ボストン・レッドソックスの用具係は、ようやく”背番号70”を長くつけられる選手を見つけることができた。

 近年、その背番号を4人もの選手に与えてきたが、誰ひとりとして次のシーズンにつけた選手はいなかった。

 メジャーでは、高い数字の背番号はあまり期待されていない選手に配られるケースが多い。レッドソックスでも、ベテランや実績を残した選手は数字の低い背番号をつけることが多く、それらの背番号を確保するため、用具係はあまり期待されていない選手には高い数字の背番号を渡す。

 事実、先述した70番を背負った4人の選手も、全員がシーズン途中に昇格した選手たちだ。それに昇格してすぐに結果を出した選手は、案の定、翌年には低い数字の背番号に切り替わるので、高い数字の背番号をつけ続ける選手はほとんどいない。


レッドソックスのワールドシリーズ制覇に貢献したライアン・ブレイシア

 2018年シーズンもこれまでと同じく、7月上旬に無名の中継ぎ投手がメジャーに昇格した。彼の名はライアン・ブレイシア(31歳)。2017年に広島東洋カープでプレーしていた選手だ。

 カープと契約した時も大きく報道されることもなく、平凡な成績でシーズンを終えたためにその年限りで解雇となり、今年の春季キャンプ中にレッドソックスとマイナー契約を結んだ。

 マイナーで好成績を挙げ、7月に昇格を果たしたが、背番号70を渡されたという事実が、ブレイシアがあまり期待されていなかったことのなによりの証拠である。

 しかし、ブレイシアは期待をはるかに超える活躍をしてみせた。メジャーにとどまっただけでなく、レッドソックスで最も信頼されるリリーフとなり、ワールドシリーズ制覇にも大きく貢献した。

 驚いたことに、用具係はカープ時代にブレイシアが背番号70だったことを知らなかった。すぐに交換できる数字を探していたところ、偶然にもカープ時代と同じ背番号を割り当てたのだ。

 人気があるとは言いがたい番号にもかかわらず、ブレイシアはこの「70」を手放すつもりはないと明かした。

「今まで自分の背番号を気にしたことは一度もなかったのですが、2年続けて70番をつけ、しかもそのうち1年はワールドシリーズ制覇ですからね。この背番号でこれからもいこうと思います。70番を背負っていると、日本でプレーしたことも思い出させてくれますしね」

 カープ時代のブレイシアは一軍と二軍を行ったり来たりで、一軍での登板は26試合にとどまった。それでも日本での経験はすごく意味があったとブレイシアは言う。

「望んでいたような成績を残せませんでしたが、日本で過ごした時間はとても有意義でした。二軍で取り組んだことは、今年の成功に絶対に役立っていると思います。カープに入団した時、数年間滞在する予定でしたが、結果的にそうはなりませんでした。もちろん、カープが私を呼び戻さなかったことはとても残念でしたが、今となってはよかったと言うしかありません」

 ブレイシアが世界一メンバーになるまでの道のりは長く険しかった。

 2007年にロサンゼルス・エンゼルスから6巡目でドラフトされた。大学で捕手から投手に転身して間もない時だった。2013年にメジャーデビューを果たしたが、7イニングを投げただけで解雇されてしまった。その後、オークランド・アスレチックスと契約したが、結局メジャーでの登板はなかった。

 90マイル半ば(150キロ前後)のストレートがブレイシアの武器だったが、その一方でコントロールに不安があった。日本では、とくに制球力の強化に努め、カープからリリースされたことに失望したが、自信を持ってアメリカに戻ってきたと言う。

 とはいえ、広島からたった1年でリリースされたブレイシアとすんなり契約するチームなどあるはずがなかった。それでも日本でレベルアップしたことを見てほしいと、ブレイシアはメジャー全30球団にメールや電話で連絡を取った。アリゾナでトライアウトを行なうと伝えたが、ほとんどの球団が興味を示さなかった。

 結局、見に来たのは8球団だけ。しかもその後、スプリングトレーニングが始まっても、ブレイシアのもとにはどこからも連絡がなかった。

 しかし、3月になってから状況は一転。ブルペンの層を厚くしたいレッドソックスとマイナー契約を交わしたのだ。メジャーキャンプには行かず、直ちにマイナーキャンプに招かれ、AAAでシーズンをスタートさせた。開幕から好調を維持したブレイシアは7月にメジャーに昇格を果たすと、気がつけばチームにとって欠かせない存在になっていた。

 今季、42セーブを挙げたクレイグ・キンブレルがFAになったため、レッドソックスはクローザー不在になる可能性がある。デーブ・ドムブロウスキー編成本部長はメディアに対し、ブレイシアに期待していると話し、クローザー抜擢も示唆した。

「我々は今いるメンバーにクローザー候補が数名いると思っています。なかでもマット・バーンズとライアン・ブレイシアがトップ候補です。だから、クレイグ(キンブレル)がこのポジションにいなくなれば、このふたりのどちらかから選ぶか、他球団からの獲得を考えないといけません」

 ちなみに、ブレイシアはすでにクローザーの経験がある。実際、レッドソックスがブレイシアに目をつけたのも、このポジションでの成功だった。7月の昇格までAAA・ポータケットでクローザーを任されていたブレイシアは、安定感あるピッチングを披露していた。

 メジャー昇格後もセットアッパーとして活躍したブレイシア。34試合(33.2イニング)に登板して2勝0敗、防御率1.60という成績を残したが、彼のすごさを示す数字がある。

 投手の能力を示す数値のなかにWHIP(与四球と被安打の合計を投球回で割ったもの)というのがあるが、これは1イニングあたり何人の走者を出したかを表すもので、1.0未満で球界を代表する投手と言われている。ブレイシアのWHIPはなんと0.772。つまり、ほとんどランナーを出さなかったというわけだ。33.2イニングで29個の三振を奪ったが、四球はわずか7つしかなかった。

 20イニング以上投げたア・リーグの投手のなかで、ブレイシアはWHIPで2位、防御率で5位の成績だった。

 ポストシーズンでも好投が続き、9イニング投げて防御率1.04、WHIP1.385を記録し、チームトップとなる5ホールドも挙げた。

 はたして来シーズン、ブレイシアはクローザーを任されるのか、それともセットアッパーを務めるのかはわからない。ただひとつ言えることは、来季もカープ時代からの背番号70をつけてマウンドに上がることだけは間違いない。