椎名林檎と組んだ石川さゆり…演歌が生き残る道はあるのか
 4月2日に発売予定の石川さゆりのニューシングル『暗夜の心中立て』。その作詞、作曲、プロデュースを、椎名林檎が手掛けているということで大変な話題を呼んでいます。以前にも奥田民生によるモータウン風のシングル『Baby Baby』を発表したり、さらにはくるり主催の野外フェス『京都音楽博覧会』に出演するなど、ジャンルと世代を超えたクロスオーバーを、石川さゆりは積極的に行っているのです。

◆今までの曲では、いずれ誰も聴かなくなる

 もちろんこうした“異種格闘技戦”的な楽しさは、坂本冬美、忌野清志郎、細野晴臣によるHISという先例もあることですし、別段珍しいことでもありません。

 しかしここへきて石川さゆりがそのような活動を増やしていることの意味は、それとは少しばかり変わってきているのではないでしょうか。彼女がJ−POPの最前線にいるタレントを作家として起用することの背景には、ノヴェルティとしての楽しみよりも、むしろそうしなければ演歌というジャンルがもたないとの差し迫った判断があるのではないでしょうか。

 現在公開されている『暗夜の心中立て』の一部から聴いて取れるのは、この曲を“今の”『天城越え』にしたいという意志です。つまり、椎名林檎の曲を歌うことが、弦哲也の曲を歌うことと同じぐらい、演歌にとって日常にならなければならない。いつまでも終わった恋を引きずって温泉街をうろつく歌ばかり歌っていても商売が成り立たない。そんな曲を聴いて喜ぶ高齢の世代は、そう遠くない将来に全くいなくなるであろう。そうなってから、新しい客層に向けて歌う曲がないと慌てても遅いのです。

(動画:『暗夜の心中立て』 3月5日からiTunesで先行配信 http://youtu.be/J4VkkqhvX0o)

 このように作家と真正面から組み合って、ある意味ではケンカをするように楽曲を作るには、やはり歌い手の側にかなりの力量が求められるのは言うまでもありません。しかし、近年、高齢者にカラオケで歌わせるためだけに安易な曲ばかりを作り続けてきたつけは、若手にまともな歌い手が育っていないという形でまわってきました。恐らく彼らの大半は、いまNHKの歌謡コンサートへ足を運ぶ世代がいなくなれば、自然に淘汰されるでしょう。ただし、この二人を除いては。

◆島津亜矢と清水博正、演歌の枠を越えた歌唱力

 熊本県出身の島津亜矢は、14歳で作詞家、星野哲郎に弟子入りしました。91年に発表した『愛染かつらをもう一度』が30万枚を超えるヒットを記録し、2001年には紅白歌合戦に初出場を果たしました。彼女の最大の特徴は、日本的なわびさびといった面倒を排したピッチの正確さです。目的の音まで最短距離で、最大の音量で届かせる、その物量の力が驚異なのですね。

 コンサートではホイットニー・ヒューストンでおなじみの『I will always love you』も歌っていますが、色気やためらいといった曖昧なオプションに頼らない鋼鉄のような歌唱は、ホイットニーというよりも、むしろ真裏からデッサンされたドリー・パートンといった趣です。一度、金髪のかつらをかぶってエタ・ジェイムスの『I’d rather go blind』を歌ってみてほしいものです。きっとアデルなど敵ではないでしょう。

(動画:『忠治侠客旅』 http://youtu.be/_Nk3NR2B4PY)

※『I will always love you』(映画『ボディガード』のテーマ曲として大ヒットしたあれ)を島津亜矢が歌う動画は、YouTubeにあるので、ぜひ検索してください

 群馬県出身の清水博正は、2006年度NHKのど自慢グランドチャンピオン大会で見事優勝を飾り、作曲家の弦哲也にスカウトされてデビューを果たしました。そうして発表されたデビュー曲『雨恋々』は、低音からこすり上げるように螺旋を描いて裏声まで到達する彼の魅力が存分に活かされた楽曲になっています。

 その低音と高音の行き来について川中美幸も「美空ひばりのようだ」と絶賛するほどの実力の持ち主なのです。ならば、やはり美空ひばりもそうだったように、洋邦問わず、色々なタイプの曲を彼の歌で聴いてみたいと思ってしまいますね。

(動画:『哀愁の奥出雲』 http://youtu.be/0ZQo5T3N6Mw)

◆いっそ『アメリカン・アイドル』に殴り込みをかければ

 しかし彼らのような歌い手が、演歌という枠の中だけで終わってしまうとしたら、こんなにもったいないことはありません。石川さゆりほどの知名度があれば、奥田民生や椎名林檎と組むということが話題にもなるのでしょうが、二人がそれを望める状況にあるとは言いがたい。

 ここはひとつ、思い切って『アメリカンアイドル』(米・FOXテレビのオーディション番組)や『Xファクター』(英・ITVのオーディ−ション番組)に殴り込みをかけるというのはどうでしょう。サイモン・コーウェルやジェニファー・ロペスは、彼らの歌を聴いて目をひん剥いてくれるでしょうか。

 もっとも、それもただの妄想に過ぎないわけですが、それぐらいの劇薬を投じなければ延命できそうもないのが、演歌の現状なのではないでしょうか。

 <TEXT/音楽批評・石黒隆之>