180キロ制限が導入されれば速度計変更の可能性も出てくる(筆者撮影)

今年3月、スウェーデンの乗用車ブランド、ボルボ・カーズ(以下ボルボ)が衝撃的な発表をした。スピードの出し過ぎによる危険性を喚起するため、全車に時速180キロまでの速度制限を導入すると発表したのだ。


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ボルボは今から10年以上前の2007年、「2020年までに新しいボルボ車に搭乗中の事故における死亡者または重傷者をゼロにすることを目指す」と発表した。同社で30年以上安全というテーマに取り組んできたヤン・イヴァーソン氏の提案によるものだ。

しかしボルボでは技術面だけでは事故を減らすことはできないことも認識しており、2020年を間近にして、技術面のみならず、ドライバーの行動面にも焦点を当てていくとした。そのためのステップとして速度制限を導入したという。

アメリカの交通死亡事故は25%が速度超過

スピードを出しすぎると、車両の安全装備やクラッシャブル構造などでは事故の際の人的被害を十分に抑えられないことは、多くの読者が認識しているだろう。


ボルボ・カーズのヤン・イヴァーソン氏(筆者撮影)

ボルボが取り上げたアメリカの国家道路交通安全局の交通事故データによると、2017年のアメリカにおける全交通死亡事故数の25%が速度超過によるものであるという。イヴァーソン氏は、「人々は高所の危険性などに比べてスピードに関する危険性をあまり認識していない」と述べ、スピードの出しすぎが危険であることを人々に理解してもらうよう手助けすべきとしている。

多くの国で制限速度が設けられている理由もここにある。しかも制限速度は時速120〜130キロに集中している。欧州のみならず中国や韓国でもそうであり、わが国では今年3月、試験的に一部区間で120キロへの引き上げが行われた。現在の人間と自動車の能力を判断すると、このあたりを上限と考える専門家が多いためだと考えている。

実はEU(欧州連合)でもボルボと似たような動きがある。やはり今年3月、EUは域内で2022年以降に販売されるすべての新車にスピードリミッターの搭載を義務付ける規則に合意した。走行中に道路標識などから速度制限を自動的に読み取り、制限速度内の走行を保つ仕組みだ。

ただし報道によれば、ドライバーが任意に解除できるという表現もあり、すでに一部の車両には搭載されているスピードリミッターの高度化という印象も受ける。強制的に時速180キロ以内にとどめるボルボのほうが重大事故防止の効果はあるだろうし、メッセージの強さを感じる。

ではなぜ時速180キロなのか。200キロ台では高速というイメージが強くなるので、そこに乗せない上限を狙ったのではないかと想像しているが、多くの国での制限速度の数字を考えれば、150キロでもいいのではないかという意見が出るかもしれない。


ケア・キーの形状は基本的に現在のボルボのキーと同等になる予定(筆者撮影)

しかしボルボはそうした意見への答えも用意していた。やはり今年3月の下旬、オーナー自身や家族、または友人のために任意の速度制限を設定することができる「Care Key(ケア・キー)」である。こちらは2021年モデル以降のすべてのボルボ車に標準装備される。

ケア・キーのメリットとは

ケア・キーは車両の制限速度を任意に設定し、情報をキーに記憶させることで、走行速度を抑えるという内容であり、150キロはもちろん120キロにセットすることも可能。安全性のみならず経済的なメリットもあると説明している。


4月に発売された新型V60クロスカントリー(筆者撮影)

そのメリットを拡大すべく、ボルボでは現在いくつかの保険会社に対し、こうした安全機能を使用するユーザーに有利な保険の提供を提案しており、近いうちにスウェーデン国内の保険会社との間で、最初の事例を発表する予定だという。

ケア・キーのメリットについて同社では、10代の若者など運転経験の浅いドライバーを挙げているが、最近の東京・池袋での死亡事故などで再びクローズアップされている高齢ドライバーによる重大事故防止にも貢献するのではないだろうか。

さらにボルボは、学校や病院の周辺での速度を自動的に制限できるかについても調査しており、将来的に実現に移したいとしている。


V60クロスカントリーの2リッター4気筒エンジン(筆者撮影)

ただし同社の高性能にこだわらない姿勢は、今に始まったわけではない。例えばパワートレインは、2014年から日本導入が始まった自社開発エンジンを核とするDrive-E(ドライブ・イー)では2リッター直列4気筒を最大としており、6気筒以上へのこだわりを残すほかのプレミアムブランドと一線を画している。

筆者は一連のボルボの発表を、“ゲームチェンジ”と感じている。これまでクルマは、より速く、より快適にという方向で進化してきた。近年はそこに安全や環境などの要素が加わったが、このうち速さと安全や環境は相反する要素である。事故の際には衝撃となる運動エネルギー、環境性能に直結する空気抵抗はいずれも、速度の2乗に比例して大きくなるからだ。


ボルボ本社に展示される衝突実験車両(筆者撮影)

それでも自動車メーカーは、技術開発によってこの2つを両立しようと努力してきた。しかし交通事故による死傷者はゼロにはならず、環境問題に悩まされている都市は多い。こうした状況を踏まえ、長きにわたり安全性を追求してきたボルボは、速度制限に踏み切らなければクルマの未来はないと思ったのだろう。EUも同様の考えを持っている。

この流れで不利に立たされるのはドイツ車だろう。ドイツには一部速度無制限のアウトバーンがあり、この国の乗用車はそこで育まれた高速性能をアピールしてきた。ドイツ国内でも環境保護や事故防止に熱心な人々が速度制限導入を訴えているが、自動車関連団体が反対しており、一部無制限という状況で落ち着いているものの、ボルボとEUの立場が主流になれば、時代遅れという烙印を押されることになるだろう。

一部のドイツ車は、時速200キロ以上でも180キロで走るボルボなど他社並みの安全性を保っていると豪語するかもしれない。しかしそのクルマを180キロで走らせればさらに安全になることは物理の法則が証明しており、本気で安全を目指すなら速度制限のほうが説得力がある。

日本車が速度制限で先行できなかった理由

ではなぜ、国内の自主規制で時速180キロのスピードリミッターを装着している日本車が、ボルボに先んじて制限速度を導入できなかったのか。筆者はここにもドイツ車が関係していると思っている。

日本の自動車メーカーの技術者と話をすると、ほとんどの人は目標としてドイツ車を挙げ、賞賛する。世界中で高く評価されているにもかかわらず、ボルボを出した人は自分の経験では皆無である。そしてドイツ車の優秀な点として高速走行時の安定性や操縦性を挙げることが多い。


V60クロスカントリーの後ろ姿(筆者撮影)

筆者は一昨年、ボルボ「XC40」のエンジニアや「XC60」のデザイナーのプレゼンテーションを欧州で聞いた。ドイツ車が出てきたのはライバルとの寸法・性能・装備の比較表だけで、それ以外は自車の優位性や独自性をアピールしていた。参考にはするが追従はしない。

もちろんドイツ車にも優れた点はある。しかし時速200キロを超えるような高速走行は、今の時代ではデメリットのほうが多い。これが世界の潮流であることは、EUの判断からも明らかだ。ボルボはその潮流の変化に先駆けた。一方の日本車は、欧州に比べてスピードレンジが低く、低速走行で真価を発揮する車両が多いのに対応しなかった。日本人のひとりとして複雑な気持ちになった。