かつて“世界の亀山”として知られたシャープの亀山工場(記者撮影)

液晶テレビ「アクオス」の生産拠点として2004年に稼働して以降、一時代を築いた“世界の亀山”ことシャープの亀山工場(三重県・亀山市)。テレビ事業が大幅に縮小してからも、生産ラインを一部売却し、スマホやタブレット向け中小型パネルの生産に乗り出すなど、形を変えながら存続してきた。

だが昨今、シャープを買収した台湾・鴻海精密工業が進める“分業体制”により、亀山工場の稼働率が大きく下がっていることがわかった。

12月初旬、三重県の労働組合「ユニオンみえ」など計4団体が厚生労働省で記者会見を開いた。ここで明らかになったのが、亀山工場に勤務していた外国人の派遣労働者約3000人が、シャープの3次下請けにあたる人材派遣会社ヒューマンによって、昨年末から今年10月にかけての短期間で雇い止めされていたことだ。

大量採用直後に一転、雇い止めが続出

雇い止めの対象になった労働者が、米アップルのiPhone向け部品の生産に従事していたことから、「新型iPhone減産の影響か」とする報道もあるが、実態はやや異なる。

事の発端は、2017年に鴻海が米アップルの「iPhoneX」向け3Dセンシングモジュールの組み立てを受注し、傘下のシャープがそれを受託したことにある。同年から、亀山工場内ではiPhoneなどスマートフォン向けなどのカメラ部品を中心とした電子部品を開発・生産してきた。その中で、新型iPhoneの目玉機能ともいえる顔認証システムのセンサー部品生産に参入したとみられる。


新しいラインの垂直立ち上げに向け、シャープの2次下請けにあたる派遣会社は、3次下請け企業を通じ、2017年の夏以降に日系外国人コミュニティーから大量に人員を採用。昨年10〜11月頃には「時給1300円」「月収37万円」といった好待遇を提示し、一時は4000人近い労働者を集めて人海戦術を繰り広げた。

だが状況が一変したのは、労働者を大量採用してからわずか数カ月後の昨年12月ごろ。「安定した職があると約束されて、友達と一緒に三重県に来たのに、12月ごろ一気に400人がクビになった」(今年9月に雇い止めされ、会見に出席した元労働者のスズキ・ファビオラさん)。

そもそも3Dセンターモジュールは製造工程が複雑で、歩留まりが低迷していた。シャープ関係者によれば、鴻海と、傘下の台湾タッチパネルメーカーGIS(業成)の責任者が亀山工場に赴き、陣頭指揮にあたったという。

そんな中、鴻海が中国にあるGISの工場へ生産を移管すると決めたのだ。その理由は不明だが、なかなか立ち上がらない生産を見かねた鴻海が、見切りをつけた可能性はある。「(鴻海の)テリー・ゴウ会長が、亀山の歩留まりが上がっても日本国内では割に合わないと判断したのかもしれない」(みずほ証券の中根康夫シニアアナリスト)。


かつて亀山工場で生産されていた液晶テレビ「アクオス」はシャープの屋台骨となっていた(写真は2004年開催の家電見本市「CEATEC」、撮影:吉野純治)

ヒューマンの説明によれば、最終的に今年10月までに3000人弱が離職した。ただ、三重県庁の雇用対策課担当者によれば、シャープ側は県庁に対して今年3月に500人、7月に250人の計750人が離職したと説明しており、離職者数に大きな食い違いがある。

センサー部品の企画・開発は亀山で続いているというが、生産ラインはいまだ空いたまま。同工場ではiPhone向けの液晶パネルも生産しているが、新モデルの減産により今期は苦戦する可能性が高い。亀山工場の稼働率は激減するもようだ。

シャープ生産の海外移管が止まらない

鴻海がシャープの買収を決めた理由は、主力であるEMS(電子受託製造)のパイ拡大と、同社が持つ技術力である。コスト競争力のないシャープの国内生産を、鴻海グループの拠点も含めた海外工場へ移管することは買収時からの既定路線だった。


「日本製」をウリにするシャープの冷蔵庫だが、2019年には海外に生産を移管することが決まっている(写真はビックカメラ有楽町店、記者撮影)

一部の液晶パネルの生産はすでに順次、鴻海や傘下のイノラックスの拠点へと移管が進んでいる。さらに2018年末までに栃木・矢板工場がテレビ生産から、2019年9月には大阪・八尾工場での冷蔵庫生産からの撤退も予定されている。

そのうえでシャープは、付加価値の高い技術の開発と、最終製品のブランド力向上に努めるというのが、鴻海傘下でのシャープ再生の筋書きである。グループ内での生産最適化といえば聞こえはいいが、「何の生産をどこに移すかを決めるのは鴻海であり、シャープ側に拒否権はないのが実情だろう」(シャープに詳しいDSCCアジア代表の田村喜男氏)。

液晶に注力する戦略を打ち出した町田勝彦・シャープ元会長は、かつてこんな言葉を残している。「生産技術はいわば老舗うなぎ屋の秘伝のタレみたいなものだ。自前でコツコツ積み上げていくものである。しかし、モノを作らなければ生産技術は進化しない。せっかくつくりあげた秘伝のタレは本来、門外不出だからこそ商売になるはずだ。安易な海外移転は秘伝のタレをやすやすと分け与えているようなものである」。鴻海傘下でシャープが歩む道は、この教えの真逆を行くものだ。

シャープの雇い止め対応は「不十分」

工場が立地する地方自治体も悲痛な声を上げる。亀山工場のおひざ元、三重県庁では、すでに人員削減が始まっていた今年3月と7月にシャープから事情説明を受け、雇い止め対象者に対して十分な説明をすること、再就職にあたって十分なフォローをするよう求めてきたが、「対応は十分ではなかったようだ」(三重県雇用対策課)。


12月初旬、労働組合「ユニオンみえ」など4団体がシャープの雇い止め問題について、厚生労働省で記者会見を開いた(記者撮影)

大量の労働者が突如、職を失ったことで、地元のハローワーク鈴鹿には2月ごろから大量の求職者がなだれ込んだ。日本語が話せない人が多く、ポルトガル語やスペイン語の通訳を用意して対応。ピーク時には、1000人近くの対応に追われたという。

ハローワークのある職員は、「あくまでも私見だ」と前置きをしたうえでこう嘆く。「日本企業だったときは地域の利益になることを、という思いがあったかもしれないが、鴻海が買収してからは変わってしまった。外資系企業だから、契約第一、自社の利益第一主義なのでしょう」。

亀山工場は、地域経済の活性化と雇用創出効果を狙って、三重県と亀山市が合計135億円もの補助金を支給して誘致した。だが、シャープが直接雇用する従業員数はここ数年は2000人前後で安定しており、今回のような急な受注増減の調整弁を担うのは、県内への非定住者も多い外国人労働者というのが現実だ。現在生産されている中小型液晶やテレビなども海外移管の対象となる可能性はあり、工場撤退のXデーにおびえる日々を送っている。


2017年度には、前年度の248億円の最終赤字から一転、700億円超の過去最高純益をたたき出したシャープ。鴻海や、鴻海出身の戴正呉社長による改革の成果が出ていることは事実だ。だが「秘伝のタレ」を分け与えた結果、鴻海への依存度は良くも悪くも高まる。さらに、日本以外では知名度が高くないシャープをブランド化するハードルも高い。「シャープ復活」を断言するのは、まだ早急だ。