監督・脚本/キリアン・リートホーフ 出演/ディーター・ハラーフォルデン、ターシャ・サイブト、ハイケ・マカッシュほか 3月21日、ヒューマントラストシネマ有楽町ほかで公開。全国順次公開。

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映画ライター山縣みどりさんがお届けする映画評。今回は、ディーター・ハラーフォルデン主演の『陽だまりハウスでマラソンを』です。

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20代にしか見えないお肌ツルピカの40代美魔女が次々と出現し、エイジングに徹底抗戦する女性のポテンシャルは高いと感心する昨今。でも寄る年波に勝てない人が圧倒的だし、少子化が進む日本は将来的には超高齢化社会になると予想されている。では老境に差し掛かったときに、人間はどう生きるべきか? なんてことをじっくりと考えたくなる映画が登場した!

1956年、西ドイツからメルボルン・オリンピックに出場したパウルは絶対にマイペースを崩さない走りで42.195kmを駆け抜け、ゴール直前でソ連代表を走り負かす。第二次大戦敗戦で重苦しい空気に包まれていた西ドイツにとっては明るい話題であり、パウルは一躍国民的英雄となる。それから60年近い歳月が流れ、愛妻マーゴが倒れたことをきっかけに夫婦は家を売り払い老人ホームに入居することに。終の住処となったホームにはスタッフから幼稚園児のように扱われる老人たちがいて、憤懣(ふんまん)やるかたないパウルはいきなりベルリン・マラソン出場を思い立つ!

肉体的に衰えてきた老人だから、衣服の着替えや排泄、入浴など生活全般に介助が必要なのは当然。もちろん認知症では? と疑いたくなる老女もいるのだが、ほとんどの老人は頭脳明晰にもかかわらず、意味のない人形作りや合唱ばかりさせられているのだからパウルの憤りに激しく共感してしまう。しかも老人の心のケアをするはずの療法士は、教科書通りの考え方しかできず、老人たちに不自由きわまりない暮らしを強いているのに気づかないから絶望的だ。部屋は清潔だし、栄養管理された三食が供される生活だけれど、いわばハートレス。そんな状況に甘んじていた老人たちがパウルと夫をサポートするマーゴのやる気に感化されて、気分上げ上げになる姿がとてもチャーミングだ。パウルの勇姿に感動した若き日を思い出し、音信不通の家族への不満をぶちまけたり、気になる老女をデートに誘ったり。走ってもいないけど“ランニング・ハイ”状態なのだ。

なかには「年寄りの冷や水はいかん」と反発する頑固ジジイもいるが、心の奥に秘めた嫉妬が透けて見えるのもまた可愛い。いくつになっても男同士って覇権争いする生き物だよね。一方、両親の強すぎる絆を見て育ったために恋愛に臆病になっていたパウルの娘ビルギッテが一歩踏み出すのは素敵なおまけ?

ボケたとかモウロクしたなんてネガティブな発想も「老人力がついた」と言い換えると素敵な感じに変貌。昨年他界したアーティスト兼作家の赤瀬川原平氏が提唱した概念はまだまだ浸透していないけれど、その概念を体現化したパウルや仲間たちを見れば、老いは怖くはなくなるはず。美しく老いるにはもちろん努力とやる気が必要だけどね。

最後になったが、主人公パウルを演じた俳優ディーター・ハラーフォルデンの体当たり演技について特筆しておきたい。御年79歳にして週3回のジム通いやランニングでボディメイキングし、9kgも減量。しかも撮影でも実際にベルリン・マラソンに参加したという。役作りだから当然と涼しい顔の老優だが、すごいスーパー老人がいるものだ。

(C)2013 Neue Schönhauser Filmproduktion, Universum Film, ARRI Film & TV

※『anan』2015年3月25日号より 《anan編集部》