新雑誌『相撲ファン』(大空出版)。市川紗椰の両国まちあるき、相撲女子座談会といった女子向け企画から、デーモン閣下の日記コラム&やくみつるのマイコレクション披露など相撲初心者も楽しめる企画が満載。逸ノ城、勢、常幸龍のロングインタビューや元兄弟子・隆乃若が稀勢の里を語る、など、コアな相撲ファンも楽しめる本格的な記事も充実の一冊。

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新創刊の雑誌『相撲ファン』で監修を務めた相撲ジャーナリスト・荒井太郎氏に聞く、大相撲のいま。後編では『相撲ファン』の見どころや相撲の楽しみ方について教えてもらいます。(前編はこちら)

《女性視点をメインにしつつ、コアなファンも納得できるものに》

─── 『相撲ファン』を読んでみて個人的に一番楽しかったのが、デーモン閣下の相撲論日記「吾輩は見た!」。閣下が1800年頃の江戸勧進相撲の時代から相撲をどう見続けてきたのかを日記形式で振り返るという。これはもう、閣下にしかできない。
荒井 ありがとうございます。

─── 1809(文化6)年であれば「グハハハ! 99846年前に発生し、角力を見続けてきた吾輩が〜」とあって、あぁ、10万年前ではないんだと(笑)。1876(明治9)年であれば「西洋文化に浮かれている現在の風潮を、吾輩は大変憂慮している。このままでは、百年二百年後、日本文化のアイデンティティーが崩壊してしまう。これは角界も例外ではないぞ」としっかり提言もある。
荒井 そうですね。この辺はちゃんと押さえておかなきゃな、と。

─── その一方で、相撲女子発掘企画「スージョ・Life」だったり、「相撲ファン女子座談会」、国技館周辺グルメ、表紙とインタビューでは美人すぎるオタクとして人気のモデル・市川紗椰さんが登場。写真も多く配置した全体的なレイアウトも含め、女性向けの編集方針を感じました。
荒井 特に、写真やレイアウトにはこだわって作っています。市川さんへのインタビューページは私が直接担当してないんですが、本当に相撲に詳しいみたいですね。そういった女性視点をメインにしつつ、誌面全体としては男性のコアなファンにも納得できるものになったんじゃないかと思います。

─── 雑誌のそもそもの企画の経緯を教えてください。
荒井 大空出版の方から「相撲の雑誌を出したい」とお話をいただいたのが昨年の春頃。その時点では、遠藤にお姫様抱っこされたいような人たちを対象にしたものにしたい。とにかく女子オンリーに売っていきたい、というオーダーでした。単発ものならそれもありだと思うんですけど、継続して出したい、という話だったので「もっと幅広く相撲ファンに訴えかけるようなものじゃないと数字はできませんよ」という話をさせていただきました。

─── そうなんですか?
荒井 過去にも、そういう企画を立てる編集者はいたんです。相撲初心者向けに作りたい、と。でも、100パーセント失敗するんです。テレビなどで取り上げられてマーケットはあるように感じるんですけど、実際にはないですから。

─── 八百長問題で厳しい状況だった頃に比べると、盛り上がっているようにも感じますが。
荒井 以前は、大相撲の専門誌といえばNHKから出ていた『NHK大相撲中継』、読売新聞東京本社の『大相撲』、ベースボール・マガジン社の月刊『相撲』と3誌ありました。でも、2010年に起きた野球賭博問題や八百長問題(2011年)を境に『NHK大相撲中継』と『大相撲』が休刊になり、月刊『相撲』だけになりました。(※その後、2013年に『NHK大相撲中継』が『NHK G-Media 大相撲ジャーナル』と雑誌名を変更して復刊)。そういった専門誌だって実売1万2、3千部。熱心な相撲ファンをひっくるめても、雑誌を読む層というとマーケットはそのくらいなんです。

─── だからこそ、コアなファンにも、新規の女性ファンにも受け入れられるものにしなければいけない、と。
荒井 編集サイドも最初は遠藤にこだわっていましたけど、いまさら遠藤もないでしょうと(笑)。私は常に相撲と相撲ファンの近いところにいますので、そのへんの感覚的にわかる温度差を説明させていただいて、この形になったわけです。

─── その辺の温度差、の話もお聞きしたいです。女性ファンが増えている、と耳にすることがあるんですが、実際のところはどうなのか? と。
荒井 若貴ブームと比べると、明らかに質は違うと思うんですよね。若貴ブームのときは、本当にもうミーハーが飛びついた感じだったので。でも今は、相撲の本質というか、競技というよりも自国の伝統文化としての相撲、古くから伝わる文化をもっと知りたいといった女性が多い印象を受けます。

─── 真面目というか、よりコアなファンになりそうな人が増えているんですね。
荒井 あとは番付に関係なく、幕下だろうがなんだろうが、自分のお気に入りの力士を見つけて、そこを入り口にハマっていく人も多いですね。強いから好き、とかではなく、自分なりの可愛さの基準というか、それぞれがポリシーを持っています。そうやって好きになった女性の方が、昨今の相撲ブームを作っているのかな、という気はします。

─── では、雑誌作る上でも、あまり浮ついた情報よりもしっかりした話題を。
荒井 そうそう。本格派を心がけています。

─── たとえば、どういったところで?
荒井 意識した点は、相撲独特の表現を疎かにしないことですね。いろんなところから相撲の本は出ているんですけど、読むと「あ、この人、知らないで書いてるな」というのが一発でわかるんです。そういう細かい部分から、昔からのコアな相撲ファンも納得してもらえるように。女性をメインターゲットにしつつも、そこのバランスは一番意識しましたね。

─── ほかにも、結構マニアックな情報が充実していますよね。英語の相撲実況がどうなっているのか、という情報も新鮮でした。
荒井 NHK大相撲で英語実況をしている森田博士さんはいつかどこかで取り上げたいと思っていたんです。この方を取り上げるという発想はよそにはないと思います。毎回巡業でやっている「相撲講座」を大山親方に再現していただくページでは、所作のひとつひとつには意味がある、ということを取り上げています。でも、こういう企画はやりたくても、質問者にそれなりの相撲の知識がないと、親方に何を聞いていいかすらわからないと思います。

─── それだけ専門性が高い、と。
荒井 そもそも、新聞社を定年退職した方を除けば、相撲のフリーライターは日本に4人ぐらいしかいなくて、その中で本場所も取材しているのは自分しかいません。別に門戸を閉ざしているわけではないんですが。なので私はいまだに若手ライターです(笑)。

《相撲の伝統美、様式美も楽しんで欲しい》

─── 今場所に限らず、前に名前の挙がった遠藤や逸ノ城、輝(かがやき)、阿武咲(おうのしよう)といった若手以外で、この力士に頑張ってもらわないと、というと誰になりますか?
荒井 稀勢の里、と言いたいんですけど……やっぱりどうしても取りこぼしがある。原因もハッキリしているんですけどね。15日間集中力をどう維持していくか。一場所の中で何回か、どうしても立ち合いが高い、腰高のときがあるんです。そういう日はやっぱり持っていかれますよね。それをなくせばいいんですけど、なかなか難しいでしょうね。『相撲ファン』の中でも、元兄弟子の隆乃若さんにインサイドレポートを書いていただきましたので、ぜひ読んでいただきたいです。

─── 相撲人気が回復しつつあると言われる中で、さらに盛り上げていくために、大相撲に必要なことって何でしょうか? 今後の『相撲ファン』の紙面作りにもつながってくるかと思うのですが。
荒井 やっぱり、力士ひとりひとり、さらには行司、呼出しも含めて、古くから伝わっている伝統文化や相撲の美しさを後世に伝えるんだという意識をしっかり持つことだと思います。そして我々も、その美しさを追いかけて伝えていく。横綱であれば、強さを追求して勝つことにこだわるだけでなく、勝ち方にもこだわる、ということなんじゃないでしょうか。ただ強いだけじゃ人気は出ませんから。

─── 観る側はどのように楽しめばいいでしょうか?
荒井 相撲って競技自体が占めるパーセントってたぶん半分もいかないと思うんです。極端なことを言ってしまえば、土俵入りだって競技的側面から見たら必要ありませんよね。大銀杏を結ったり、化粧まわしを付けることだってそうだし、行司だって審判なのに、むしろ動きにくくなる豪華な装束を着ている。でも、そういうひとつひとつの演出装置があって「大相撲」というひとつの世界は作られているわけです。そしてさらに、競技自体のぶつかり合いも迫力がある。

─── 生で観ると、ぶつかったときの音なんかも凄まじいですもんね。
荒井 競技だけでも楽しめるんですけど、競技以外のところでも楽しみがたくさんあるのが大相撲です。そういう美しさというか、伝統美、様式美も楽しんで欲しいですね。相撲ってもう何千年と続いている、他の国では類を見ない文化だと思うんです。そういう文化を有している日本人ってやっぱりすごいんですよ、ということを雑誌の中でも追求していきたいし、読者の方に再認識してもらいたい……その一助になれば、と思っています。

■荒井太郎プロフィール/1967年東京都生まれ。早稲田大学卒業後、百貨店勤務を経てフリーライターに転身。相撲ジャーナリストとして専門誌に寄稿、連載。およびテレビ出演、コメント提供も多数。著書に『歴史ポケットスポーツ新聞 相撲』『歴史ポケットスポーツ新聞 プロレス』『東京六大学野球史』『大相撲事件史』『大相撲あるある』など。新雑誌『相撲ファン』で監修を務める。

(オグマナオト)