裁判で証拠として採用されたヒ素鑑定データから、違う数値の出た元素のみをグラフ化。1〜7のサンプルすべてが異なっているのがわかる

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新たな冤罪(えんざい)が生まれるのだろうか。1998年に4人の死者を出した和歌山毒カレー事件である。

最高裁は2009年5月、犯人とされる林眞須美被告(51歳)の上告を棄却し、死刑が確定した(現在は再審請求中)。が、ここにきて大ドンデン返しが?

2月28日、林死刑囚の弁護団が再審請求補充書を和歌山地裁に提出した。その一文を紹介する。

「証拠とされた鑑定のデータを専門家が分析した結果、(林死刑囚宅の)台所から見つかった保存容器内のヒ素と、カレーに混入する際に使ったとされる紙コップ内のヒ素は別物とわかった」

もしこの主張が本当なら、林死刑囚が自宅からヒ素を持ち出し、夏祭り用に用意されたカレーの鍋に投入、住民を無差別に殺そうとしたという検察の主張は崩れてしまう。そう、つまり林死刑囚に逆転無罪が言い渡される可能性が出てきたのだ。

当時、裁判所が検察の主張を認めたのは、兵庫県にある大型放射光施設「スプリング8」の鑑定結果を採用したからだった。

「スプリング8」はどんな微量の分子構造も分析できる最先端の施設で、その建設費はなんと1100億円! その分析結果が林死刑囚をヒ素混入の犯人と結論づけたのだから、裁判所が信じたのもムリはない。

だが、この分析はかなりずさんなものだった。「スプリング8」のデータを再鑑定した京都大学大学院の河合潤教授(材料工学専攻)が説明する。

「2年ほど前、林死刑囚の弁護団から、裁判で証拠採用されたヒ素の鑑定結果を解説してほしいとの依頼があったんです。そこで鑑定データを見ていると、おかしいぞと思う部分がけっこうあったので、昨年3月に批判的に解説したものを論文として発表しました」

すると昨年11月、「スプリング8」を使って鑑定した東京理科大学の中井泉教授がこの論文に大反論することに。

河合教授が続ける。

「名古屋市での学会で反論すると聞いたので、私も会場に駆けつけました。ところが、中井教授の反論は歯切れが悪く、何を言っているのかわからない。そこで逆に私から質問しました。鑑定ではカレー鍋のそばにあった紙コップ内のヒ素、林宅にあった保存容器内のヒ素に加え、近隣家屋などから見つかった別のヒ素5点の計7点が分析されています。紙コップと保存容器内のヒ素が一致し、ほかが違うからこそ、林死刑囚が犯人と断定できたはずです。だから、別の5点(近隣家屋など)と紙コップ内のヒ素はどう違っていたのかとただしたんです。すると、中井教授は『7点とも一緒だった』と答えたのです。会場の参加者も『え〜っ!』と、どよめくしかありませんでした」

7点のヒ素がみんな同じなら、ほか5点に関係していた人物にも混入の疑いが残る。これでは林死刑囚を犯人と断定できるはずがない。

驚いた河合教授が分析データを精査してみると、さらに驚きの事実が。

「『スプリング8』で分析したものを調べると、中井教授はスズ、モリブデンなど4つの元素のピークが一致していることをもって、紙コップと保存容器内のヒ素が一致すると結論づけていたんです。バリウム、亜鉛など、別の4つの元素が一致していないにもかかわらずです。特にヒ素は6倍もの誤差があった。要は、一致しない元素があったのに、一致したものだけかいつまんで“同じ”としていたわけです」

この再鑑定結果に、弁護団は「再審に向けての大きな一歩」(小田幸児弁護士)と意気込む。

だが、ハードルはまだ高い。冤罪事件に詳しい紀藤正樹弁護士は言う。

「現場にあった紙コップのヒ素と別物としたのは台所にあった保存容器内のヒ素だけ。林宅からはまだ別の場所でヒ素が発見されたはずなので、重要な判定ではあるが、再審請求が認められるかは微妙な情勢です」

つまり、これから検察に証拠請求をし、林死刑囚周辺から出たほかのヒ素についても鑑定をする必要があるのだ。

死刑・無期懲役が確定した裁判で、再審無罪となったのは戦後で8例のみ。林死刑囚は9例目の無罪放免を勝ちとれるのだろうか?

(取材協力/ボールルーム)