ソニーの”音通”佐藤浩朗さんは、いい音を求めて高級ウォークマンを生み出した(撮影:梅谷秀司)

およそ30万円のウォークマンソニーが2016年に発売して話題になったが、あまりの高価格・高級志向に驚きを感じた読者も多いのではないだろうか。売れ行きも順調で、初年度から社内の計画比1.8倍も売れたという。

この製品が生まれた背景には、趣味でウォークマンを改造していた人物の存在がある。ウォークマン音質設計担当・ソニーホームエンタテインメント&サウンドの佐藤浩朗(さとう ひろあき)さんだ。

改造から得た知識が高音質ウォークマンを作り出し、その音質が評価され製品化に至った。高級ウォークマンがどうして生まれたのか、そしてウォークマンはこれからどこへ向かうのか、また同氏が考える“いい音”とは何かを聞いた。

一眼レフのようなウォークマンを作りたかった

――趣味でウォークマンを改造していたそうですね。

2008年ごろから、ウォークマンの音を少しでもよくしようと改造をし始めました。勝手に社内で“アンプ部”を結成しまして、名前はシャレみたいなものですけど、クラブ活動のような雰囲気でやっていました。


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みんなでいろんな部品を変えて、音がどう変わるのか試していました。本当に趣味でやっていたのですが、これが先輩に見つかりまして「お前はコソコソと何をやってるんだ。仕事として、ちゃんとやれ」と言われてしまいました。

当時、写真撮影や音楽再生は携帯電話で十分だと言われ始めていました。ただ同時に、カメラの世界では高級コンパクトデジカメや、一眼レフカメラが出始めていた頃なんです。一眼レフのようなウォークマンを作りたいなと思っていました。

――高音質のウォークマンが出てきたのは、ちょうどハイレゾが登場した時期と重なっています。ハイレゾだから高音質ということではないのですか?

2013年10月にハイレゾ対応のNW-F880シリーズを出して、さらに、より音をよくしようと作ったのが、NW-ZX1(2013年12月発売)です。せっかくハイレゾを使うのだから、“ただ再生できればいい”ではなく、もっと音をよくしなければと思いました。


ソニーの「NW-ZX1」。缶コンデンサーを搭載するために背面が一部ふくらんでいる(撮影:梅谷秀司)

例えば、NW-ZX1は背面が飛び出しています。普通はペタンコのコンデンサーを使うのですが、ここに大きい缶タイプのコンデンサーが入っています。だから厚みが出てしまいました。アンプ部の活動で、このコンデンサーがいいのはわかっていたのですが、改めて試したら、やっぱり音がよかったんです。

NW-ZX1は7万5000円ほどで売り出しました。当時のウォークマンとしては、ありえない金額で「ソニーはおかしくなった」と言われたくらいでした。でも、評判はよくて、3カ月くらい品薄状態が続くほどでした。

――2016年に約30万円のウォークマンNW-WM1Zが出るわけですが、別名「黄金のウォークマン」とも呼ばれるくらい、どっしりとした金ピカの筐体(きょうたい)が目立ちますよね。

NW-ZX1を出したあと、ウォークマンで使っているシステムでは、筐体の抵抗値を下げると高域が伸びて、筐体が重くなると音もどっしり感が出ることがわかってきました。そこで、アルミの材質を変えていきました。ところが、アルミは純度を上げるとやわらかく削りにくくなってしまいます。


WM1シリーズの試作機。アルミや無酸素銅、さらにメッキ加工と複数試作している(撮影:梅谷秀司)

そのとき一緒に仕事をしていたメカ担当が「だったら銅いっちゃいますか」と言い出しまして。それで無酸素銅で試作したら、ものすごく音がよかったんです。銅をむき出しのまま売るわけにもいかないので、金メッキをしました。そしたら、またすごくいい音になったんです。こうしてNW-WM1Zの試作機ができました。

ただ、すごく重いんです。2015年にNW-ZX2を発売したときに、高木(ソニービデオ&サウンドプロダクツ〈現ソニーホームエンタテインメント&サウンドプロダクツ〉の社長)から「次の機種は軽くしてほしい」と言われていました。NW-ZX2が約235グラムなのに、さらに倍近い重さです。これは製品化できないなと思っていました。

――せっかく開発したのにお蔵入りしてしまったんですね。そこから、どうやって製品化したのでしょう?

上司に提案して、3回ダメと言われました。(ビジネスの観点から)正しい判断と思います。ただすごいねという話にはなり、事業本部長らが試作機を持って高木に説明に行ってくれました。

そこで音を聴いてもらったら、高木は「音はすごくいいな、けど、すごく重いな」と曲を聴いては本体を手に持つ、を繰り返していました。その日に高木はたまたま平井(ソニー前社長)に会う予定があり、「平井さんにも見せたいから試作機を貸してくれ」と持っていきました。

後日「平井さん、すごい喜んでいたぞ」と高木から聞きました。これで製品化のGoサインがもらえたんです。止められて当たり前の企画だと思っていたので、とてもうれしかったですね。

まっとうなことをやっていたら、こうなった

――WM1シリーズが発売された後、デジタルミュージックプレーヤーDMP-Z1を担当したそうですね。黒い箱にヘッドホンを刺すとメモリーに入れた音楽が聴ける機械、これが95万円というのは詳しくない人間からすると驚きの価格です。どういうニーズがあったのでしょう?


大きなつまみが特徴的な「DMP-Z1」(撮影:梅谷秀司)

だいたい2年ごとに新製品を出すのですが、WM1シリーズはまだ戦えると判断しました。そこで、お客さまが何を不満に思っているのだろうと、ソニーストアなどで聞いたんです。銀座のソニーストアに行くとユーザーの方の声を、じかに聞けるので楽しいんです。

WM1シリーズはポータブルを目指しましたが、少し重いので、家で使うことが多くなります。そうすると、ソニーのヘッドホンは鳴るけど、他社の大きいヘッドホンだとちょっと音量が小さいよねと言われて、悔しく思いました。それで、デジタルミュージックプレーヤーを作ることにしたんです。

――DMP-Z1も、相当音質にこだわっているそうですね 。ボリュームつまみに存在感がありますね。

世界一のボリュームつまみは確かめなくちゃいけないと思い、部品メーカーに電話して、サンプルを購入しました。すごく大きいんですけど、聴いてみたらすごくいい音で。聴いてしまったら変えられないよねとなりました。

――オーディオが好きな方は「電源が大事」とよく言いますが、どうなんでしょう?

高級なステレオは、だいたいデジタル電源とアナログ電源をトランスで分けていますが、この製品はそれを電池でやりたかった。電源担当には複雑すぎて絶対無理と言われていたのですが、無理やりやってもらいました。おかげで音はすごくよくなった。

自分用の電信柱を立てるのは、マニアの方は本当にやっています。お茶にしてもお酒にしても、水がキレイじゃないとおいしくないですよね。その水と同じくらい電源は大切です。DMP-Z1は電池で動くので、評論家のある先生からは「マイ電柱いらず」と言われています。

いい音とは?教えられなくても、なんとなく一致する

――“いい音”とは、簡単に言うと、どういうことなのでしょうか?

何がいい音かというのは、人によって違うと思いますが、やはり自分が好きな音楽を楽しく聴ければいいのではないかと思います。AMラジオで聴いても、いい音楽はいいと感じると思うんですよ。それは芸術性の問題です。ただ、製作者が一生懸命作ったものを、そのままお届けしたいという思いをずっと持っています。

――単にノイズがない音を“いい音”と言っているわけではない?

そうだと思います。確かに、基本的には正しく伝えるという視点に立って対策します。音楽に影響させないために、セットの中で起きるノイズを下げるとか、アンプから出た信号をなるべく劣化させずにジャックに届けるために線を太くするとか、ですね 。

オーディオは何かをすれば、絶対に何かが変わります。実際に聞いて、いい方向になるものを組み合わせていく作業です。

――結局、最後は人間の耳で“いい音”を判断しているんですね。複数人で聴​いたときに、「こっちの音のほうがいいね」という意見は一致するんですか?

おそらく、ソニー全体として底辺に流れているものがあって、仕事をしている間に、なんとなく向いている方向が一緒になるんです。細かいところで意見が分かれることはありますが、大筋では一致します。

――ウォークマンの市場は、スマートフォンに押され厳しい状況なのではと思うのですが、近年の売り上げはどうですか?

昨今のウォークマンの売り上げは、全体は減少傾向にありますが、高価格帯の商品は売れ行きは非常にいいです。海外でいうとアジア、中国などを中心に伸びています。中国やアジアのソニーファンの方の熱さは実感しています。たまたま上海のソニーストアに行ったときに、僕がウォークマンの音質担当として出ているYouTubeの動画を見たからだと思うのですが、一般の方に「俺、お前のこと知ってる。握手しろ」って急に声をかけられたこともあります。

「若い人」にはいい音を聴いてほしい

――開発で大事にしていることは何でしょうか。


音へのこだわりを語ってくれた佐藤さん(撮影:梅谷秀司)

どうしても、量産セットなので、値段との兼ね合いで妥協せざるをえないときもありますが、それも簡単には諦めないようにしています。とくに、普及価格帯のモデルに関しては、若い方が使われるので、若い方にちゃんとした音を聴いていただきたいんです。

ウォークマンは、楽しむものなので、作る側が楽しくないといけない。いまのところ、かなり自由にやらせてもらっています。買えないけど欲しいヤツって、オーディオには必要なんじゃないかと思います。夢のあるところとして。

「いい音は何か」という問いは「おいしい料理とは何か」に近いかなと感じた。ウォークマンは音楽を手軽に楽しめるファストフードのようなもの。それを肉にこだわり、パンにこだわり、最高級のハンバーガーを作りあげたと言えそうだ。

ちなみに佐藤氏は、最近ギターを始めたそうだ。演奏にはまっているのかと思いきや、ギターを改造しているのだという。ギターにアンプがついていて、そのパターンが気になり改造し始めてしまったそうだ。食通ならぬ、音通な人物である。