新国立競技場の建設現場で過労自殺が起き、注目が集まるゼネコン業界。この9月にようやく過重労働の是正案を公表した(記者撮影)

10月上旬、都内のトンネル工事現場。平日は重機や作業員でごった返すが、土日になると静まり返る。建設業では数少ない「週休2日」の現場だ。

現場の責任者を務める清水建設の齋藤彰・所長は「(週休2日制で)工期が逼迫している。ただ、いずれ週休2日が当たり前の時代が来る。その前に課題を洗い出したい」と語る。

過労自殺が転換点に


世間ではもはや当たり前となった週休2日制だが、建設現場ではまだまだ少ない。業界団体の一つ、全国建設業協会の調査によれば、建設会社3106社のうち、おおむね4週8休を実現している会社はわずか16.3%にとどまる。

通常、残業や休日出勤を含む時間外労働については労働基準法で規制されている。

ただ、建設業は仕事量に波があることを理由に適用除外となっており、労働時間は青天井だ。

最近、政府が推進する働き方改革もあり、石井啓一・国土交通相は今年3月、建設業に対して働き方改革を要請。

翌4月には新国立競技場の建設に携わる1次下請けの新入社員の過労自殺が発覚。直前には月約190時間もの時間外労働を行っており、及び腰だった業界も過重労働の是正に取り組まざるをえなくなった。

さらに2017年の成立、2019年4月の施行を予定していた改正労働基準法(現在、継続審議中)では、5年の猶予期間を置いたうえで建設業も時間外労働規制の対象に含める計画だ。


こうした状況を受け、大手ゼネコンが加盟する日本建設業連合会(日建連)は9月22日、過重労働の是正を主眼とする働き方改革の行動計画試案を発表した。

その骨子は、会員企業の労働時間を段階的に削減し、2024年度の時間外労働規制の適用までに、上限である年720時間以内に抑えるというもの。日建連の山内隆司会長(大成建設会長)は「踏み込んだ内容だ」と説明する。

是正の前提が過労死ライン超え

だが、その中身には疑問符がつく。厚生労働省は労働災害と因果関係があると認める、いわゆる過労死ラインを「6カ月平均で月80時間以上の時間外労働」としている。

日建連の行動計画では2019年4月までに時間外労働を月100時間(年換算1200時間)未満に削減するとしており、前提から過労死ライン超えを黙認している状況だ。

ゼネコンでは過重労働が蔓延している。大手ゼネコン社員で構成する日本建設産業職員労働組合協議会が昨年11月に実施した調査によれば、組合員約1万2000人のうち2割以上が月80時間以上の時間外労働を行っていた。

厚労省によれば、ストレスや過労に起因する「精神障害の労災補償」の申請数・支給決定数は、昨年度に建設業で過去最多を記録した。うち自殺(未遂を含む)が占める割合は約3割と全産業で最も高い。

長時間労働の原因は、土曜日の稼働も前提に工期を設定することだ。国が発注する工事では今年度から週休2日制を前提としたものの、民間工事では「無理な工期を提示してでも受注するのが当たり前だ。発注者から他社の工程表を提示され、泣く泣く工期を削ったこともある」(大手ゼネコンの元社員)状況だ。

こうした大手の動きに対して、中小企業や下請け業者は「土曜日を休みにしても現場の賃金水準を維持すれば、労務費が1.2倍にハネ上がる。元請けは費用を負担したがらないだろう」(都内の鉄筋業者)と憤る。

躯体工事系の業界団体幹部も「作業員の多くは日給制で、週休2日制になれば手取りが減る。(土曜日も稼働する)別の現場に応援に行くだけだ」と冷ややかだ。

関与を強める厚労省

大手と中小・下請けで温度差があるのはカネだけでなく、そもそも働き方が異なるという側面もある。

東京労働局によれば、昨年12月から今年7月にかけて新国立競技場の建設にかかわった762業者のうち、過労死ライン超えの労働者がいた事業者の割合は施工管理を行う元請けと1次下請けでは27%に達したが、2次下請け以下の中小企業では1%しかなかった。


当記事は「週刊東洋経済」11月4日号 <10月30日発売>からの転載記事です

下請け企業の現場作業員は定時で終わることが多い一方、施工管理を担うゼネコンはその日の工事終了後も事務作業に追われ、労働時間が長引くためだ。

厚労省も建設業への関与を強めている。2016年度には全国の労働基準監督署が建設業の2592事業場に対して重点監督を実施し、うち半数以上に是正勧告書を送付するなど、労働環境改善に向けた取り締まりを強化している。

「猶予期間は与えた。今回はきちんと対応していただく」(労働基準局労働条件政策課の関口洸哉氏)

日建連は内外の意見を踏まえ、今年度中に行動計画を正式決定する予定だ。長時間労働に社会の注目が集まる中、もう改革の先延ばしは許されない。