高くてもヒットが続く「ダイソン」と「日本企業」の違い

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ダイソンの掃除機がヒットするわけ

「イノベーション」と聞くと、米ハーバード大学のクレイトン・クリステンセンによる「イノベーションのジレンマ」を思い浮かべる方も多いでしょう。しかし、経営学者たちが取り扱うのは「イノベーションのジレンマ」ではありません。近年、最も研究されているイノベーションの理論は、「両利きの経営(ambidexterity)」です。両利きとは、「知の探索」と「知の深化」を高次元にバランスよく取る経営という意味です。

「知の探索」とは、知の範囲を広げるということです。イノベーションの父と呼ばれるジョセフ・シュンペーターの有名な考え方に、「イノベーションの源泉の一つは、既存の知と、別の既存の知の、新たな組み合わせである」というものがあります。企業やビジネスパーソンは、様々な知を組み合わせることで新たなアイデアを生むため、知の範囲を広げる必要があるのです。

たとえばトヨタの大野耐一氏が、アメリカのスーパーマーケットの仕組みと自動車生産を組み合わせ、「カンバン方式」を生んだことは有名です。

そして収益を上げるような知が生み出されたら、それを継続して深めていくことも求められます。それが「知の深化」です。したがって重要なのは両者のバランスですが、企業は「知の深化」に偏り「知の探索」を怠りがちな傾向があります。知の探索はコストがかかるうえ、組み合わせても収益に結びつかないことも多いからです。

日本の現状を見てみましょう。昔の日本企業は、部品ごとの技術を「知の深化」で磨き上げれば競争力のある製品が生み出せた。しかし現在では、アップル社の製品に象徴的なように、日々変化する顧客のライフスタイルを読み取って製品全体のデザインを提示しなくてはいけない。例えば、ダイソンの掃除機やバルミューダのトースターはそれぞれ5万円超、2万円超と高価なのに大ヒットしています。このように、既存の技術や発想だけにとらわれない「知の探索」が必要なのです。

日本の場合、それを担う技術者・開発者・デザイナーが忙しすぎたり、あるいは職人気質になって社内の殻にこもっていることも多いようです。しかし、それは「知の探索」を怠ることであり、結果として中長期的なイノベーションが停滞してしまうのです。

「両利きの経営」を機能させるためには何が必要か。もちろん、経営者自らが「知の探索」に挑み続けることが重要です。たとえば予算面で「知の探索」と「知の深化」のバランスを取り、両者の間で異なるルールや評価基準をとることを厭わないことが求められます。

■最強の相棒を見つける方法

さらに組織で重要なのが、「チャラ男」と「根回しオヤジ」がコンビを組むことだと私は考えています。

どういうことでしょうか。人のつながりには、強弱があります。たとえば親友同士は「強いつながり」ですし、ただの知り合いは「弱いつながり」です。私たちは「強いつながり」を重視しがちですが、実は新しい知を生み出すには、弱いつながりのほうが適している、ということが経営学の研究で示されています。

人間のつながりをネットワークとして見ると、弱いつながりのほうが簡単につくれるので、遠くに伸びやすい。遠くに伸びたら、多様な情報が効率的に届くのです。この弱いつながりをつくるのは、好奇心旺盛で行動力がある「チャラ男」タイプの人材です。

しかし、それだけでは組織は成り立ちません。生み出されたクリエーティブな萌芽を、実現しなければいけない。新規性がある企画でも、上長に上がるほど稟議書が通らないことはよくあります。そこで組織内で深い人間関係を築いて、橋渡しができる「根回しオヤジ」が存在感を示すのです。

「チャラ男」と「根回しオヤジ」をうまくペアリングして、イノベーションを起こす。最新の経営学から見ると、このベストカップルこそ日本企業に求められているといえるでしょう。

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入山章栄
1996年慶應義塾大学卒業、98年同大学院修士課程修了。2008年米ピッツバーグ大学経営大学院博士号取得。13年より早稲田大学ビジネススクール准教授。
 

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(大高志帆=構成 奥谷 仁、的野弘路=撮影)