○自分を客観視。あえて良いときにやること



ーー最近一番うれしかったことは?

実は、今日うれしいことがあったんです。社会人アスリートとして大学時代よりも成長しないと、という思いが強かった。大学時代と同じことをやっていても強くなれない。だから、成長するためには、練習環境を変えることが必要だと思ったんです。学生時代はほかの選手たちと一緒に練習していたのですが、4月以降はひとりでトレーニングを行っていたんです。でも、本音を言うと孤独を感じて練習していた、やりがいや充実感がなかったというか。本当にこれでいいのかなって思いながら、それを誰にも相談もできずに、ずっと疑問を感じながら、やっていて。

私は練習からほかの選手たちと競い合うことで、強くなれるタイプだということに気がついた。やっぱ練習相手がいると、緊張感も高まるし、刺激にもなります。ひとりで練習に取り組んでいると、これでいいのかな?ちゃんとできているのかな?と不安になることも多かった。

そこで、今日、ずっと心の奥底にしまっていた気持ちを監督に伝えたら「いつ来るのかと思っていたよ。こうなることも予測できたし、ずっと見ていたし、分かっていたよ。オレたちは家族みたいなものだから、なんの遠慮もしないで言いたいことを全部ぶつけてこい」と言ってもらえたんです。なんかちょっと遠回りをしたんですけど、ここから変われる気がしています。

ーーアスリートにスランプはつきものですが、どう向き合っている?

なりたい自分を常に頭に置くっていうのをすごく考えていて、見失ったら、どんどんどうしようって迷ってしまうので。あとは、調子がいいときにダメな自分をちょっと想像するようにしています。悪いときは、どうして不調なんだろう?って思うけど、よかったときって、あまり好調の要因を振り返らないですよね。それをなくそうと思って。よいときこそ自分を客観視してみるし、監督にもどうして今回良かったんですかね?と聞くようにしています。また、好調の要因についてノートに書き留めて、それをスランプ時に見直すと「私はこんなこと考えていたんだ!」って、脱出の気づきや発見につながります。

ーー短距離選手として励みにしている言葉はありますか?

大学3年生のときに女子100メートル、200メートル日本記録保持者の福島千里選手の監督さんとお話しする機会があって、そのとき私は日本選手権でも6着と微妙な順位だったんですけど、でも私の走りを見てくれていて「福島を超えられるのは、藤森だと思うよ」と声をかけていただいたんです。それがすごくうれしくて、誰に自慢するわけでもないのですが心の中ではすごく励みにしています。見てくれてそんな風に思ってくれている人がいるんだって。それはうれしかったです。



○東京五輪への道「サポートへの感謝を忘れずに」



ーー2020年の東京オリンピックへの思いを聞かせてください。

大学1年のときに日本代表に初めて選出されて、そのときはジャパンのユニホームを着られることにただ満足していたのですが、試合会場に行ったらほかの選手たちは戦いに来ていて、自分は選ばれただけで満足していた。その温度差をすごく反省して、大学2年のときに選ばれたときは絶対ベストパフォーマンスを出すぞと。でも、そのときも実力的に世界との差を感じて、もっと単純に強く速くならないといけないと思って。

東京オリンピックでは4×100メートルリレーには出場したいですね。そのためには、いまは社会人アスリートとして会社からもサポートしてもらっているので、もっとプロ意識や自覚を持って、取り組まなきゃあいけないなと思っています。学生と一緒に練習しているけど同じ練習量ではダメだし、練習の量だけでなく質も、もっともっと増やしていけたら。

ーー今後はどんな選手になっていきたい?

この会社を選んだときも考えたんですけど、私がAs-meエステールに入社したときにすごく考えて、宝石って磨いて輝く、その過程がすごく大事だと思って、陸上競技も試合の10数秒のために本当に長い間コツコツやっていくもので、試合で輝けたら自分も見ている人もわっと思うだろうなって。そこに共通点を見つけたので、泥臭く練習して一瞬の輝きを出せるアスリートになりたいです。

短距離でも千葉(旧姓・丹野)麻美さんという方は400メートルの日本記録を持っている方なのですが、ママさんアスリートとして競技を続けているのです。千葉さんを端から見ていて、強さを感じるのでかっこいいなと思う。いまは、現役の間は競技だけっていう時代でもありません。千葉さんのことをすごいなーと思うけど、自分だったら大変だーとも思います(笑)。



アスリートとして日々のトレーニング、試合に没頭する一方で、自分自身を冷静に客観視する彼女。インタビュアーの質問に言葉を選びながら、一言一言を真摯に語る。その姿こそ彼女の魅力であり、美しさの正体であり、強さなのではないか。そんなことを感じさせる、60分にもおよぶインタビューだった。3年後に訪れるわずか約11秒間。彼女はそのとき美しくあるために、今日も泥臭く日々を刻む。



<プロフィール>
藤森安奈 ふじもり・あんな
(As-meエステール)

1994年11月10日、千葉県生まれ。中学3年時に全日本中学校陸上競技選手権大会の女子200メートル5位入賞。東京高校を経て、2013年青山学院大学に入学。同大学陸上競技部短距離ブロックに所属。2014年アジア大会400メートルリレーでは1走を務め、日本チームの銅メダル獲得に貢献。2016年9月の日本インカレでは100メートルで優勝を果たす。2017年4月、As-meエステールに入社。自己ベストは100メートル11秒68、200メートル24秒27。