事故や戦闘などで着底し動かなくなってしまった潜水艦から、乗員はどのように脱出あるいは救出されるのでしょうか。もちろん、脱出専用の装備や、そして万一に備える艦艇が用意されています。海自の新しい潜水艦救難艦「ちよだ」もそうした艦艇のひとつです。

海上自衛隊の最新潜水艦救難艦が就役

 待望の最新潜水艦救難艦「ちよだ」ASR-404が就役しました。

 さかのぼること3年前の2015年10月13日、三井造船玉野事業所(岡山県玉野市)にて起工し、2016年10月17日に命名進水式を迎えました。その時命名されたのが「ちよだ」です。実はこの時、少し話題に上りました。と言うのも、同じ艦名を持つ潜水艦救難「母」艦「ちよだ」がまだ現役だったからです。海自では珍しく、艦名を引き継ぐこととなりました。


潜水艦救難艦「ちよだ」の、命名進水式の様子(2016年10月17日、菊池雅之撮影)。

「ちよだ」とは、「千代田城」に由来します。江戸城の別名です。また、「ちはや」という潜水艦救難艦もあります。こちらは鎌倉時代、現在の大阪府南河内郡に建てられ、南北朝時代に破壊された「千早城」に由来します。

 新しい「ちよだ」は2018年3月20日、約3年間過ごした三井造船玉野事業所のドックにて、多くの来賓、海自関係者らに見守られるなか、自衛艦旗を受け取りました。後部旗竿に真新しい自衛官旗が翻り、この日をもって「ちよだ」は自衛艦の一隻となったのです。

 同じ日、同じ時間。横須賀船越地区にて、先代となる潜水艦救難母艦「ちよだ」AS-405が退役し、1985(昭和60)年3月25日に就役してから、33年間の歴史に終止符を打ちました。新「ちよだ」とは逆に、艦尾に翻していた自衛艦旗を返納し、自衛艦としての一生を終えました。とても寂しい瞬間ではありましたが、「ちよだ」の艦名は引き継がれるので、お別れというよりも、生まれ変わったという言葉が相応しいかもしれません。

そもそも潜水艦救難艦とは、その編成と任務

 潜水艦救難艦の任務は、潜水艦が事故などで浮上できなくなり、海底に沈座してしまった状態から、潜水艦乗員らを助け出すことです。また平時には、長期航海に不向きな潜水艦に、水や食料などを供給する母艦としての役割もあります。


潜水艦救難艦「ちよだ」の、横須賀初入港(2018年3月26日、菊池雅之撮影)。

潜水艦救難艦「ちよだ」の、横須賀初入港の様子(2018年3月26日、菊池雅之撮影)。

先代にあたる、潜水艦救難母艦「ちよだ」AS-405(画像:海上自衛隊)。

 これまでも、潜水艦救難(母)艦は、2隻体制でした。

 海自潜水艦隊は、第1潜水隊群(呉)と第2潜水隊群(横須賀)というふたつの第一線戦闘部隊で構成されています。そこで、潜水艦救難(母)艦を各群に1隻ずつ配備するため、常に2隻体制である必要があります。また、各潜水隊群のトップである群司令は、専用の潜水艦を持っていません。そこで演習などでは、潜水艦救難艦が旗艦となることがあります。

 第1潜水隊群には、潜水艦救難艦「ちはや」AS-406が、この度就役した「ちよだ」ASR-404は、第2潜水隊群に配備されています。

 もうひとつユニークなのが、「ちよだ」は水上艦ではありますが、潜水艦の特性を理解しておく必要があることから、艦長や副長は、基本的に潜水艦乗りが着任します。

 こうして新「ちよだ」は3月26日に配備先となる横須賀基地へ初入港を果たしました。横須賀地方総監部の前にあるH岸壁にて、入港歓迎式典が盛大に執り行われ、式典が終了すると、これから定係港となる船越地区へと向かいました。

海中の動かない潜水艦からどう人員を救助する?

 助け出された潜水艦乗員のなかには、重篤な状態に陥ってしまっているケースも考えられることから、「ちよだ」の医療区画は充実しています。手術用寝台2台、ベッド10床、再圧タンクDDCを備えています。これらは、災害派遣における洋上医療拠点としても期待されています。

 そして具体的に救助活動を行うのが、艦中央部に搭載された深海救難艇「DSRV(Deep Submergence Rescue Vehicle)」です。今回「ちよだ」と共に、新しく建造されました。


新しい「ちよだ」用に新造された深海救難艇DSRV(2018年3月26日、菊池雅之撮影)。

 平成26年度計画深海救難艇として計画がスタートし、2015年1月28日、川崎重工業神戸工場で起工しました。2017年9月4日に進水。そして「ちよだ」の公試の際に、積載されました。

 このDSRVは、ふたりで操縦を行う小型の潜水艦です。左席は幹部の正操縦士が座りDSRVの操縦を行ないます。右席は海曹の副操縦士が座り、ソナーの監視や水中カメラ、マニピュレーターの操作を行ないます。リチウムイオン電池を動力としています。

「ちよだ」艦中央部には、艦底部分が開閉式となっている「センターウェル」という場所があります。ここからDSRVを海中へと降ろします。DSRV下部に装着されたカメラの映像やソナーなどで確認しながら、沈座している潜水艦へと操縦していきます。発見すると潜水艦の脱出ハッチに接続(これを「メイティング」と呼ぶ)します。そして、潜水艦乗員をDSRVまで移乗させます。

 DSRVの内部は3つの丸い耐圧カプセルで構成されていて、それぞれ「操縦室」「救難室」「機器室」という役割を帯びています。

「救難室」の下部にスカートがあり、助け出された乗員はそのまま「救難室」に収容されます。最大16名が収容可能です。いっぱいになると、「ちよだ」へと戻り、乗員を降ろすと、再び潜水艦へと向かいます。

出る方法はふたつ、「エスケープ」と「レスキュー」

 潜水艦の乗員を助け出す方法には、「エスケープ」と「レスキュー」があります。

 DSRVを使用するのが「レスキュー」です。先述の方法を用います。海自の潜水艦には約80名の乗員が配置されていることから、母艦と潜水艦の間を5〜7回往復すれば全員助けられる計算となります。ただし、1回の往復で4時間〜5時間の時間が必要とされるので、全員を救助するのにかかる時間は概ね40時間程度と見積もられています。気象条件や海流などの状況も大きく影響するため、これ以上時間がかかる可能性もありますし、潜水艦が斜めに倒れるなどして、「メイティング」が不可能なケースも考えられます。


先代「ちよだ」の、深海救難艇DSRVが海中へ降ろされる様子(菊池雅之撮影)。

 そこで採られるもうひとつの方法が「エスケープ」です。沈座した潜水艦から、個人用脱出用具を被り、乗員が自力で潜水艦ハッチから脱出し、泳いで海面を目指します。脱出用具といっても、簡易の救命具を着用するだけです。

 潜水艦艦内は地上と同じ1気圧に保たれています。よって海中から潜水艦の外へ飛び出すならば、沈座している深度まで体を加圧しなければなりません。ですが、潜水艦内にはそのような設備はなく、深度300mであろうとも、無理やり飛び出すわけですから、人体は水圧の影響を受け、無事に脱出できても潜水病になる可能性があります。最悪の場合は脳や体に障害が残り、命は助かったとしても、完全なる社会復帰は難しいと言われています。途中で溺れてしまうかもしれません。よって、「エスケープ」は最終手段として考えているにすぎず、基本的にDSRVを用いるようにしています。

 2018年8月現在、海自潜水艦部隊は、22隻体制へと拡大改編を行っている最中です。かつて存在していたものの、廃止された第6潜水隊も、今年3月12日に復活しました。

 このように潜水艦の数が増えていけば、やはりそれに比例し、事故の確率も高くなります。こうした不測の事態に、潜水艦救難艦は期待されています。