羽田空港アクセス線のルート。点線が線路の新設、もしくは増設が必要な部分(作図:草町義和)。

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2015年3月に東京都の都市整備局が発表した鉄道新路線構想。なかでも首都圏の空港アクセスが劇的に変化しそうな羽田空港アクセス線は、大きな目玉になっています。しかしオリンピックに間に合うのかなど、課題は少なくないようです。

新宿、東京、新木場方面と羽田空港を直結

 東京都は2015年3月6日(金)、都内の鉄道新路線構想をまとめた「広域交通ネットワーク計画について〜交通政策審議会答申に向けた検討の中間まとめ」を発表しました。

 そのうち、とくに注目を集めているのが羽田空港アクセス線です。この構想は2014年8月、国の交通政策審議会が実施したヒアリングの場でJR東日本が正式に示したプロジェクト。都内中心部のJR線などから羽田空港に直接乗り入れる鉄道ルートを構築しようというもので、羽田空港へのアクセスが劇的に変わる可能性があります。

 この羽田空港アクセス線は、新宿駅から羽田空港に向かう「西山手ルート」、東京駅から空港につながる「東山手ルート」、新木場駅から空港に伸びる「臨海部ルート」の3つで構成されています。

 一度に3本ものルートを整備するとは豪気な話ですが、実際は既に整備されている線路を活用するなどして、各方面から東京貨物ターミナル駅までルートを構築しているのがポイントです。東京貨物ターミナル駅と羽田空港を結ぶ区間のみ、3ルートが共用する線路をまったく新規に整備することになります。

 「西山手ルート」は、埼京線や湘南新宿ラインの列車が使用している線路を走って新宿駅から大崎駅に向かいます。大崎駅からは、やはり埼京線の列車が乗り入れている、東京臨海高速鉄道りんかい線の線路を走行。次の大井町駅でりんかい線から離れ、東京貨物ターミナル駅に向かいます。つまりこのルートは、大井町〜東京貨物ターミナル間のみ新しい線路を整備せねばなりません。

 「東山手ルート」は、東京駅からしばらく東海道線を走りますが、田町駅付近で分かれて東京貨物ターミナル駅へ進行。田町駅から東京貨物ターミナル駅までは、現在は使用されていない複線の貨物線があり、これをほぼそのまま活用することになります。新たに線路を整備する必要があるのは、東海道線と貨物線をつなぐ部分だけです。

 「臨海部ルート」は、りんかい線と京葉線の合流点である新木場駅から、りんかい線をしばらく西に進み、東京テレポート駅の先でりんかい線から分かれて東京貨物ターミナル駅に向かいます。

 このルートでは、東京テレポート〜東京貨物ターミナル間を結ぶ線路を新たに整備する必要がありそうに思えます。しかし実は東京貨物ターミナル駅の東側にりんかい線の車両基地がある、すなわち東京貨物ターミナル駅のすぐ近くまで既にりんかい線の回送線が来ているため、接続は難しくありません。現在、この回送線は単線で、多数の列車を走らせることはできませんけれども、そのトンネルは複線を整備できる広さを持っており、輸送力の増強は充分可能です。

羽田空港アクセス線がもたらす複数のメリット

 JR東日本は、羽田空港アクセス線の整備の目的を「将来の航空旅客の増加に対応し、更なる利便性向上を図る」としています。

 羽田空港の利用者数は2008年のリーマン・ショック以降に減少していましたが、2010年以降は再び上昇し、2013年は約6873万人と、リーマン・ショック以前の水準をも上回っています。今後も利用者の増加が見込まれており、このままでは東京モノレールや京急空港線など、既存のアクセス交通機関の輸送力が不足するのではないかといわれています。

 現在、東京モノレールはピーク時の輸送力が1時間あたり約1万1000人、京急空港線は約1万4000人です。これに対し羽田空港アクセス線は約2万1000人とされ、JR東日本羽田空港アクセス線の整備によって全体の輸送力が約1.8倍になり、輸送力不足の解消を図れるとしています。

 また「西山手ルート」は埼京線、「東山手ルート」は高崎線・宇都宮線・常磐線、臨海部ルートはりんかい線を介して京葉線と線路がつながっており、羽田空港に直接アクセスする列車を運行できる範囲が大きく広がります。新宿駅や東京駅はもちろんのこと、高崎駅や宇都宮駅、水戸駅などから羽田空港に直通する列車を運行することも可能です。こうした広域ネットワークは、運行範囲が限定されている京急や東京モノレールでは実現できません。

 広域ネットワークの実現により、各地から羽田空港へのアクセス時間も、大幅に短くなることが想定されています。たとえば新宿〜羽田空港間の場合、山手線と東京モノレールを利用するルートは46分、山手線と京急空港線を使うルートでも41分かかり、浜松町駅か品川駅で1回乗り換える必要があります。

 一方、羽田空港アクセス線の「西山手ルート」が実現すれば、その半分の23分でアクセスできるようになり、途中で列車を乗り換える必要もありません。そのほか「東山手ルート」も東京〜羽田空港間で現状より10〜15分短い18分、臨海部ルートの新木場〜羽田空港間も21分短い20分が見込まれています。

 そしてコスト面の利点として、建設費が比較的安いことも挙げられます。本格的な新線を建設する必要があるのは、東京貨物ターミナル〜羽田空港間だけ。それ以外の多くの区間は、既に整備されている線路をほぼそのまま使ったり、あるいは若干の改良を施すのみで使用できます。

オリンピックに間に合う? 少なくはない懸念

 いいことずくめのように思える羽田空港アクセス線ですが、もちろん課題や問題点もあります。というより、課題や問題的ばかりで簡単には実現できない、といったほうがよいかもしれません。

 最大の課題といえるのが、膨大な額の建設費です。既に述べているように、貨物線の活用などで費用を抑えることができるものの、それでも地質がよいとはいえない東京湾岸の埋立地を縦断する地下・海底トンネルを整備しなければならないため、全体では約3200億円の費用が必要とされています。この費用をどうやって調達するのか、まだ何も決まっていません。

 建設費だけでなく、工事にかかる期間も大きな課題として横たわっています。羽田空港アクセス線は、東京オリンピックの開催決定を機に急浮上した構想といえますから、やはりオリンピックの開催までに完成させ、外国からやってくる観戦客の輸送に対応したいところ。しかしJR東日本によれば、整備に要する期間は10年とされており、いまから着手したとしても全てが完成するのは2025年です。東京オリンピックの開催には間に合いません。

 そのためJR東日本は、「暫定開業」も検討しています。これは、当面の整備ルートを臨海部ルートの1本に絞り、さらに東京貨物ターミナル〜羽田空港間の新線も当面は空港旅客ターミナルビルの少し手前まで建設して「暫定駅」を整備するというもの。新たに整備が必要な部分をできるだけ減らして工事期間を短縮し、オリンピックの開催に間に合わせようというもくろみです。

 暫定駅から空港の旅客ターミナルビルまではシャトルバスなどで結ぶ必要があり、輸送力がそがれてしまいますが、オリンピックまでに整備するには、これが次善の策といえるでしょう。また、りんかい線沿線にはオリンピック開催時に多数の競技場が設けられる予定となっており、その点でも臨海部ルート1本に絞って整備するというのは理にかなっています。

 とはいえ、この暫定開業もオリンピックの開催に間に合うかどうか、やや不透明です。JR東日本は「実工期4年で整備が可能」としていますが、仮にオリンピック開催に間に合わせようとしたら、1年後(2016年春頃)までには工事に着手している必要があります。それまでに財源スキームの調整や手続きなど、事前の準備が順調に進むかどうかが、焦点のひとつとなるでしょう。