいよいよスタート


普通車の客室。停車駅が近づくと間接照明の照度がアップする(撮影:杉山 慧)

N700Sについて、JR東海新幹線鉄道事業本部の上野雅之副本部長は「JR東海がこれまで継続的に行ってきた技術開発の成果をまとめ、最新技術と知見を結集した」車両であると紹介、3月20日からまず夜間に性能確認試験を行い、次いで本格的な試験走行を東海道新幹線全線で展開してゆくとした。

東海道新幹線は、2020年までにN700Aタイプに統一し、最高速度も285km/hに統一する。N700Sはその2020年度に量産車の営業車両を投入する予定である。今回のN700S確認試験車は、営業車両を量産する前に最新技術の最終確認を行うために新造された編成で、従来の量産先行車両のような営業車両とする予定はない。N700Sは現状における最高技術を盛り込んでいるが、JR東海では、素材技術の進化に合わせて軽量化はこれからも進めてゆくことになるし、静粛性も高められると考えられている。営業車両の投入後は、さらなる技術開発のための試験専用車両とすることになるだろう。