日産の海外ブランド、インフィニティが発売した新型モデル「QX50」搭載の「VCターボ」エンジンは、実はエンジン100年の歴史のなかでも特筆すべき発明です。可変圧縮比という技術はどのように実現し、なにをもたらすのでしょうか。

ついに量産化、「可変圧縮比エンジン」

 2017年11月28日、日産はアメリカで新型モデル、インフィニティ「QX50」を発表しました。この新型モデルは、画期的なエンジンが搭載されています。それが量産車としては世界初の可変圧縮比エンジン「VCターボ」です。


可変圧縮比エンジン「VCターボ」搭載インフィニティ「QX50」。なお先代の「QX50」は日本国内で「スカイライン クロスオーバー」の名で販売されていた(画像:日産)。

 このエンジンのすごいところは、名前の通りに圧縮比を変化させることができること。VCとは「Variable Compression Ratio」の略でしょう。実のところ、ガソリンを燃やすクルマのエンジンは100年を超える歴史を有しますが、運転中に圧縮比を変化させることのできる量産型エンジンは、これまで存在しませんでした。

 その100年の歴史初を実現したのがVCターボです。


新型「QX50」に搭載される「VCターボ」エンジンは、世界初の量産型可変圧縮比エンジン(画像:日産)。

 圧縮比とは、エンジン内の燃焼室で、ガソリンと空気の混合気をどれだけ圧縮するかという値です。たくさん圧縮すれば、効率がよくなって燃費やパワーを高められますが、燃料の異常燃焼「ノッキング」などが起きてしまうので、むやみやたらと圧縮比は高められません。逆に、ターボ・エンジンは低圧縮比の方がノッキングしにくいので、パワーを出しやすいこともあります。そのため運転状況によって、圧縮比を変えることができれば、よりパワフルで燃費の良いエンジンとなることはわかっていました。しかし、運転中に圧縮比を変えるエンジンはできなかったのです。

具体的にどう圧縮比を変えているのか?

 運転中に圧縮比を変更するという難問を、VCターボでは、複数のリンクを使うことで解決しました。通常、燃焼室内を上下運動するピストンと、それを回転運動として出力するクランクシャフトは、コンロッドというひとつの部品でつながっています。そのコンロッドの長さが一定だったので、燃焼室内の圧縮を変えられなかったのです。


図中1のハーモニックドライブを動かすことでコントロールシャフトなどを通し3のマルチリンクの運動距離が変化、圧縮比が変わる(画像:インフィニティ)。

 VCターボは複数のリンクを備えることで、ピストンとクランクシャフトの間の距離を変化させることが可能となりました。クランクシャフトと平行にセットされたコントロールシャフトを動かして、クランクシャフトとピストンをつなぐリンクの運動距離を変化させます。リンクを使うため、ピストンが高速で運動するエンジンの稼働中でも作動が可能です。そのため状況にあわせて、“燃費のよくなる高圧縮比”や“たくさん過給できる低圧縮比でパワーを出す”という使い方が可能になります。

 その結果、VCターボは、クラスを超えたトルクフルなエンジンとなりました。発表されたVCエンジンの性能は、圧縮比を8:1から14:1にまで変化させることで、2リッターという排気量でありながら、最高出力272馬力でトルクが390Nm。スペックだけを見れば、3リッタークラスのガソリン・エンジンと同等です。

量産化まで20年、今後は…?

 これまで内燃機関の進化は、おもに燃焼室のフタ(バルブ)の動かし方や、燃料の送り方が主なもの。ピストンとクランクシャフトをつなぐコンロッドの進化は、ほとんどなかったのです。


VCターボのカットモデル(画像:日産)。

 VCターボの原理はそれほど難しいものではありません。コロンブスの卵のようなもの。とはいえ、まったく世にないものの実用化は、やはり至難の業。日産は、この技術をものにするのに20年以上かかったと言います。実際に論文は2003(平成15)年ごろから発表されており、量産型まで長い時間が必要でした。

 現在、日産のVCターボはアメリカ向けの車両だけに搭載されています。日本向けの車両への搭載は、いつになるのでしょうか。今度は、それが気になるところです。

【動画】動画で観るVCターボエンジン解説