レクサスの新型SUV「UX」の米国仕様モデルから始まる「新しいクルマの売り方」とは?(写真:トヨタグローバルニュースルーム)

トヨタ自動車は近く発売するレクサスのSUV「UX」の米国仕様モデルから「サブスクリプションサービス」を開始する。サブスクリプションサービスとは、自動車産業で最近注目されている新たなローンで、いわばマイカーの「賃貸契約」。利用期間に応じて料金を払って自動車に乗る仕組みだ。

維持経費コストが含まれ給油サービスなどにも対応

トヨタのサブスクリプションサービスの詳細は明かされていないが、今後、このサービスは自動車業界全体で拡大していくと見られている。すでにBMWは毎月定額で約9万円払えば、好きなクルマを選んで乗って、それを取り替えてもOKという販売手法を一部地域で導入する計画を打ち出している。ボルボも同様の販売手法を強化していく方針を示している。


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一般的にサブスクリプションローンには、損害保険、車検、税金などのクルマの維持管理コストが含まれているうえ、オプションで、洗車やガソリンスタンドでの給油サービスなどにも対応する。スマートフォンキーを用いて、クルマのトランクを宅配ボックスとして活用して不在時に荷物を受け取るサービスも想定されている。

こうしたやり取りがスマホを活用したプラットフォーム上でできるようになり、顧客の利便性は増す。同時に自動車の販売店は、ユーザーのニーズをくみ取り、きめ細かに対応する高級ホテルのコンシェルジュ的なセンスが求められる。

サブスクリプション契約はこれまでソフトウエアの販売などで用いられてきた手法。たとえば、ウイルスバスターのサービスはパソコン購入時などに契約すれば契約期間中は、最新版を更新し続けられるのがそれに当たる。

なぜ、自動車業界でサブスクリプションローンが拡大していくのか。その解はカーシェア・ライドシェアの爆発的な普及と、EV化にある。

米ウーバー、中国の滴滴出行(DiDi)、東南アジアのグラムなど世界では移動の需要とニーズをスマホ上で効率的にマッチングさせるライドシェアの存在感が増している。2017年、ウーバーの利用者は年間約8000万人、乗車回数約40億回、DiDiは利用者が約5億人、乗車回数約74億回だったとされる。国内では「タイムズカープラス」に代表されるカーシェアの普及によって、自家用車を持たなくても15分単位で簡単にクルマが借りられるサービスが拡大している。

クルマ販売のビジネスモデル転換期への突入

特にカーシェアのユーザー層は、維持コストを考えて、クルマを保有せずともよいと考えるシェアエコノミー謳歌派とも言える。こうしたユーザー層は、若者だけに限らず、筆者の周辺でも、可処分所得の少なくなった年金生活に入った60歳台半ば以降の人にも見られるようになった。ある知人は「クラウンに乗っていたけど、家内と相談して売却してカーシェアに切り替えた」と語っていた。

自動車メーカーにとって頭が痛いのは、利益率の高い高級車に乗っているユーザー層もカーシェアに流れるかもしれないことだ。誰もがマイホームを持つ、マイカーを持つといった一律的な消費の時代ではない。消費に対する価値観は多様化している。可処分所得の多寡や年齢にかかわらず、経済合理性を判断して、クルマを保有するのか、シェアするのかを選ぶ消費者は今後も増えるだろう。

サブスクリプションサービスのプラットフォーマーは、自動車メーカーや系列ディーラーの専売特許ではない。異業種からの参入も想定される。たとえば、アマゾンや楽天などの有力企業がこうしたサービスを始めることだって想定できる。クルマ販売のビジネスモデルが大きく変化する時代に突入しているのだ。

加えてEVシフトもサブスクリプションサービスの導入を加速化させるだろう。これまで大手自動車メーカーは資金力をバックに、高級車を「残価設定ローン」で販売し、所得が高くなくても高級車に乗りやすいローン商品を提供していた。たとえば、500万円の新車の3年後の残価を250万円と予め設定し、走行距離などの諸条件をクリアすれば、3年後に250万円で引き取ることを約束しているような売り方が残価設定ローンだ。

メーカーは、ローン債権を転売し、引き取った中古車を引き取り価格よりも高く売ることで利益を出した。低所得者が高級車を買いやすくしているという点では、かつての「サブプライムローン」と構造は似ている。

ところが、EVの普及によって、こうした売り方も難しくなることが予想される。「残価設定ローン」が成り立つためには、メーカーがあらかじめ決めた「残価」が価値として残っていることが大前提となる。ガソリン車やディーゼル車であれば、過去の利用状況などから勘案して残存価値を想定できたが、EVは残存価値に「個体差」があるため、それがしづらい。街の中古車販売店で、外見はそう悪くはないEVの中古車が10万円で投げ売りされているのを見る機会があるが、EVの残存価値は概して低いからだ。

その理由は簡単だ。スマートフォンは、頻繁に充電する人、電池残量がなくなってから充電する人、さまざまな使い方によって電池の寿命が大きく違ってくる。実はEVの電池もそれと同様で、EVの残存価値は使い方によって「個体差」が出てきてしまうため、一律では決められないのだ。

こうなると、残価設定ローンという仕組みが使えなくなる。そこで、自動車メーカーが目を付けたのが「サブスクリプションサービス」だ。残存価値を気にせず消費者が高級EVを受け入れやすくする新たな仕組みと言えるだろう。

カーシェア普及の影響をもろに受ける大衆車メーカーであり、かつ、レクサスを世界で売る高級車メーカーでもある「2つの顔」を持つトヨタは、モビリティサービスのプラットフォーマーの台頭、クルマの残存価値に対する考え方の変化に対し、かなり強い危機感を持っている。先日発表されたソフトバンクグループとの提携もこの危機感から、トヨタみずからが仕掛けて成就させた。

その危機感は役員人事からも見て取れる。トヨタは今年6月14日の株主総会での役員人事で、平野信行・三菱UFJフィナンシャルグループ(MUFG)社長を社外監査役に迎え入れたことは、トヨタの危機感の表れの1つだ。

ここで少しトヨタと銀行の関係について歴史的に振り返ろう。トヨタの主力取引銀行は旧三井銀行だった。創業の頃、三井物産から支援を受け、豊田章一郎名誉会長夫人である博子氏も三井本家出身であるように、トヨタは三井財閥とのつながりが深い。

これに対して、トヨタが戦後に経営危機を迎えた際に、融資を真っ先に引き上げたのが旧住友銀行だった。このため、旧住友銀行はトヨタと長らく取引ができなかった。1990年代、章一郎名誉会長の実弟で元トヨタ社長の達郎氏の長男である達也氏と、旧住友頭取で中興の祖と言われた堀田庄三氏の孫娘が結婚したことで、トヨタと旧住銀の歴史的な和解が成立したと言われた。

時代も流れ、旧三井と旧住友が合併し、三井住友銀行となり、旧三井に続くトヨタのメーンバンクだった旧三和銀行、旧東海銀行の2行も三菱UFJ銀行となり、メガバンクが誕生した。

このため、旧財閥の流れはもはや関係ないと見る向きもあるが、創業家がまだ強い影響力を残すトヨタでは、まったく関係がないわけではない。現に今年1月に三井住友銀行常務からトヨタ常務に転籍した福留朗裕氏は旧三井出身である。今年6月から社外取締役に就いた三井住友銀行の工藤禎子常務も旧三井入行だ。

一方、平野氏は旧三菱銀行入行であり、生粋の三菱系のトップであり、トヨタや豊田家との関係が深いわけでもない。平野氏を受け入れた狙いについてトヨタ系企業の役員はこう見ている。「ずばり新しい販売・決済システムをグローバルに導入していくことに対して、邦銀の中ではグローバル経営に関して抜き出てセンスのよい平野氏の知見を経営に採り入れる狙いがあるのではないか」

トヨタの「オールジャパン」の構想

トヨタは最近、「オールジャパン」という言葉を好んで使い、あらゆる事業領域で日本の産業界の叡智を結集する動きを模索しようとしているが、系列外の銀行トップを社外監査役に入れることで、その動きを加速させたい考えがあるようだ。

カーシェアのユーザーは、クルマ、飛行機、電車、シェア自転車、バスなどさまざまな交通手段を使いこなして効率的な移動を目指す。トヨタが目論むのは、こうしたユーザーの決済も自社に取り込むことだ。トヨタはすでに、トヨタファイナンスが自前のクレジットカードを発行しているが、クレジットカード機能にとどまらず、世界の交通機関で使える決済システムをいかに構築するかの検討に入っている模様だ。

オールジャパン構想は、平野氏の「入閣」だけではない。今年5月のメディア向け決算発表の席に、突如、東京海上ホールディングスの永野毅社長が現われ、豊田章男社長に、「企業が永続的に続くには何が必要か」などと質問して、報道陣を驚かせた。

トヨタ内部には「東京海上も三菱系でトヨタ系列外だが、日本最大の保険会社グループとも密に連携していくことをアピールする狙いがあったのではないか」との声もある。今後、売り方が変化していくなかでは、ディーラーが収益源の1つとしている損害保険の在り方も含まれる。

自動車産業は100年に一度の変革の時代を迎えたと言われているが、これは、開発や生産といったモノ造りの分野だけではない。販売・決済システムにも大きな変化の波が押し寄せてきている。