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●ハードウェア開発は一朝一夕で出来ない

ここ数年の間、スタートアップやベンチャー企業によるハードウェア開発のブームがあったように思う。大手電機メーカーでは作れないような尖った製品を企画し、未来感のある、格好いいYouTube動画をアップする姿を見ていると、私たち消費者はそれを見ているだけで、ワクワクさせられた。

そうした商品の多くはクラウドファンディングの仕組みを通す。すぐに製品として発売されるわけではなく、お金を払って、開発が完了するまで、製品が届くのをただひたすら待つ。ほとんどのケースで、スタートアップ企業が設定した日付に製品が完成することはなかった。数ヶ月〜半年以上待たされるのはザラだ。

設定されたはずの期限をそれだけ過ぎてしまうと、届いた箱を開けたところでもはや何の感動もない。クラウドファンディングで「購入」ボタンを押したときの興奮した気持ちは、すっかり冷めてしまっているのだ。

始末が悪いことに、箱を開けて製品を手に取ると、さらにガッカリ感が増してくる。お世辞にも質感が高いとは言えず、安っぽいことがほとんどだ。クラウドファンディングのページではCGで描かれていたためか、格好良く、高級感も漂っていたのだが、目の前にある実物は、Webページの画像とは全く異なるものでしかなかった。

○ソニーでも"がっかり"

仕事柄、テクノロジーとして画期的なものはいち早く自分で使ってみて、できれば我先にと購入し、記事を書いてレポートすることが半ば信条だ。しかし残念ながら、これまで購入したハードウェアスタートアップの製品は「レビューを書こう」という気にならないものがほとんどだ。

そして前回にインタビューした新規事業創出部 統括部長の小田島 伸至氏率いるSAPが世に投入した製品も、ソニーの名前を冠すれど「それに近いもの」という印象が拭えなかった。ITやモバイルを中心に取材活動しているため、SAPが手がける製品は目にする機会が多く、開発者に取材することもある。

特にwena wristは当時、ソニーの入社したての社員が開発担当者だったことで、ストーリーとして取材しがいがあったし、各メーカーの腕時計型ウェアラブル機器の方向性が当時は不明瞭ななかで、「ベルト部分にFeliCaを載せる」という画期的なアイデアが素晴らしかった。

実際、ワクワクしながら購入手続きをしたものの、届いた製品の印象は「ちょっと安っぽい」。結局、ほとんど使わずじまいだったことを取材して思い出した。wenaだけでなく、その前には「FES Watch」も購入していたが、こちらも同じく「安っぽい」という理由で、一度も装着して街に出ることがなかった。

wena wristとFES Watchは「腕時計」である以上、それなりの質感をどうしても求めてしまう。ユーザーからすれば「ソニー」の看板を背負う製品としての期待値になるからだ。腕に装着する私は40歳を超えたおっさんだし、いくら最先端のデバイスだからといって、気持ち的に妥協するわけにはいかないのだ。

●完成度を高めた"第2世代"

今回、SAPの取材を通してFES Watchの後継機種である「FES Watch U」やwena wristの第2世代モデルを触る機会があったが、初代の製品より遙かに質感が向上し、製品としての完成度が増していたことに驚いた。

初代FES Watchは、ベルト部分がプラスティックでとにかく「安っぽい」という印象しかなかったが、FES Watch Uはバンド部分がシリコン素材になり、装着感が快適になっていた。また、ケース部分もガラスになったことで、初代とは比較できないほどに質感が増していた。

wena wristもラインナップが増え、時計やバンドとしての選択肢が増えただけでなく、質感が高まったように感じた。「初代から、この質感で出してくれれば」と本音が出てしまうが、やはり最初から、それを求めるのは無理があるのだろう。こうした後継機種の出来を見ると、このあたりが「ソニーがSAPを手がける底力」のように思う。

やはり、ぽっと出のスタートアップやベンチャーとなると、ハードウェアというWebサービスとは異なる"継続的な改善・改良"の難しさから、最初に出した製品で終わってしまうことが多い。しかしSAPであれば、後継機種を継続して開発でき、さらに完成度を高めた製品を出せる環境が整っているようだ。

実際、小田島氏はSAPに対して「スタートアップに着目した組織だが、継続的に事業を続けていくのがミッションだ」と語っている。まさに「継続は力なり」ではないが、製品開発を継続することで、良いものに仕上がっているのが手に取るようにわかるのだ。

○安定したモノづくり、だけではないソニーの強み

また、SAPの強みとして「実際に手にとって試し、購入できる販路がある」という点も忘れてはならない。FES Watch Uであれば、時計専門店だけでなく、セレクトショップなどでも取り扱われている。wena wristも時計専門店や家電量販店で購入できる。

一番いい例はパーソナルアロマディフューザーの「AROMASTIC」だ。この製品は名前の通り、スティック糊ぐらいの大きさの機械のボタンを押すと、アロマが香ってくる。つまりこの製品の良さは「アロマを手軽に持ち運べる」という点に集約されるのだが、実際に体験しなければほとんどの人にとってその良さは理解できないだろう。

いくらソニーとてアロマ取り扱いショップの販路はなかったが、大手のニールズヤードなどをすぐに開拓し、実体験から購入までのスキームをすぐさま構築した。筆者の実体験として、Webサイトやプレスリリース上では正直、AROMASTICの良さが全くわからなかった。しかし製品に触れ、アロマを嗅いだところ、すぐさま病みつきになって、気付いた時には購入ボタンを押していた。

今の時代、「新しいモノを作る」ことは、アイデアがあればクラウドファンディングで資金を集め、中国に行って作ってくれる工場を見つければ具現化できる。しかし、ハードウェアがともなう「デバイス」は、それ単体で"バズらせる"ことは、モノがあふれるように存在する現代では至難の業だろう。

「ネットの住人」以外に認知してもらい、リアルの体験によって納得して購入してもらう。さらに、初代で終わらせることなく、継続して開発していくには、企業としての体力も不可欠だ。その点において、SAPは単に「ソニーのものづくり」だけでは語れず、販路開拓やマーケティング、広報といったサポート体制が充実しているのが、強みと言えるだろう。