サッカー選手としての現役引退後、サッカーマンガを作るべく自身で会社を立ち上げた丸山氏(筆者撮影)

今年の国内サッカーシーズンも間もなく終わる。

振り返ると今夏のロシアワールドカップでは、3位になったベルギーを日本代表がベスト16であと一歩まで追い詰め、「ロストフの14秒」は多くのサッカーファンの心に刻まれた。

ACLでは鹿島アントラーズが初制覇を果たし、アジアの頂点に立った。今年は例年以上に日本がサッカーに沸いた1年だったと言える。現在はクラブワールドカップも盛り上がりを見せている。

そんな日本サッカー界の盛り上がりを特別な思いで見守る“元プロサッカー選手”がいる。

丸山龍也、26歳。

丸山氏は柴崎岳、宇佐美貴史、武藤嘉紀などのいわゆる“プラチナ世代”の1人であり、ほんの1年前までは自身もサッカー選手としてさらなる高みを目指していた。

しかし、アンダー世代から注目を集めてきた彼らと異なり、エリートコースとは程遠い選手生活を歩んできた。そのサッカー人生は波乱万丈そのものだった。

国内地域リーグから海外クラブのテストを受験し、選手生命を揺るがす大怪我を乗り越えてスリランカ、リトアニアでプレーした。約1年の浪人期間を経て、2017年にスペインでプロテストに挑戦。契約には至らず、現役を引退した。

現在は2018年8月にJリーグ54クラブのホームタウンを舞台とした、ご当地サッカーマンガを制作する株式会社ワンディエゴ丸出版社を立ち上げ、代表取締役として多忙な日々を送る。

引退を決意した瞬間

私が前回、丸山氏と会ったのは2016年1月のこと。彼はまだリトアニアでプレーしていた。その時、「日本代表の座をまったく別のルートから虎視眈々と狙っていく」と熱く語っていたのを覚えている。ゆえにワールドカップの夢舞台に立ち、選手として脂が乗り切った同年代の姿をテレビ越しで見ればみるほど、悔しいものはないだろうと思っていた。


リトアニア時代の丸山氏(丸山氏提供)

事実、丸山氏は2018年のサッカー日本代表のワールドカップメンバー入りは「自身のサッカー人生そのものだった」と自身の「note」にその思いをつづっていた。

しかし、丸山氏は現役への未練はないと言い切る。

その理由は選手としての最後の挑戦にあった。

2017年、丸山氏はサッカー強豪国スペインの、3部リーグクラブのテストを受験する機会を得た。場所はリーガ・エスパニョーラに属するアトレティコ・マドリードの練習場。世界最高峰の環境で行われたテストではっきりと『選手としては厳しい』と告げられた。自分には絶対に届かない場所がある。そう悟って引退を決意した。

「僕みたいに明確な物差しを突きつけられて、レベルの差を実感して辞められる人はそう多くはないと思うんです。サッカーを辞める人ってどこか未練があって、ちょっと意図的に競技と距離を置いたりとかすると思うんですけど、そういうわけでもなく純粋に納得できた自分がいました」

現役への未練がなくなったこの状態を丸山氏は“成仏”と表現する。

年齢やケガなど、引退する理由は人によってさまざまだ。たとえ有名選手であっても最後には悔いを残して現役を退くことがある世界で、ピッチに未練を残す亡霊にならずにすっきりと丸山氏のように選手を辞められる人は実はそう多くはないのかもしれない。

現役時代の経験と幅広いつながりが道を切り開く

引退後は特に競技への強いこだわりもなく、基本的に依頼を受けるスタンスでいた。それでも依頼内容はコーチや選手のエージェント業務、貧困地域にボールを届けるチャリティー活動など、サッカーに関することばかり。

さまざまな依頼にフットワーク軽く応えていく中でテレビ朝日の人気番組「激レアさんを連れてきた。」への出演依頼も舞い込んだ。それが現在の会社の立ち上げを支援する投資家との出会いにもつながっている。


マンガの会社を立ち上げた経緯を話した丸山氏(筆者撮影)

なぜマンガの会社なのだろうか?

丸山氏がマンガの可能性に気がついたのはリトアニアでの現役時代までさかのぼる。

「リトアニアのチームの選手は国籍がバラバラで母国語が違っており、浅い英語だけで会話するしかありませんでした。そんな中、僕が練習中に長くドリブルをして監督に怒られたことがありました。

『お前はキャプテン翼か?』と。『キャプテン翼』のアニメでは、翼くんと岬くんがセリフを交わしながら地平線の向こうからドリブルしてくるシーンが数分続くことがあります。つまりそのくらい長くお前はドリブルしているぞ、という皮肉を言ったわけですね。

言葉もよくわからないリトアニアで日本人の僕が日本のサッカーマンガ『キャプテン翼』を例に出して怒られるってすごいことだなと思いました。しかもチームのみんなもその様子を頭でイメージできるので周りで笑うんですよ」

丸山氏曰く、リトアニアで流れているアニメはアメリカや日本の吹き替え版で現地のものはほとんどなかったという。マンガも日本のものと比べるとレベルが低い印象を受けた。遠い異国の地で圧倒的知名度を誇る日本のマンガに大きな可能性を感じていたのである。

実はマンガのプロジェクトを始める前は映画監督や小説家に興味があったという丸山氏。元々自身のブログでその文才を発揮しており、そちらで道を開けていたかもしれない。

結果として現在マンガ制作に携わっていることを考えると丸山氏はクリエイティブな仕事に縁があるのかもしれない。

それは祖父の影響だ。

祖父の丸山徹氏が「ジュラシック・パーク」の恐竜をデザインした人物だというのだ。大阪から渡米し、ロサンゼルスで模型店を営んでいた徹氏が恐竜の原型模型を制作したという。

「クリエイティブなことをしたい願望は祖父の影響を受けているんでしょうね。付随してものづくりに関して妥協をしたくない気持ちが強いです。

お金うんぬんではなく、納得いくものを作りたいんです。ビジネスなのでそうも言っていられませんが、本音は売れなくても納期を過ぎてもいいとさえ思っています」

Jリーグクラブのある地域すべてでご当地マンガをつくる

そんな丸山氏が現在構想している作品はこれまでのサッカーマンガとは一線を画すものだ。

特徴的なのが、Jリーグクラブがある54地域すべてのご当地マンガを作り、同じ世界、同じ時間軸でストーリーを進行させるところにある。サッカーマンガといえば主人公が幼少期に競技を始めるところから始まり、隣町や近所のライバルと切磋琢磨するというのが定番だろう。

丸山氏が構想している作品では、そのようなストーリーが地域ごとで立てられた主人公を中心に進行していき、やがて主役同士が同じ全国大会で対戦したりするのである。

たとえば、もし東京編の主人公が小学生の全国大会に出場して、決勝で大阪に3-2で勝てば、同じ時間軸で進行する大阪編の主人公は2-3で東京に負けてしまう。

あるいは東京編の主人公の必殺技の秘密は、夏休みの合宿滞在先の長野編に描かれたりする。

つまり1つの地域だけのマンガを読んでいてもストーリーは完結しない。各地域編に散りばめられた物語の伏線を回収することで、ようやくその全貌が明らかになるというのがこのマンガの最大の醍醐味である。


丸山氏のマンガの構想(イラスト:丸山氏提供)

マンガの中には各地域の食べ物、名所、街の様子などを細かく描き、愛着も持ってもらえるように工夫をする。

さらに電子書籍版ではそういった名物の関連情報をリンク表示させ、マンガでありながら地域情報誌としての役割を持たせる予定になっている。

現在はそのような壮大な作品の計画に先駆けて、Jリーグ54クラブのマスコットキャラクターが登場するサッカーマンガの制作に着手。

これからの課題として、まずは親しみやすいマスコットキャラクターをメインの題材に据えることでより幅広い層に向けた会社の認知度向上と、Jリーグのライセンス取得・運用、出版の実績を作ることが狙いだ。

今いちばん会いたい人物は村井チェアマン

このプロジェクトがスタートした4月から、各地域のマンガ家や出版関係者、リーグ、54のクラブ関係者などと会って構想を膨らませている。


マンガの構想はまだ始まったばかりだ(イラスト:丸山氏提供)

丸山氏が今一番会いたい人物はJリーグの村井満チェアマン。

というのも村井チェアマンは「Jリーグをつかおう!」という発想のもと、今年25周年を迎えたJリーグをさまざまな分野で活用できる場所として開放していく方針を示している。

そういう意味で丸山氏が作っているマンガはまさにJリーグと地域をつなぐ1つのツールになりうる可能性がある。

最後にマンガのプロジェクト成功に向けた意気込みを聞いた。

すると、「現役ほど熱くなれるものはない」と本音を漏らしたうえで「今の自分の長所は若いことと体力があることだけ」と語り始めた。

「僕はまだ26歳で何かを成し遂げたわけじゃないし、優れた能力や学歴があるわけでもない。でも大概のことは若さと体力があれば乗り越えられるものです。大きな壁が目の前にあったとして、それを解決するのは小手先のスキルじゃなくて、最終的にはなりふり構わず長い距離を走り続けられるかどうか。

あくまで個人的な意見ですが、僕自身は30歳くらいまでは寝る間も惜しんで働くのもいいと思っています。こんなことを言うとブラックだと言われそうですが、簡単にクビになったり給与未払いが発生したりするサッカー選手のほうがよっぽど過酷ですよ」

劣悪な環境下で明日の保証もなく、言葉も通じない異国の地で生き抜いてきた丸山氏だけにその言葉には重みがある。

サッカーを通して波乱万丈な人生を歩んできた丸山氏に吸い寄せられるかのように、会社には個性的なキャラクターと異なる経験・スキルを持ったメンバーが集まってきた。

日本が世界に誇るカルチャーの1つであるマンガとサッカーを掛け合わせ、新たな世界を生み出す丸山氏とその仲間達の挑戦。ワンディエゴ丸は今、“スポーツマンガ革命”を起こすべく、大海原へとこぎ出した。

(文中一部敬称略)