お父さんがキレずに我慢できた瞬間を、息子はしっかり見ているし、多くのものを受け取っている(写真:foly / PIXTA)

人はちょっとした感情の爆発でキレて、自分が積み上げてきたものを一瞬で失うことがあります。職場でも家庭でもそういうことはよく起こります。

ストレスを弱い相手にぶつけないためにできること

特に上司や親という立場にいる人は要注意です。なぜなら、キレたついでに自分がため込んできたストレスを弱い相手に全部ぶつけてしまうということがよく起こるからです。では、そうならないためにはどうしたらいいでしょう? そのことを考えるうえで、30代半ばの三山洋介(仮名)さんの話が参考になると思います。


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三山さんは東京郊外で小さな塾を経営しています。ある日の夜、妻とささいなことで口論になりました。夕食の洗い物をするのは三山さんの仕事なのですが、その日はテレビのゴルフ中継に夢中になってしまって、いつまでも取りかかりませんでした。すると、妻が「ちょっと、洗い物まだなの? いつまでテレビ見てるの!」と言いました。

それで、イラッとした三山さんが「今やろうとしてたんだよ」と言い返しました。その後、「うそばっかり。何時だと思ってんの」と妻も言い返して、「なに、その言い方? 寝るまでにやればいいだろ」「さっさとやってくれなきゃ片づかないでしょ」と言い合いになってしまいました。

翌朝になっても、三山さんはモヤモヤした気分を引きずっていたので、出勤の準備をしている妻にまた嫌みを言ってしまいました。そして、妻が出勤してから1人で大いに後悔して、また気持ちが暗くなりました。

そうこうしているうちに、小学2年生の長男・浩介君が、元気よくスキップをしながらリビングに入ってきました。今日は土曜日で学校が休みなのでうれしくてたまらなかったのです。浩介君は、リビングに入ってからドアを思い切り強く閉めました。それで、掛けてあったクリスマスリースが落ちてバラバラになってしまったのです……。

皆さんの家庭でも、時にこういうことが起こるのではないでしょうか? 大人がストレスをいっぱい抱えてキレる準備ができているときに、子どもはこういうことをしでかすものです。こういうときどう振る舞えばいいのでしょうか? もちろん、みんな頭ではわかっています。でも、実際に自分の感情をマネジメントして、取るべき行動ができる人は少ないです。

実は、本当にすばらしいことに、このとき三山さんはキレて浩介君をしかりつけるという安易な道に進みませんでした。三山さんは、クリスマスリースが砕け散るのを見てイラッとしたのですが、キレそうな瞬間に自分の感情に気がつきました。そして、ここで深呼吸をしたのです。胸いっぱいに息を吸い込んで、ゆっくり吐くことで少し気持ちが落ち着きました。それから、「大丈夫? ケガしなかった? びっくりしたね。さあ、一緒に片づけよう」と言ったのです。ギリギリのところで、持ちこたえたわけです。

お父さんの振る舞いから息子が学んだもの

浩介君は、「しまった」と思って緊張したはずですが、三山さんの言葉を聞いて安心したことでしょう。私は、この出来事によって浩介君はお父さんのことをますます好きになったと思います。尊敬する気持ちも育ったでしょう。そして、誰かが失敗したり物を壊したりしたとき、どういう振る舞いをすればいいかということも学んだはずです。兄弟や友達がそういう状況に陥ったとき、浩介君は今回のお父さんのような振る舞いができる可能性が高まったと思います。

この反対に、もしこのとき三山さんが「何やってるんだ! ドアを閉めるときは静かにって何度言ったらわかるんだ。見てみろ! リースが粉々になっちゃったじゃないか。本当にお前はいつもやることが乱暴なんだよ」と言っていたらどうなっていたでしょうか。もちろん、浩介君の楽しい気持ちは台なしになっていたはずです。

「今日は待ちに待った土曜日、作りかけのブロックをお父さんと一緒に完成させたいな。その後、大好きなアニメを見よう。お昼は何かな? お父さんと妹とピザ屋に行けたらいいな」などと思ってわくわくしていたかもしれないのに、すべてが台なしになっていたことでしょう。

そして、ストレスをため込んだ浩介君は、その後、妹に意地悪をしたかもしれませんし、いつもはかわいがっているペットの犬を蹴ったかもしれません。自転車に乗って危ない運転をしたかもしれませんし、2階のベランダから身を乗り出して落ちそうになったかもしれません。

こういうとき、子どもは危険なことをしてしまうことがよくあるのです。宿題なんかやる気になるはずもなく、自分のベッドに潜り込んで昼まで寝てしまったかもしれません。何がどうなるか予測はできませんが、お父さんのことが大好きだった気持ちに、ちょっとしたヒビが入ってしまうのは確かです。

三山さんはどちらに進む可能性もありましたが、よい方に進むことができました。たった1回の深呼吸のおかげで、キレるかキレないかの瀬戸際、そのギリギリの瞬間をうまく乗り越えることができたのです。

イライラをぶつけそうな瞬間の対応方法3つ

実は三山さんは以前、私の講演を聴いてくれた方です。そのとき、私は子どもにイライラをぶつけそうな瞬間の対応方法について話をしました。「深呼吸」「無理矢理スマイル」「言い聞かせ」の3つです。

三山さんはこの中の深呼吸を実行したわけです。こういうとき、深呼吸は本当に効果的です。自分がイライラしていると気づいたら、その瞬間に取りあえず、胸いっぱいに息を吸い込んでみましょう(胸式深呼吸)。これだけで少し落ち着くことができます。

胸いっぱいに吸い込んだら、ほんの少しの間、息を止めてみましょう。ヨガではこれをクンバクと呼んでいます。それからゆっくり長く吐きます。この深呼吸を1回やるだけで、イライラに飲み込まれたままキレることを回避できます。

できたら、腹式深呼吸をするといいのですが、イライラしてキレそうだという瞬間にいきなり腹式深呼吸をするというのは、実際はかなり難しいです。ですから、まずは取りあえず胸いっぱいに息を吸い込んで胸式深呼吸をしてください。何回かやって落ち着いたら腹式深呼吸に切り替えればさらに効果的です。

ただし、日頃あまり意識して深呼吸をしたことがない人は、胸いっぱいに息を吸い込むこと自体に慣れていませんので、深呼吸をしたつもりでも意外と浅いものになってしまいます。ですから、日頃から深呼吸することに慣れておきましょう。

仕事の途中でちょっと疲れを感じたとき、スマホを見続けて前屈みの状態が続いたとき、ストレスがたまっていると感じたときなどには、必ず呼吸が浅くなっています。こういうとき深呼吸をしてみましょう。胸式と腹式の両方ともやってみるといいですね。これが日常の習慣になってくれば、気持ちにゆとりが出てきます。特にいつも追いまくられているように感じている人は、ぜひやってみてください。

次に、「無理矢理スマイル」という方法を紹介します。これは、イラッとしたことに気づいた瞬間に、口角を思い切り上げて無理矢理笑顔になる方法です。つまり、作り笑いです。

東京大学教授で脳研究者の池谷裕二教授によると、楽しくないときでも口角を上げて笑顔をつくると、ドーパミン神経に変化が起こるそうです。これは、快感、心地よさ、幸せ、楽しさなどをつかさどる神経で、これによって脳は「自分は今幸せなんだ」と勘違いして、本当に幸せな気分になるそうです。つまり、私たちは普通「楽しいから笑顔になる」と考えていますが、「笑顔になるから楽しくなる」ということも大いにあるということなのです。

ただし、深呼吸と同じく、日頃からめったに笑顔になることがないということでは、いざというときに笑顔になるのは難しいです。ですから、日頃から心掛けることが大事です。たとえば、洗眼、歯磨き、ひげ剃り、メークなどで鏡を見るときは、必ず無理矢理スマイルをするといいでしょう。これだけで、毎日1回は笑顔になれますし、毎食後に歯を磨く人なら毎日3回笑顔になれます。

このほかにも、パソコンに向かいながら、テレビを見ながら、お風呂に入りながらなど、いろいろな機会にやってみましょう。意識してやっているうちにだんだん笑顔が身に付いてきます。日頃から心掛けていれば、笑顔が増えて幸せを感じる時間が多くなります。当然、ストレス解消にもつながりますので、われを忘れてキレてしまうこともなくなります。

このほかにも笑顔にはいろいろな効果があります。

・笑顔によって、ナチュラルキラー細胞(NK細胞)が活発になり、免疫力が高くなる。つまり、健康になる
・笑顔によって副交感神経の働きがよくなり、自律神経のバランスが整う。つまり、健康になる
・笑顔は相手を安心させて、相手も笑顔になる。つまり、笑顔は伝染する。親が笑顔なら子どもも笑顔になり、上司が笑顔なら部下も笑顔になる
・笑顔は「能力が高い」と相手に思わせる効果がある(ペンシルベニア州立大学の研究による)。つまり、ビジネスにも効果的

自分がしっくりくる言葉を決めておく

次に、「言い聞かせ」を紹介します。これは、キレかかったときに、「落ち着いて、落ち着いて」とか「大丈夫、大丈夫」などと自分の心に言い聞かせる方法です。このほかにも、「大したことない、大したことない」「冷静に、冷静に」「何とかなる、何とかなる」「笑って、笑って」などの言葉でもいいでしょう。人によって効果的な言葉は違うと思いますので、自分がしっくりくる言葉を決めておくといいと思います。

私も教員だった頃よくやっていました。目をつぶって言い聞かせるとさらに効果的です。私の知人で、ある会社でクレーム処理を受ける仕事をしている人がいますが、彼は理不尽なクレームを聞いたとき、「飯の種、飯の種」「ありがたや、ありがたや」などと言い聞かせているそうです。

さて、ここまでキレそうなギリギリの瞬間を何とか乗り越えるための方法を3つ紹介しました。もちろん、イライラや怒りの感情は、いつもいつも抑え込んでいればいいというものではありません。抑え込んでいるだけだと、溜まりに溜まったものがいつか大爆発するということになります。ですから、これらの負の感情も適切に表現したり吐き出したりすることも大切です(その方法については、また別の機会に書きたいと思います)。

ただし、自分が溜め込んだストレスを他者にぶつけてしまうのは避けなければなりません。特に自分より弱い立場の相手に対しては。そのために、この3つの方法を役立てていただければ幸いです。