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 山本一郎(やまもといちろう)です。仕事での出張に家族旅行を無理やり組み込むと、難儀なトランジットが間に挟まることしばしです。某国トランジットで職員に賄賂を渡して全館禁煙の空港内でタバコを吸おうとした中国人グループが警備員に囲まれていたり、待合で居眠りしていた客の荷物を取った取らないで殴り合いが発生するなど、いろんな国の民度というものがあるもんだなと思うわけです。

 ところで、先日労働基準監督署に長時間労働の問題を指摘され是正勧告を喰らったエイベックスホールディングスの話題が報じられていました。これを受けて、そのエイベックス社長の松浦勝人さん(52)がブログで思いの丈をぶちまけるという物件がありまして、見物にいってきました。


『毎日新聞』の記事では、告発のあったエイベックス社内の関係者の話として「部署によっては、社員は土日祝日も関係なく働かされ、年間数日しか休めない」と報じていたのですが、これについて松浦さんが真っ向から「ただ、好きで仕事をやっている人に対しての労働時間だけの抑制は絶対に望まない。好きで仕事をやっている人は仕事と遊びの境目なんてない」と反論。要は、好きなことが仕事になっている人にとっては、長時間労働など法律に無関係に働くのだから、法律が実情に合っていないのではないか、という論点になっておるわけですね。

 常識的には、こういう発言は経営陣ではなく、サラリーをもらって現場で働いている人たちが言うものなんじゃないかと思うんですが、経営陣やクリエイター気質の人、ベンチャー精神旺盛な人などは往々にしてこのような思想の持ち主が多いのであまり違和感はありません。松浦さんの仰ることもごもっともな一方、好きな仕事だから従業員を土日関係なく狩り出して働かせてよいのかというのはいまのブラック企業批判の中心に来ている部分なので、この松浦さんの発言を国民がどう捉えるのか、興味深いところではあります。

 松浦社長は「納得できないことに納得するつもりはない。戦うべき時は相手が誰であろうと僕らは戦う」とのことなので、お話の通り、納得のいくまでぜひ労基署を相手に戦っていただいて白黒つくまで頑張ってほしいと願う次第です。

■求められる独自能力

 一方で、松浦さんはFacebook上で、日本の税金の高さを理由にシンガポールや海外移住の話をしておられます。富裕層課税の話をしておいて、日本の労働行政がおかしい、納得いかないと仰られても「そうですか」という感じになりますでしょうか。

 そのうえで、昨今のブラック企業対策はかなり積極的に進んでいるようで、先日も大手広告代理店の電通や、朝日新聞社など、大手メディア関連企業にどんどん入っています。ブラック企業対策はまず名の通った大手からしっかりと対応して、一罰百戒も目指して頑張っているようにも見受けられます。


 電通にいたっては、過労で自殺してしまった女性社員が話題になったのでどうしても入らざるを得ないのでしょうが、その当の上司がデジタル方面で偉くなっていたりすると、やはりなかなかモヤモヤするものを感じます。

 仕事に前向きなのはどこの企業も頑張っているのでしょうが、いまやデスクに張り付いて調整事に追われる仕事を長時間やっても、必ずしも収益に結びつかず生産性がむしろ下がる傾向が見えているわけです。とりわけ、ホワイトカラーという仕事は、単純に時間当たりの単価で仕事をするものでは本来なく、長くオフィスにいるから仕事量が大きいというわけではありません。それは、経済全体が右肩上がりで、どこからか仕事がやってきて、それを右から左に流していれば利益になった時代の話だろうと思うわけです。

 むしろ、学校も家庭も職場も「こうすれば、お前は人生で勝てるんだよ」という方程式を教えてくれることがなくなったいま、より考えて行動すること、好きで没頭することで他の人と違う何かを創り上げられる能力を求められています。仕事に前向きで、遣り甲斐と集中力がビジネスパーソンを育てるのは事実としても、生産的な何かに自分の時間を使うことが会社としてどれだけ許されているのかということのほうが本来は大事です。言い換えれば、誰か別の人に置き換えられない何かをできる人間にならなければ、会社から良い評価をもらうために長時間労働も土日出社も厭わず頑張らなければならない仕組みに抗えない、ということでもあります。

■仕事の寿命をどう克服するか

 逆に、一つの大きな組織で何か必殺技のような特技を身に着けて業界内で著名になれば、サラリーをもらって組織に守られている状態が不利だ、と悟る人も出てきます。会社の将来に見切りをつけて転職したり、搾取を恐れて独立したりする人が出るほどに、その企業は競争力を徐々に失っていくことになるのでしょう。

 いまのスキルで少しでも多くのサラリーが欲しいとか、ほかに転職できるほどの実力もない人ほど、土日残業どんとこいで組織のために働いてくれるのは間違いありません。企業にとっては、そういう人はそれなりに大事です。でも、そういう人たちは40代、50代になって身体が動かなくなるころに別の人に仕事を奪われてリストラの対象になったりするわけです。残業して時間を切り売りしなければ所得が増えないようでは年齢に応じたスキルがあるとは言えないでしょうし、好きだからこの仕事をやっている、と言い聞かせながら働くことになるのでしょう。

 本来であれば、経営陣の仕事は「楽しいことを仕事にしてあげる」夢も持たせつつ、是正勧告を喰らうほど働かせすぎなくても充分な給料が出る仕事を作ることなんじゃないかと思うんですが、いかがでしょうか。もちろん、仕事には寿命というものがあって、昔ほど楽には稼げない業界もあるわけでして、そういった業界のブレークスルーが見つかるよう戦ってほしいと願うところでもあります。

 みんなが笑顔でいい仕事ができる業界環境を作れるようになるといいなと思います。

著者プロフィール


ブロガー/個人投資家

やまもといちろう

慶應義塾大学卒業。会社経営の傍ら、作家、ブロガーとしても活躍。著書に『ネット右翼の矛盾 憂国が招く「亡国」』(宝島社新書)など多数

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やまもと氏がホストを務めるオンラインサロン/