バルブ時代は現金払いで怒鳴られたことも

 いまから30年ほど前、日本中がバブル経済に沸いていたころ、とくに東京では深夜にタクシーを捕まえるのは至難の業であった。なかには繁華街の道路脇で1万円札をひけらかせてタクシーを止めようとしたひとがたくさんいたなどという話は、いまでも語り継がれている。

 当時といえば、タクシーは深夜になればたいがい無線の受信状態の良い場所で回送表示をかけて待機し、ロング(長距離の利用客)の出やすい場所(店など)からなどの配車要請があれば、我れさきにその無線に応じて馳せ参じるという営業パターンが目立っていた。ただ、ロング客でも現金だと「チッ」と舌打ちされたり、あからさまに「こんな遠くまできて現金か!」と運転手に怒鳴られたこともある。

 なぜ現金を嫌うのか? その答えは、当時はほぼ無制限といっていいほど、各企業はタクシーチケットを使いまくっていた。しかも白紙で運転手に渡すこともほぼ常態化していた。つまり運転手が自由に金額を記入することができたのである(もちろんメーター料金との整合性があるのだが、チップとしてメーター料金に上乗せして記入することがあったようなのだ)。その当時は領収書添付もなく、まさに運転手は自由に金額を入れていた。

 ただそのころの反省から、それ以降はお客自らが金額を書き込み、さらに領収書と同時にプリンターから出てくる支払い証明のようなものを添付するなど厳しくなっている(いまどきはタクシーチケットの使用は契約企業自体も厳しく管理しているのが実状)。

 時が変わりタクシー無線もデジタル化が進み、半自動や全自動で配車されるのが当たり前の時代となった。無線配車が営業のメインとなる地域では、無線待機場所(たいていは駅ロータリーとなる)で待機するときは配車の順番も決まっており、“争奪戦”のようなものは影を潜めてきた。代わって自分の会社で無線センターを持っていたりすれば、そこの無線オペレーターを運転手が買収して、上客を会社に黙って優先配車させるなどということはあったようだ。

2人1組みでお得意様ネットワークを作る運転手も

 ただ、今の時代は携帯電話が当たり前のように普及しているので、上得意客を見るや自家製の名刺を渡して個人営業し、携帯電話でやりとりするのが一般的となっているようだ。実際筆者が体験したのだが、タクシー会社へ電話して自宅へ来てもらうように電話したところ、さほど時間もかからずくるとのことで自宅前で待っていた。

 しかし40分ぐらい待っていても来ないので、配車センターへ電話したら配車割り当てした車両が違う場所へ向かっているとのことで、急遽代わりのタクシーが来てくれた。代わりに来てくれた運転手いわく、「順番どおり配車されこっちへ一回は向かったようだが、途中で馴染み客から電話が入ったみたいで、そっちへ行ってしまったようだ」と説明してくれた。どうやらその運転手はそのようなことを常習的にやっているようだとも話してくれた。

 勝手に“お得意様ネットワーク”を作っても隔日勤務(1日おきの乗務)ではお得意さまのニーズには対応できない。たいていそのようなことをする運転手は専用車(自分専用)が割り当てられており、“裏番”ともいわれる同じ車両を専用とする相棒がいる。2名の運転手が交互にその専用車を使うことになるので、裏番と得意客をシェア(得意客に仕事のシフト表を渡し、裏番の連絡先なども知らせておく)しているケースも多いようだ。

 似たような動きは海外のタクシー運転手の間でも行われており、海外取材で連日同じ取材先へ行くとき、初日にホテルでタクシーを呼んでもらったら、それ以降は“明日は何時にくればいいか”と聞かれ、その運転手の仲間が日替わりで迎えに来てくれたりした。

 日本の場合、法人タクシーでは運転手の個人営業を禁止するところが多い。ただこのあたりの得意客になるかどうか見抜く力も含めた“営業力”の違いが運転手の稼ぎに開きが出てくることも事実のようである。