供給過剰の懸念も浮上している(デザイン:杉山 未記、撮影:梅谷 秀司、尾形 文繁、今井 康一)

横行する違法民泊への対策として、住宅宿泊事業法、いわゆる民泊新法が6月15日に施行されて1カ月超。民泊の運営条件が厳格化されたことによる“狂騒曲”が、いまだおさまりそうにない。

「6月に入ってから、急きょ民泊からの撤退を決めた家主からの問い合わせが1日数十件はあった」。そう語るのは、家具付き賃貸マンションなどの運営を手がけるレジデンストーキョーの野坂幸司社長だ。同社は、民泊から撤退したことで空いた部屋を家具ごと引き取り、都市部で需要が増えるマンスリーマンションとして借り上げるサービスの「撤退110番」を今年5月から開始した。すると、民泊新法の施行直前になって問い合わせが殺到したという。

借り上げたくても条件が合わない

だが、物件の借り上げは思うように進んでいない。「たとえば、こちらが月8万円で借り上げたいと提案しても、お客様は『民泊では月25万円の収入があった。もう少し値上げできないか』と価格交渉がうまくいかない場合が多い。契約に至ったのは片手で足りるほどの件数だ」(野坂社長)。


地域広告掲示板サイトの「ジモティー」では、民泊撤退を決め、物件を引き払わなくてはならない家主が破格で中古の家具や家電のもらい手を募集する投稿も急増。民泊運営に甘い夢を見た家主の、悲痛な叫びが聞こえてくるようだ。

「日本の家で宿泊体験をしたい」、「大人数で一軒家を貸し切りたい」といった訪日観光客の多様なニーズの受け皿になっていた民泊。これまで、合法的に民泊を運営するには、東京都大田区や大阪市などの特区で認定を受けるか、旅館業法上の簡易宿所の許可を得て運営するかの2択だった。

ところが実態は、民泊仲介サイトなどで流通する物件の約8割が違法民泊だったといわれる。そこで、野放図な現状を一旦交通整理し、健全な運営を促進しようというのが、民泊新法施行のそもそもの目的だった。


2017年の訪日観光客は2869万人だったが、うち11%が民泊を利用した。ただ、運用に厳しい規制がかけられた民泊新法の施行によって、物件数は足元で激減している(撮影:今井康一)

ところが、水清ければ魚棲まず。これまで民泊として運営されていた多数の物件が撤退に追い込まれることになった。7月23日発売の『週刊東洋経済』は、「熱狂の開業ラッシュ ホテル爆増」を特集。訪日観光客が増加する中、異業種からの参入や民泊の法整備などによって沸騰するホテル業界の現在を紹介している。

民泊大量撤退の震源となったのが、民泊仲介最大手の米エアビーアンドビー(Airbnb)だ。同社は、4〜6月までの3カ月で、民泊新法下での届け出番号がない約5万件の物件をサイトから削除した(調査会社エアラボ調べ)。3月半ば時点で約6万2000件の物件が登録されていたが、現在はその2割程度に留まる模様だ。

違法物件の大量削除は宿泊客も巻き込む大混乱に

違法物件の大量削除は、宿泊客も巻き込んだ大混乱に発展した。法律施行の直前にあたる6月7日、観光庁からの通告に基づき15日以降に入っていた違法物件への予約を急きょ強制キャンセルに。エアビーは、宿泊客の旅行プラン変更などにより生じる費用を負担するため、1000万ドル(約11億円)の基金も設立した。

違法物件は6月15日以降の予約が取れないようあらかじめ設定すれば避けられたトラブルだが、「エアビーからは、すでに入った予約が削除されることはないと、説明を受けていた」(ある違法民泊の家主)。

エアビーの指導にあたった観光庁は混乱の事情を明かす。「エアビー側は、突然観光庁が予約のキャンセルを要請したかのように言っているが、実際は、年明けから違法民泊を排除するようたびたび通告してきた。違法民泊への対応にもっと猶予期間が欲しいとは要望されたが、法律の施行日が決まっている以上、無理な話だ」(観光庁・民泊業務適正化指導室長の波々伯部信彦氏)。

それでも、エアビーのサイトから違法物件が一掃されたわけではない。民泊として届けられた番号と実際の物件が照合されるわけではないため、虚偽の届け出番号を記載して登録する物件が出現。「観光庁や自治体と協力をして虚偽番号の洗い出しを続けている」(エアビーアンドビージャパン)ものの、いたちごっこが続く。

民泊新法下での申請が開始されたのは3月だが、6月29日時点で受理された件数はわずか3451件。沖縄県那覇市で1、石川県金沢市で0など、訪日観光客に人気の地域にも関わらず登録が進まない自治体も複数ある。民泊の合法運営が思うように拡大しないのはなぜか。


最大の足かせになっているのが、民泊新法の厳格な規制だ。営業上限日数は年間180日に限られるため、年の半分は収入が入ってこない。近隣住民に民泊の存在を知らせるため、ビラをまく、集会を開くなどの義務もある。さらに、条例で各自治体が独自のルールを上乗せできるのも参入のハードルを高めている。

観光地の京都市では、地元の旅館やホテルに配慮してか、住居専用地域では1〜3月の閑散期しか運営が許されない。兵庫県神戸市でも、有馬温泉の付近では夏の約2カ月しか運営できない。大阪府箕面市では、ごみを出すのに1枚30リットルで2470円の専用袋の使用を義務付けた。波々伯部氏は、「民泊での迷惑行為や犯罪が度々報道されたことで、民泊=迷惑施設という印象が蔓延してしまった。訪日客需要の高い自治体ほど、過剰な規制で民泊に参入しにくくなっている」と困惑する。

認可手続きもとにかく煩雑

認可を受けるための手続きもとにかく煩雑だ。東京都で民泊物件を運営するある40代の男性は認可を受けるまでの苦労をこう振り返る。「添付しなければならない書類の数がとにかく膨大。窓口に行くと新たな書類の提出を求められることもあり、担当者によって言うことが違う。本業を抱えながら手続きを完遂するのは難しく、結局行政書士に依頼した」。こうした状況を受けて、ついに観光庁も7月9日の会議で各自治体に手続きの簡素化を要請したという。

一方、法整備の後押しで商機を見出したのが住宅業界だ。パナソニック傘下のパナソニックホームズ(旧パナホーム)は今年度、多層階住宅の施工プランの1つとして、民泊に参入した。

ほかにも、住友林業が2017年12月に民泊参入を発表。大和ハウスや積水ハウスも、訪日客を意識したサービス付き賃貸マンションなどに注力する。こうした企業の参入が増えれば、「ずさんな民泊」のイメージ改善にもつながる。民泊の許認可に詳しい日本橋くるみ行政書士事務所の石井くるみ氏は「今後は事業として本気で運営したい貸主が増えていくだろう」と予想する。

観光立国を国策として掲げる以上、宿泊施設の拡充は待ったなしだ。民泊の法整備が旅館やホテルなど既存業界の保護に留まるようでは、本末転倒も甚だしい。健全な民泊の拡大に必要な規制とはいったい何か。今一度、再考の必要があるはずだ。

『週刊東洋経済』7月28日号(7月23日発売)の特集は「熱狂の開業ラッシュ ホテル爆増」です。