猫も杓子(しゃくし)もSUVを発売する自動車メーカーの心情とは?(撮影:風間仁一郎、大澤誠、梅谷秀司)

SUBARU「フォレスター」、ホンダ「CR-V」、三菱自動車「エクリプス クロス」、BMW「X2」、ボルボ「XC40」、ジャガー「E-PACE」、アルファロメオ「ステルヴィオ」――。今年、日本車・輸入車各社から発表された新型車だ。
共通するのはSUV(スポーツ用多目的車)だということ。自動車業界ではSUVの国内販売台数はこの5年で2倍の成長を遂げたと言われている。もちろん世界的にも成長しており、ランボルギーニ「ウルス」、ロールス・ロイス「カリナン」などといったスーパースポーツカーメーカーや超高級車メーカーもSUV市場に参入するほどの活況を呈している。
中でもトレンドの中心にあるのは、SUVが持つタフなイメージを踏襲しながら、アスファルトの上を快適に、かつスポーティにと、乗用車的な感覚で乗りこなせるクロスオーバーモデルといえる。なぜ、SUVはここまで人気を得たのか。東洋経済オンライン「自動車最前線」の書き手である森口将之、西村直人、藤島知子の3人が、SUVブームについて徹底的に語り合った(司会は武政秀明・東洋経済オンライン副編集長)。

ポルシェ初のSUV「カイエン」は間違いなく冒険だった

――自動車業界は今や猫も杓子​もSUVです。


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森口 将之(以下、森口):自動車メーカーが保守的になっている象徴だと思います。2002年にポルシェが発売した初のSUV「カイエン」は間違いなく冒険でした。ところが、今のポルシェは半分以上の販売台数をSUVが占めています。そんなことから今、新しい分野には進出したいが確実にビジネスとして成功させたいという思惑がある多くのメーカーがSUVに参入するのでしょう。

藤島 知子(以下、藤島):カイエンのヒットは当時、あのポルシェのブランド力とスポーツカーメーカーというイメージに乗っかりたい人が、あれほどいたことに驚かされましたよね。

森口:ポルシェの代表的なスポーツカーである「911」1台では生活シーンすべてをカバーするのは不可能な人が多いでしょう。カイエンのようなSUVは要するにファミリーカーとしてのポルシェです。(戦略として)ファーストカーを奪いにいくということだったのでしょう。セダンではフォーマルすぎるし、ミニバンでもないというなかで、SUVならばと思いついたのでは?

藤島:スポーツカーに乗りたくてもライフステージが変化して、家族ができたら乗り続けることは実際難しいですからね。


西村直人(にしむら なおと)/交通コメンテーター。1972年1月、東京都生まれ。WRカーやF1、さらには2輪界のF1と言われるMotoGPマシンでのサーキット走行をこなしつつ、4&2輪の草レースにも精力的に参戦中。また、大型トラックやバス、トレーラーの公道試乗も積極的に行うほか、ハイブリッド路線バスやハイブリッド電車など、物流や環境に関する取材を多数担当。日本自動車ジャーナリスト協会(AJAJ)理事。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。近著に『2020年、人工知能は車を運転するのか』がある。(撮影:梅谷秀司)

西村 直人(以下、西村):今のSUVは「最大公約数」ですね。1台ですべてを賄おうとするとSUVはこうしたスペック、ブランド力、価格帯のクルマになるかと思います。たとえば輸入車のSUVに魅力を感じている人はそのブランド力も欲しいわけで、決して安価なSUVが欲しいわけではなく、だからといって極端に高いSUVを購入するわけでもありません。その意味で、しっかりとしたブランド力があり、スポーツカーの要素を含んだSUVが欲しいとなると、ポルシェは、すごくはまる。

SUVの先駆者であるトヨタ「ハリアー」、SUBARU「フォレスター」、輸入車ではメルセデス・ベンツ「Mクラス」などは、もともとは本格的なSUVの性能とセダンの実用性を掛け合わせたクロスオーバーとして誕生した経緯がありました。それがいつしかさまざまな形態へと進化し、BMWのようにSAV(Sports Activity Vehicle)や、SAC(Sports Activity Coupe)など細かく分類するメーカーも出てきている。ここには競争が激化する中で、特化したカテゴリーを打ち出して需要を取りたいという狙いがあるのでしょう。世界中の自動車メーカーがSUVをラインナップにもっているという実状から、SUVの飽和が近づいているようにも思います。

SUVは新鮮味を出す格好のツール

藤島:クロスオーバーとは、別の要素のものを組み合わせるということです。スポーツクーペとSUVで組み合わせるケースもあるし、高級車とSUVの組み合わせもあり、変化を出しやすいんですね。自分たちのブランドの価値を継続するために、何かしらの変化がないと新鮮味を維持できないと考えたときに、SUVは格好のツールではないでしょうか。

西村:その意味でパワートレーンに注目すると、SUVはプラットフォームの関係から最低地上高を確保しながらも床下を高く取れるので、たとえば燃料電池車(FCV)や電気自動車(EV)のベース車両にもなりえます。実際、メルセデス・ベンツの「GLCクラス」ではプラットフォーム1つで一般的なガソリンやディーゼルエンジンの内燃機関モデル(ICE)、EV、FCVの3つのパワートレーンを実現している。このようにSUVはいろんな意味で自由度が高い。

森口:さまざまな技術の積み重ねに対する違和感もなくなってきています。それが乗った人が「これだったらいい」と思える理由の1つでしょう。特にヨーロッパはスピード違反の取り締まりがすごく厳しくなって、スピードを出さない方向性になっている。さらに背の高いクルマをうまく走らせることができる技術の進歩が重なった。逆に言うと今のSUVを知ってしまうと「なんで今までこんな背が低くて乗り降りしづらいクルマに乗っていたのだろう」と思いますよ。

SUVはメーカーの利ザヤ稼ぎにも貢献

森口:新規参入は、アルファロメオ、マセラティ、ジャガーなど割とスポーティなブランドが多い。スポーティなイメージというのを掛け合わせて、実用性の中で反映させるのにSUVは表現しやすい。


森口 将之(もりぐち まさゆき)/モビリティジャーナリスト。1962年生まれ。移動や都市という視点から自動車や公共交通を取材。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。著書に『富山から拡がる交通革命』(交通新聞社新書)(撮影:梅谷秀司)

藤島:ひと月に1万台を超える販売台数を記録したトヨタ「C-HR」が象徴的ですね。スポーティなものは欲しいけど、家族の同意が必要だったり、若い人なら友達と一緒に出掛けたかったりする中で、ある程度の実用性も持ってないとそもそもクルマとして持てない時代になってきている。その折り合いがつくちょうどいい場所にSUVがある。

西村:C-HRと並び三菱「エクリプス クロス」も個性がある。割と走りの方向に振って、しかもオンとオフに対応できるのが三菱らしい。“なんちゃってSUV”ではなく、しっかりと三菱の良さが出ている。

藤島:あんなにいい汗かけるクルマもなかなかないですよね。

西村:一方で輸入車含めて、すごい性能だとは思うけど現実味が薄いのが難点。大排気量のハイパワーエンジンを積んだSUVは確かに存在感がたっぷりだし、一気に加速したときは素直に楽しいんだけど……。これらを総合すると、高額付加価値商品としてメーカーの利ザヤを稼ぐためにもSUVは貢献しているのかな、とも思います。

藤島:メーカーの儲けを考えると、SUVはこだわりをもってクルマ選びをする人が多いから、収益率が高いと言われている。メーカートータルの利益を考えたときに、価値ある機能性や魅力的な商品にお金を払ってもらいやすいという意味で稼ぎ頭になりうるワケです。

――今年、日本車も輸入車からも新型SUVの発売が相次ぎました。通常、新車開発には少なくとも3〜5年の時間が必要なはずです。各社はそんな前から今のトレンドをつかんでいたのでしょうか?


藤島知子(ふじしま ともこ)/モータージャーナリスト。幼い頃からのクルマ好きが高じて、市販車やミドルフォーミュラカーなどのレースに参戦。2017年は女性初のプロレースシリーズの競争女子選手権「KYOJO CUP」に参戦するなど、自身のドライブ体験を通じたリポートも行っている。テレビ神奈川の新車情報番組「クルマでいこう!」は出演10年を迎えた。日本自動車ジャーナリスト協会会員、2018-2019 日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員(撮影:梅谷秀司)

西村:そもそも1990年代後半からSUVは一度も廃れてないと思います。ステーションワゴンが一定数で頭打ちとなっていく中で、SUVは時に右肩上がりの急成長を迎えながら市場を拡大してきました。そんな事情もあって、世界中の自動車メーカーから新型SUVの発表・発売が相次いでいるのでしょう。

森口:西村さんが言われたように、SUVのマーケットが今も膨らみ続けているのは、いろんなすき間商品が出てきていることもある。たとえば2列シートタイプだけではなく、3列シートタイプのSUVも出てきています。もともとSUVは車高が高いのに、機械式の立体駐車場に入る低いタイプも見受けられます。

もともとSUVは1960年代にアメリカのフォードなどが確立したカテゴリーです。セダンに比べると歴史が浅い。だからこそ、まだいろいろできることがあると思います 。一方で、出尽くしぎみかなっていう感じもしなくもない。今後は、三菱みたいな付加価値を持っているブランドが強みになってくる。

ホンダ「レジェンド」はSUVがよかった?

――今年、ホンダから高級セダンの「レジェンド」が発表されましたが、あれをSUVでやる手はなかったのかと個人的に思いました。スポーツカーメーカーのポルシェが「カイエン」や「マカン」で、ランボルギーニが「ウルス」でSUVを投入しているのだから、技術的に不可能ではないのでは、というのは素人考えかもしれませんが。

西村:絶対そのほうが売れたと思います。ただ、高級セダンとしてのレジェンドを造り続けることはホンダの意地なのかなとも感じますね。

森口:確かにスーパースポーツカー「NSX」でも定評のある、あのスーパー4WDメカニズムを積んだSUVがなぜないのかという疑問はあります。


シェアリングがメジャーになっていくなか、SUVのブームは続くのか(撮影:梅谷秀司)

西村:ホンダが北米で売っているアキュラには、強力なエンジンを積んで10速ATとレジェンド譲りのSH-AWDを組み合わせたSUV「RDX」があります。確か左ハンドルしか造っていなかったはずですが、国内に入れたら一定数受け入れられる可能性はありそうです。

藤島SUVが各メーカーの個性を表すツールだと考えれば、ホンダにもスーパーSUVというラインナップはあってもいいですよね。

SUVの競争は今後も激化

――この先のSUVブームをどう展望していますか。

西村:大きく右肩下がりにはならないと思うけれども、飽和状態には確実に近づいている。まずエッジの立った高額なSUVだとか、極端に小さなSUVとか、最大公約数的な要素を持たないSUVが最初に淘汰されていくでしょう。一方で、走行性能を高めたアルファロメオのステルヴィオや、新たなデザインテイストを携えたBMWのX2など、総合性能が高く、それでいてある部分に特化したSUVの活路は出てくると思う。

森口:この先シェアリングがメジャーになっていくだろうけど、SUVはシェアリングになりにくいカテゴリーだと思います。もっと小さくて小回りが利くクルマのほうがシェアリングのメインになる。そういう部分では、今までどおり造って、売って、買うビジネススタイルが通用しやすい。でも大体もうほとんどのブランドから出ているし、これからは競争が激しくなってその中で落ちていくモデルも出てくる。

藤島:所有する喜びや自分らしさを演出するツールとして考えたときに、やはりSUVは魅力的。まだまだ新しさを表現するベースの可能性はいろいろあると思う。ただ、これは必要、これはいまいちというのは歴然とした差になる。もう少し整理されていく気はしますよね。