16年間、弘前大学に籍を置き青森県を中心に研究を進めてきた山下氏。彼が見た限界集落とは?

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 限界集落とは、人口の半分以上が65歳以上になってしまった村のこと。この状態になると、共同体の維持ができなくなり、その集落は消滅に向かってしまうといわれている。

 このような問題設定に異を唱えるのが、昨年まで16年間、弘前大学に籍を置き青森をフィールドに研究を進めてきた山下氏。彼は著書である『限界集落の真実――過疎の村は消えるか?』で、現在議論されている限界集落論は“つくられた”もので、本当の問題を隠蔽しかねないものだという。どういうことだろうか。

――数年前、高齢化で村が消えるという報道をよく目にした記憶があります。最近はあまり見かけなくなりましたが、きっと今も、集落の消滅は進行中なんだと思ってました。

 限界集落に関する報道が増え始めたのは2007年夏頃です。国交省が、過去7年で191の集落が消えたという調査結果を発表したのがきっかけでした。

 しかし、この191という数字には、ダム工事や自然災害による移転が相当数含まれています。私が調べた限り、高齢化の進行によって集落が消滅した例はまだひとつもない。そもそも、学問の世界で限界集落論が登場したのは1980年代末ですが、そのときに限界だとされた集落は、どこもまだ健在なのです。

――行政から20年間ずっと無視されてきた話が、いきなり注目されたということですね。しかも、事実と反することが。なぜでしょうか?

 ひとつは、政局がらみの、メディアの情報戦略があると思います。2007年、参議院選挙で自民党が民主党に大敗しました。そのとき、自民批判の材料のひとつが、自民党の下で2000年以降に行なわれた三位一体改革で地方が大きく疲弊したということでした。マスコミはこの問題の象徴として、限界集落を盛んに報じたのです。

 また、省庁の予算獲得の思惑もあるでしょう。過疎地を支援する「過疎法」という法律がありますが、予算バラマキの悪法だとの批判も多く、2010年に廃止される色合いが濃厚だった。

 担当省庁の国交省と総務省は、当の集落のためというよりも、自分たちの利権維持のために情報収集を行ない、世論を誘導したきらいがある。実際に過疎法の延長が決まると誰も騒がなくなりました。

――限界集落問題は、限界集落自身からSOSがあって設定されたトピックではないということですね。では、過疎は問題ではないのでしょうか?

 過疎の村の問題は、高齢者が多いことではなく次代を担う世代がいないことです。しかし、限界集落にひとりで住むお年寄りが、子供もおらず孤独だというわけでもありません。たいてい、ひとりくらいは近隣の都市に住む子供がいて、その子供たちは日曜日になるたびに帰ってきたりしているのです。

 彼らは年齢的に子育てを終えて、そろそろ定年後の人生を考え始める時期。そんな子供たちを村に呼び寄せ、定住してもらえるようにすればいい。子育てが一段落したらふるさとに帰るというサイクルができれば、限界集落問題は解決します。そして、実際に呼び戻す試みは各地で始まっていて、効果も出始めています。

――雇用がなければ、子供世代の定住は難しいのではないでしょうか。

 安定した生活設計が実現するにはいろいろなサポートが必要でしょう。しかしそのサポートも、農地や山林、海や川があり、互いに支え合う共同体も残っているわけだから、都市部で考えるほど費用もかからず、むしろ得られる生活の喜びは大きい。

 本当に問題なのは、限界集落は消えるもの、効率の悪いものと頭から決めつけることです。都市に暮らす人間が、過疎の集落に住む人々や、戻りたいという人々の考えを理解していくことで、この問題は一気に前進します。

 日本の村は日本人全体の財産です。経済性だけで議論されるべきトピックではなく、そのように一面的にとらえてしまうところに、思考の罠が隠れているのです。

●山下祐介(やました・ゆうすけ)
1969年生まれ。九州大学大学院博士課程中退。弘前大学准教授を経て、現在、首都大学東京准教授。共著に『震災ボランティアの社会学』など

■『限界集落の真実――過疎の村は消えるか?』ちくま新書 924円
メディアをにぎわす限界集落は本当に問題なのか? 言葉が独り歩きして、集落の消滅は避けられないように思われていないか? 著者は、この言葉で本当の問題が隠蔽されてきたと語る。過疎の村をフィールドにして得た、この問題の解決法を説く。

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