後回しにしがちな苦手な仕事も、まずは時間制限を設けて取り組んでみよう。(PIXTA=写真)

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■立ち止まっていると、成長の機会を逃す

人間には、やりたくないこと、苦手なこと、嫌なことは先に延ばしてしまうという困った性質がある。

とてももったいないことである。というのも、そのように避けていることこそが、自分にとって必要なことであり、成長のきっかけになるということがあるからだ。

人間の脳にとって、苦手なことほど、やり遂げたとき、成功したときには大きな飛躍の糧になる。苦手だからといって逃げ回っているのはもったいない。本来、苦手なことほど取り組む必要があるのだ。

とりわけ、現代は時間の流れが速い。立ち止まっていると、先に行くことができず、成長の機会を逃してしまう。

しばらく前は、1年が7年の変化に相当するという「ドッグイヤー」や、さらにそれよりも速いという意味で「マウスイヤー」というような言い方がされた。人工知能の発達などを見ると、今ではそのような表現ですら生ぬるいと感じられるほどだ。

人間をはるかに凌駕するに至った人工知能は、囲碁や将棋の一局を秒単位で打ち終えてしまう。このような「人工知能時間」を基準に考えると、ぐずぐずしているのがもったいない。少しでも先に進んでおかないと、次の展開がない。

そこでオススメしたいのが、苦手なことをとりあえず始めることだ。英会話でも、プログラミングでも、新分野の勉強でも、とにかく始めてしまう。嫌がっていないで、手をつけてしまうのだ。

そのために有効なのが、「タイムプレッシャー」。時間制限を設けて、例えば30分以内でこれをやろうと決め、心地よいプレッシャーの下に作業を始めるのである。

苦手なことや慣れていないことは、つい戸惑ってだらだらやってしまいがちだ。時間制限を設けることで、きびきびと集中して作業を進めることができる。

時間制限を設けることの意味はもう1つある。慣れていないことを始めると、それなりに苦しい。時間制限を設けることで、その苦しさも時間が経てば終わると自分に言い聞かせることができるのだ。

■人間は時間についての認識が案外ルーズ

学生の頃、苦手教科になかなか取り組めなかったという思い出がある人はいないだろうか。例えば数学の文章問題など、1度始めるといつまでも解けないで苦しむと思い、ますます遠ざかってしまう。そんなとき、解けても解けなくても、30分経ったらあっさりやめてほかのことをしていいと決めておけば、気が楽になるはずだ。終わりが見えていれば、その間だけは集中して頑張ろうと思えるのである。

人間は、時間についての認識が案外ルーズである。とりわけ、これから起こることがどれくらい続くかという見極めができない。気分が落ち込んだときには、これからの人生はずっとそうだと思ってしまったり、慣れていないことに取り組むと、回復できないダメージを受けるのではないかと考えてしまう。

実際には、時間制限を設ければ苦手なことに取り組むつらさはやがて終わる。だからこそ始められる。1度試してみれば、納得できるはずだ。

何よりも、「苦手な自分」が「得意な自分」に変化する、その可能性を実感できればいい。時間制限の下での「タイムプレッシャー」が、成長への跳躍台になる。

「人工知能時間」の現代、時間という貴重な資源を最大限に利用するには、時間制限を設けた苦行を敢えて自分に課すのがいいのである。

(脳科学者 茂木 健一郎 撮影=横溝浩孝 写真=PIXTA)