現行「GT-R」。発売10年以上が過ぎても世界に通用するスーパースポーツカーには違いないが…(写真:日産自動車ニュースルーム)

日産自動車GT-R」。あの名車、「スカイラインGT-R」の流れをくむ、世界でもトップクラスのスーパースポーツカーだ。現行R35型GT-Rは2007年12月に日本で発売。標準車は800万円を切る車両本体価格なのに、1台数千万円の値をつける海外のスーパースポーツカーと互角以上の力を見せ付けるという鮮烈なデビューを果たした。
あれから10年。日産は毎年のように、GT-Rのイヤーモデルを出して改良を重ね、少しずつ性能を高めつつ熟成させてきた。一方で、「次期型GT-Rの発売が迫っている」という情報は自動車業界で聞こえてこない。
GT-Rは、いったいどうなってしまうのか。塩見智、山本シンヤ、五味康隆という東洋経済オンライン「自動車最前線」の書き手3人が、GT-Rについて徹底的に語り合った。

モデルチェンジが遅れている理由とは

山本 シンヤ(以下、山本):R35GT-Rは毎年のように改良を重ねてきてパワーも上がっています。たとえばベース車でみるとデビュー当初480馬力だったのが、最新モデルは570馬力。高性能仕様の「GT-R NISMO」に至っては600馬力もある。GT-Rの開発責任者を水野和敏さんから引き継いだ田村宏志さんから「カタチが変わらなくても変える方法はたくさんある」という話を聞いたことがあります。


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ただ、クルマのカタチが変わらないことこそが、GT-Rファンにとって不安なんでしょうね。だけど過去を振り返ると、前身となるスカイラインGT-Rも「R32」「R33」「R34」(1989〜2002年)とフルモデルチェンジしてカタチこそ変わったものの、エンジンパフォーマンスはほとんど変わらなかった。RB26DETTと呼ばれる型式のエンジンが積まれていましたが、3世代とも最高出力は280馬力でした。

五味 康隆(以下、五味):当時、日本の自動車メーカーにはエンジンのパワーを上限280馬力に抑えるという自主規制もありましたからね。

山本:とはいえ、確かにR35GT-Rのモデルサイクルは長いですよね。

塩見 智(以下、塩見):日産もきっと、こんなに放置するつもりではなかったはずです。たぶんカタチも含めて進化させていくつもりだったと思う。いまGT-Rを造っている人たちは、当初とは別のチームでしょう? 多少アップデートしたでしょうけど、なぜあのまま続けているのか意味がわからない。フェラーリだって、5、6年でガラッと変える時代です。昔に比べてライバルは多いし、あのカタチのままで馬力がいかに進化したとしても放置しているのは解せないですね。

五味:でも、経営陣からしてみたらまっとうな判断だと思いますよ。R35GT-Rはまだ第一線で活躍できるパフォーマンスは持っています。「あのままのカタチでユーザーに売り続けられるメリットがあるのに、廃版にするのか」という話になっちゃう。

日産がGT-Rを出し続けようと思ったら、いずれフルモデルチェンジが必要になるんでしょうけど、たぶん次のモデルは今の価格帯では出せない。特別なプラットフォーム(車台)で造っているし、性能面などを考えたら、もっと高い価格で出さざるをえないからです(編集部注:最新のGT-Rはベース車「ピュアエディション」の車両本体価格が1023万0840円)。

今の日産のブランド力や販売店の店構えなどを考えると、仮に次期型GT-Rが開発されていたとして、それが1500万円ぐらいの価格設定だとしても、R35GT-Rよりももっと売れるかといったら売れません。ならば今のままR35GT-Rをしばらく造り続けたほうが得策となります。

日産がGT-Rをフルモデルチェンジしたとして、その投資分を回収できるビジネスプランは立てられないんじゃないでしょうか。


塩見智(しおみ さとし)/ライター、エディター。1972年岡山県生まれ。関西学院大学卒業後、山陽新聞社、『ベストカー』編集部、『NAVI』編集部を経て、フリーランスのエディター/ライターへ。専門的で堅苦しく難しいテーマをできるだけ平易に面白く表現することを信条とする。自動車専門誌、ライフスタイル誌、ウェブサイトなど、さまざまなメディアへ寄稿中。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員(撮影:尾形文繁)

塩見:R35GT-Rは発売当初のベースモデルは車両本体価格が800万円を切っていました。フェラーリやポルシェよりもはるかに安かった。この価格帯なら存在する意味が十分にあったと思います。パフォーマンスを考えたら全然安かったじゃないですか。ところが今はもう結構高くなっている。正直、もう台数的には全然相手にされなくなっちゃいました。

五味クルマ造りは結局、販売力をベースに考えておかないといけないので難しい。フェラーリと同じ性能を持っていても、フェラーリと同じ価格設定で売れますかといったら、日産には難しい。フェラーリが高くても売れるのは、フェラーリのブランドがあり、富裕層との強いパイプを持った販売体制も整っているからです。

塩見:歴史を振り返るとスカイラインGT-Rは1969年に初代がデビューして、2代目は1973年の1年だけ販売されました。それから16年経ってR32GT-Rが復活するワケですが、その間にスカイラインには4気筒エンジンの高性能仕様がありました。それに「GT-R」の名前は冠されなかった。

日産は中途半端な車にはGT-Rブランドを使わなかったんです。日産は今、GT-Rの「ブランド貯金」をどんどん食い潰していっていると思っています。

次世代モデルは現行の延長線上でいいのか?

山本:ただ、GT-Rの歴史を振り返ると、第1世代は桜井眞一郎さん、第2世代は伊藤修令さん、で、第3世代は水野さんと田村さんがそれぞれの開発担当者ですが、意外にクルマに共通項はありません。

初代GT-Rは、レーシングカー用のエンジンを市販用にデチューンした2000cc直列6気筒の自然吸気エンジンを搭載していました。第2世代は、レースで勝つために最適なパッケージングという造り方で、2600cc直列6気筒のツインターボエンジン。R35GT-Rは世界に向けたクルマ造りで3800ccのV型6気筒ツインターボエンジンです。


山本シンヤ(やまもと しんや)/自動車研究家。自動車メーカー商品企画、チューニングメーカー開発を経て、自動車雑誌の世界に転職。2013年に独立し、「造り手」と「使い手」の両方の気持ちを“わかりやすく上手”に伝えることをモットーに「自動車研究家」を名乗って活動。数々の海外取材で経験した「世界の自動車事情」、元エンジニアの経験を活かした「最先端技術」、編集者時代に培った「ドライビングメカニズム」などを得意とするが、モータースポーツや旧車事情、B級ネタもカバーするなど、ジャンルは「広く深く」。エンジニアの心を開かせ「本音」を引き出させる能力も長ける。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員(撮影:尾形文繁)

山本:一方で、今の日産は自動車メーカーとして電動化と自動化をコアテクノロジーとしています。市販車では電気自動車(EV)の「リーフ」が2世代目に移行しましたし、もし第4世代GT-Rが登場する可能性があるとして、現行モデルの延長線上でいいのかという話です。

五味:日産はモータースポーツではEVのレースマシンで競う「フォーミュラE」に参戦していますしね。R35GT-Rは、そもそも今の日産が目指している自動車メーカーの姿の延長線上にはないクルマだと思います。

塩見:R35GT-Rは、速いことは速いですが、フレッシュな存在ではないですよね。

山本:速さは問題ありません。それでもデビューから10年経った古さは感じます。そもそも2007年に登場したときから、R35GT-Rは「割と古典的」と評価されるデザインでした。それに、衝突回避ブレーキやアダプティブクルーズコントロールなどの先進の安全運転支援技術はほとんど搭載されていません。

10年でタイヤは大きく進化した

塩見:プラットフォームからやり直さないとそういうシステムは付けられないですからね。


五味康隆(ごみ やすたか)/モータージャーナリスト。自転車のトライアル競技で世界選手権に出場し、4輪レースへ転向。全日本F3選手権に4年間参戦した後、モータージャーナリストとしての執筆活動を開始。高い運転技術に裏付けされた評論と、表現のわかりやすさには定評がある。「持続可能な楽しく安全な交通社会への貢献」をモットーとし、積極的に各種安全運転スクールにおける講師を務めるなど、執筆活動を超えた分野にもかかわる。また、環境分野への取り組みにも力を入れており、自身で電気自動車やハイブリッド車も所有(撮影:尾形文繁)

五味:R35GT-Rが登場してから10年経って、大きく進化したのがタイヤです。激変といってもいい。ところが、それを使いこなすボディ自体の進化の歩みが滞り出している。そういう意味では性能向上や進化にも限界が見えてきています。

山本:日産はセレナから搭載した「プロパイロット」などで、自動運転技術をさんざん強調していますので、次世代のGT-Rが出るとして「自動運転技術は何も付きません」とは言えないじゃないですか。さらに高い環境性能も求められるわけで。仮に今のモデルが700馬力になったとして、熱心なファンの人は受け入れるかもしれないけど、新しいものを求める人からするとどうでしょうか。

塩見:もし、次世代GT-Rがあるなら、ガラッと変わってほしいですね。今は、賞味期限が終わりつつあると思っています。役目を果たしたと言ったほうがいいでしょうか。R35GT-Rは発売当初、世界を驚かせて日本人にすごく胸のすく思いをさせてくれた。でもまさかそのままずっと11年売るとは思わなかったですけどね(笑)。


「次のGT-Rはまだかな?」と期待させてほしい(撮影:尾形文繁)

五味:ジリ貧になって終わってもらいたくないですね。引き際でいうと、「現役でまだまだ戦えるんじゃない?」っていうぐらいで引いてもらったほうが、ファンとしてはうれしい気持ちはあるでしょうし。

フェアレディZと同じ道をたどるのか

山本:でもGT-Rをなくすということになったら、二度と戻ってこないような危機感があるから、日産としては続けたいでしょう。「フェアレディZ」もそうでした。一度「Z32」(1989〜2000年)で消えて、「Z33」(2002〜2008年)で復活して、現行のZ34(2008年〜)が出て、今も売っていますけど、なんかGT-Rと同じような状況になっちゃっています。

塩見:フェアレディZもそうですが、日産は手仕舞い方が下手なんですよね。いいモデルを造っても、次のモデルへの切り替え方がうまくない。フェアレディZについてもフェアレディZをそのまま売っているだけ、みたいな印象があります。

第1世代のGT-Rはオイルショックのとき、排ガス規制もあって「ああいう速い車はけしからん」みたいな風潮がありました。自らの意思ではないところで終わらされていたわけです。

山本:たぶん、「日産GT-R」だから日本人のツボにはまっていると思う。もし、インフィニティGT-Rだったら、なんかちょっとすかした野郎みたいになっちゃいますよね。日産GT-Rだから、たぶん日本人の車好きが共感できるのでは、という気はしますよね。

塩見:逆に10年以上も、一線で活躍できる性能を保ち続けているというのはすごいことです。引き際はもう遅いと思いますが、今からでもスパッとやめて、次のマーケットを探してほしい。「次のGT-Rはまだかな?」と期待させてほしいところがあります。

五味:R35GT-Rが登場した時、速さをベースにしたコストパフォーマンスは競合を圧倒していました。だから、何かのきっかけで次のモデルが出てくるとしたら、そのときどんな価値観で驚かせてくれるか。僕はそれが速さ一辺倒ではない気もしています。

いつかは今のGT-Rのイメージとはガラッと違うGT-Rが出てくるかもしれないし、出してくるとは思いますよ。日産がGT-Rというブランドをこのまま捨てるわけは絶対にないので。僕が経営者だとしたら、GT-Rブランドは絶対に捨てない。