メイ首相の闘いは敗北に終わりそうだ。当初の読みの甘さが最後まで響いた(写真:REUTERS/Toby Melville)

英国のテリーザ・メイ首相が本日(日本時間の24日夜)にも辞任するという報道が飛び交っている。首相が「再国民投票」を条件付きで容認する方針であることに抗議して、22日には政権幹部のアンドレア・レッドサム下院院内総務が辞任しており、圧力が強まった。事態は刻一刻と悪化している。もう何度目かの試みとなるが、英国のEU(欧州連合)離脱――ブレグジット交渉の現状と展望について論点整理をしておきたい。

10月31日までの離脱延期というEUによる最後の温情を得た英国だが、時間を空費する状況は一向に変わっていない。メイ首相の「首」や「再国民投票」以上のカードはもう残されておらず、EUとの交渉が終局に向かうかどうかは怪しいが、少なくともメイ政権が終局にあることは間違いなさそうだ。

目先の注目点は6月3日の週に予定されている離脱協定案についての4度目の下院採決だ。金融市場はメイ首相がどのような戦術を繰り出してくるのかと構えているところだが、もはや過去3回ほどの緊張感はない。5月17日に行われた与野党協議が決裂しているため、4度目も否決が不可避とわかりきっており、関心が薄れるのも当然である。離脱期限が10月31日まで延期されているため緊張感が緩んでいるという面も否めない。良くないことだが、市場参加者を含めた全ステークホルダーが「何とかなる」と思っているのが現状に近いだろう。

4度目の下院採決も敗色が濃厚

現行案はもう直せるところは全部直した結果であり、あとは議員の気持ちが変わるしかない。にもかかわらず、これを期待させるような報道はまったくない。労働党党首のコービン氏は首相辞任や再国民投票というフレーズを前にしても「これまでの案の焼き直しにすぎない」と一蹴している。21日、メイ首相は「全党、全議員に申し上げたい。私は譲歩した。今度はあなた方に譲歩をお願いしたい」と最後の嘆願をしているが、こういった平身低頭な説得が奏功するような状況ではもはやないのだろう。

既に英国・EU双方に交渉疲れが蔓延しており、なし崩し的なノーディール(合意なき)離脱の背中を押す雰囲気もある。10月31日を超える延長はさすがに認められないと考えられ、「今秋には新首相の下でノーディール離脱」という観測は現在ではそれほど珍しいものではない。4度目の採決はそうさせないためのチャンスなのだが、今回も活かせそうにない。ただし、後述するように、新首相もハングパーラメントに苦しむはずであり、状況は急には変わるまい。

同じく6月3日の週のタイミングでメイ首相は後継党首の選出日程、すなわち自身の退任時期を明らかにすると宣言している。第4回目の採決の有無やその結果にかかわらず、同じタイミングでポスト・メイをめぐる政治日程が動き出すことになりそうだ。「離脱実現後に辞任」としていたメイ首相だが、実現前の退場はほぼ既定路線だ。

「メイ首相はよくやった」、「英議会の手前勝手さに呆れる」など同情的な意見もあるようだが、この点、筆者は同意しかねる。そもそもメイ首相は2017年6月に総選挙というサプライズ勝負に出たことが裏目に出た。ここで大敗を喫したことが政治基盤を崩し、その後の交渉を苦しいものにする遠因となった(当時のコラム『メイ首相は「要らぬギャンブル」で敗退した』)。


次はこの人なのか。いち早く立候補を表明したボリス・ジョンソン元外相(写真: REUTERS/Andrew Yates)

また、メイ首相の交渉姿勢が一貫しなかったこともまずかった。メイ首相は当初、ハードブレグジットを宣言していた。2017年1月に行った方針演説において、EUの単一市場や関税同盟から完全に離脱し、EUとの間に大胆で野心的な自由貿易協定(FTA)を締結する意向を打ち出していた。だが、遅々として進まぬ交渉過程を経て、2018年7月、メイ首相はEU法との調和などを前提においたソフトブレグジット方針に転換した。ここで主要閣僚であったデイビッド・デイビスEU離脱相やボリス・ジョンソン外相が相次いで抗議辞任したのであった。

戦局を正確に判断できず、場当たり的な判断に追い込まれたリーダーだったからこそ仲間を失ったのである。その間、野党勢に付け入る隙を与え、今や解散総選挙を実施すれば野党・労働党はおろかEU離脱運動を主導したナイジェル・ファラージ氏率いるブレグジット党にも勝てない状況に追い込まれている。離脱交渉のリーダー責任者を買って出ながら、離脱は実現できず、しかも保守党を窮地に追い込んだ政治家として英国の政治史に汚名が刻まれるのではないか。

現状に同情できる困難さは確かにある。しかし、そうした状況に至る過程でメイ首相の政治手腕に問題がなかったわけではない。現状だけを見てこれまでの戦術を評価すべきではない。少なくとも過去3年間、この問題をつぶさに見てきてブレグジット・ウォッチャーほどそう思っているはずだ。残念な話だが、今さら、「死に体」になっている「首」を差し出しても、野党が退く道理にはならない。差し出すならばもっと値打ちがあった2017年後半や2018年前半にやっておくべきだった。

離脱強硬派の登場でノーディールが意識される

辞任時期は今秋となる。具体的には、9月末から10月初めに予定されている英保守党の党大会に合わせるだろう。辞任スケジュール自体は6月3日の週に出そうだが、実際の党首交代は今秋まで待つことになる。既に5月16日に党首選への出馬を表明したボリス・ジョンソン元外相が最右翼とされており、これに元EU離脱担当相であったドミニグ・ラーブ氏などが続く。

新政権の離脱方針を語るのは尚早だが、上述した通り、ブレグジット党に大きく支持を奪われている状況を素直に捉えれば、彼らよりもさらに「右」に出る判断をしなければ党勢の回復は難しいのだろう。現状、候補者として挙がっているネームはやはり強硬離脱を押し出す色合いが強く、金融市場はこれをノーディールへの一歩として受け止める公算が大きい。

ただし、強硬に出ることが正しい判断かどうかは別の問題であるし、そう言いつつ、徐々になし崩し的にソフトへ傾斜せざるをえなかったのがメイ首相なので、現時点では何とも言えない。いずれにせよ10月31日の離脱期限まで1カ月を切ったところでメイ首相は退場となりそうだ。

現在、実施の可能性が報じられている「再国民投票」は4度目の議会採決を前にメイ首相が繰り出した苦肉の策である。これまで固辞してきた再国民投票について遂に譲歩したことは確かに目を引く。メイ首相が野党・労働党を口説き落とすにあたって唯一効果がありそうなカードである。現状、メイ首相は今回の採決にあたっては「2度目の国民投票を実施するか議会にはかる」という条項を入れ、それが「議会で可決された離脱協定案の是非を問うもの」になることなどを想定していると言われる。

ストレートに「離脱の是非」を問うた2016年6月とはやや趣が異なるが、残り時間を考慮すれば、問われるものが(議会可決済みの)離脱協定案であろうと、離脱の是非であろうと、本質的には変わらないだろう。再国民投票で離脱協定案が拒絶されれば、「もう合意しなくてよい」という国民の意思表示と読み替えられ、かなり高い確率でノーディール離脱のシナリオが進むのではないだろうか。

しかし、再国民投票には至らない情勢

だが、現状、再国民投票は労働党の支持を得られていない模様である。やはり、「私(メイ首相)の案を飲むならば」という人質戦略は通じないということだろう。依然、4度目の否決に備えたほうがよさそうな雰囲気は否めず、それゆえに再国民投票はメイ首相の画餅に終わりそうだ。

なお、こうした状況を踏まえ、「勝算のない採決をやるくらいなら先送りが選ばれるのではないか」との見方も浮上している。実際、これまでも「勝てないからやらない」という理屈で採決を見送ったことがあるため、可能性はゼロではない。だが、既に「メイ首相の退陣が政治日程にのぼる」ということで与党・保守党内は動いており、採決を先延ばしにしても、メイ首相を取り巻く状況は何も変わらない。

メイ首相は2018年12月に保守党における不信任動議を信任で乗り切っているため、党規則によればそこから1年間(つまり今年12月まで)は信任を問われないことになっている。だが、投票の有無にかかわらず、6月にメイ首相が辞任を表明しなければ党規則を変更してでも不信任動議を提出する可能性まで報じられている。離脱協定案の採決の有無にかかわらず首相の座を追われることが決まっているのだから、「最後の勝負くらいダメ元で」という展開になるのではないか。それがメイ首相の「最後の仕事」となる。

ちなみに、新首相がボリス・ジョンソン氏のような強硬離脱派となった場合、残留への道筋を開きかねない再国民投票の芽は完全に断たれるだろう。しかし、議会の半数が強硬離脱に反対している以上、ジョンソン首相になってもなお、すぐには結論は出まい。結局、「誰がやっても前に進まない」というハングパーラメントの下では、文字通り「詰んでいる」状況が続くしかない。解散総選挙を経て、英議会の勢力図画がはっきりとしてこなければ次に進めないと考えるのが自然ではないか。

※本記事は個人的見解であり、筆者の所属組織とは無関係です