「恥ずかしいから相談しない」選手が多く、診察経験者はたった2割だという【写真:編集部】

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重症化なら切開手術も…元プロロードサイクリスト沖美穂氏が警鐘を鳴らす“職業病”

 2012年、48年ぶりに「ガールズケイリン」として復活した女子競輪。トップ選手である小林優香、太田りゆは昨年、アジア選手権やW杯でメダルを獲得。2020年東京五輪出場、そして表彰台の期待も高まる。

 一方、シーズン7年目を迎え、女子プロスポーツならではの課題も見えてきた。女子アスリートの体について考える「THE ANSWER」の連載「私とカラダ」。元プロロードサイクリストが指摘する、“体”と“選手生命”に関わる問題とは。

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「女子選手の“股ずれ”の問題は深刻。放置すれば、競技力向上だけでなく進退にも悪影響を及ぼします」

 こう話すのは元プロロードサイクリストの沖美穂氏。「股ずれ」とは、大腿部、鼠径部、会陰部などに生じる皮膚や粘膜の異常・障害のこと。長時間のライディングによるレーサーパンツやサドルとの摩擦などにより、痛み、腫れ、切り傷、膿み、出血を発症。重症化すると切開手術に至る場合もあり、「職業病といえるレベル」と話す。

「“皮膚トラブル”と聞くと軽症に思われがちですが、股ずれは非常に深刻な問題です。腫れ・痛みは集中力に悪影響を及ぼし、組織の変形や炎症による精神的なダメージも大きい。重症化、あるいは症状を繰り返すことで、競技を中断、もしくは引退を余儀なくされる状況にもなります」

 股ずれに着目した発端は、自身の現役時代の経験に遡る。

「私自身、股ずれに悩んでいました。ところが病院で診察を受けた際、男性医師から『こんな状態は見たことない』と驚かれて、ショックだった」

 現役引退後、13年から初の女性教官として日本競輪学校に着任。そこで、自身の現役時代と変わらず、多くの女性選手が同じ問題で悩んでいると知った。

「ガールズケイリンはほぼ1年中、開催されるため選手たちは休むことができない。多くの選手が、股ずれを繰り返し、完治できず、苦しんでいた。私自身、選手たちの現状を知りたかった」

 沖氏は2017年から順天堂大学大学院スポーツ健康科学研究科博士前期課程に在籍(2019年3月終了)。今年2月、ガールズケイリン選手の外陰部トラブルに対する予防を研究テーマに、修士論文を発表した。論文作成にあたり、ガールズケイリンの選手100人にアンケートを実施。なんと8割の選手が股ずれの問題を抱えていると答えた。

診察経験はたった2割「恥ずかしいから相談しない、だから医師も気付かない」

「股ずれの予防はまめな洗浄と保湿がカギ。特に暑い時期は、同じレースパンツを1日中着用するだけも、発症のリスクが高まります。汗をかいたらまめにレーサーパンツを代える、ウォシュレットで洗い流すだけでも、症状は軽減できる。ところが、4割の選手は予防対策を知らなかった」

 しかも、股ずれを起こした選手のうち、病院での診察経験があると答えたのはたったの2割。医師に相談した経験がある選手に至っては、1割にも満たなかった。その背景には、デリケートな問題だけに、男性医師に打ち明けにくいという心理がある。

「選手は助けを求められないほど、恥ずかしい症状だと感じています。恥ずかしいから医師に相談をしない。だから医師も股ずれの問題に気づかないし、治療・ケアもできない。でも、見せられない、相談できないからと放置しては、パフォーマンスの低下や病気のリスクが高まるし、競技人生を縮めることにもなりかねない。問題を放置すれば、すべてがマイナスに働く。9割の選手が治療・相談のできる女性医師を希望していますが、安心して相談できるドクターがいるだけで状況は改善する」

 修士論文を通し、環境改善の声を上げた沖氏。まずは、多くの人が現状を知ることが大事だったと話す。

「競技にはルールがあります。簡単にサドルを代えたり、種類を増やしたりはできないし、この論文をきっかけに、今すぐ現状をガラリと変えてほしい、と訴えたいのでもない。必要なのは選手が抱える問題を、選手と指導者が共有し、理解すること。男性の指導者には、デリケートな問題のため女性選手が相談できずにいる現状を、選手には予防の意識を高めると同時に、医師や指導者に助けを求めることは恥ずかしいことではないと知ってほしい。そして、現場と医療機関の連携を構築することが重要です」

 さて、女子競輪選手が引退を決断する理由は、実力や身体的理由だけではない。世界を見渡せば、40代、50代のプロの女性サイクリストがいる。「日本は今後、結婚・出産・子育てと競技生活の両立が課題」と沖氏。

「ガールズケイリンがスタートして7年目。デビュー当時は独身だった選手も、年齢を重ね、そろそろ結婚・出産を考えるようになります。また、競輪選手は同業者で結婚するケースが多いため、子どもが生まれれば、保育所の問題が出てくる。レースの前は合宿所で生活しますし、レース場は全国に点在。スケジュールも変則的です。今のままでは、家庭と仕事の両立が難しくなり、実績のある選手たちが現役続行を断念せざるを得ません。

 でも、いい選手には、長く競技を続けてほしい。結局は魅力ある選手がお客さんを呼び、それが自転車の世界の発展や人気にもつながります。今後は運営側が、女性選手のライフステージにあった保障や環境整備に取り組む必要。この問題は競輪だけでなく、競艇(ボートレース)や競馬も、直面しているのではないでしょうか」

沖氏が感じる、女子選手を巡る環境の変化「様々な角度からサポートを」

 沖氏は現役時代、プロロードサイクリストとして、01〜08年、ヨーロッパを拠点に活躍。ヨーロッパでは、家族とチームが子育て中の選手をバックアップしていたと話す。

「選手たちは皆、自分やパートナー家族と同居。レースや遠征時はスタッフやパートナー、オフの時間はチームメートも子どもをみていた。とはいえ、ヨーロッパ方式をそのまま日本に導入してもうまくいきません。シッターさんを呼ぶのか、合宿や遠征時の夜泣きの対策はどうするのか。日本なりのベストな形を探る必要があります」

 沖氏は2018年5月世界女性スポーツ会議(ボツワナ・ハボローネ)に招聘され、研究を発表。レーサーパンツの開発や生理用品を扱う会社からも相談が寄せられるようになり、小さいながらも、変化を感じている。

「東京オリンピックに向けて、メディアでも女性スポーツが注目されるようになりましたが、現場の体制はまだまだ取り組むべき課題は山積。例えば、思春期の女子アスリートが体との付き合い方を学べる講演や教育プログラムの開発など、今後は自転車競技の枠を超え、様々な角度から女性スポーツをサポートしていきたいですね」

 3月に大学院を修了した沖氏。今後は競輪の統括団体であるJKAの職員として、自転車競技の普及や外国人選手のケア、東京五輪に向けてJOC関連の仕事に携わっていく。(長島 恭子 / Kyoko Nagashima)

長島 恭子
編集・ライター。サッカー専門誌を経てフリーランスに。インタビューや健康・ダイエット・トレーニング記事を軸に雑誌、書籍、会員誌などで編集・執筆を行う。担当書籍に『世界一やせる走り方』『世界一伸びるストレッチ』(共に中野ジェームズ修一著、サンマーク出版)、『つけたいところに最速で筋肉をつける技術』(岡田隆著、サンマーク出版)、『カチコチ体が10秒でみるみるやわらかくなるストレッチ』(永井峻著、高橋書店)など。